第13話 貴族生徒ビョヤキョとのよく分からないやりとり

 給仕がよいタイミングでやってきてテーブルの上を片付け始めた。

 一緒に昼食をした女生徒たちはコース料理とデザートの感想を言い合い、ごちそうさまでしたと言って去っていった。きゃっきゃと笑いながら去っていく姿は眩しいくらいの若さだった。

 会食で本当に私に興味がない、おごりのご飯目当てのグループに当たることもたまにはある。しかしほとんどの場合はご飯も好きだが私と知り合うのが目当てのグループだった。あちらにはあちらでメリットがあるのだろうけど、私としても学生たちと昼のおしゃべりをするのは刺激があってメリットを感じていた。一回りしてザラッラブームが去るまではこれを続けるつもりだった。

 テーブルから出口へと歩いていく私を何人かの生徒が目で追っていた。好奇心を隠そうともしない目だった。

 食堂の外は芝生が広がり、そこに野外で食べるための簡素な木のテーブルと椅子がいくつも並んでいた。出て正面にあるテーブルについていた貴族生徒、ビョヤキョ・オス・ニョビュルは私に気がつくと椅子から腰を上げた。8年生ということは17歳。実家に帰れば大人扱いされる年齢だ。この学校にいる間はまだ子供でいられるが、実家では私の年齢の女でも顎で命令する立場だろう。そういうしつけを存分に受けてきたのが分かる振る舞いだった。

 顔にはニヤニヤした笑いが浮かんでいる。背が私より高いせいかもしれないが、こちらを見る目が文字通りの上から目線だ。舞踏会で私を踊りに誘うような接近をしてくるが、有無を言わせない圧がある。明るい赤毛の短髪は軍人を意識したものだ。顔にはまだニキビが浮かび、その跡も頬を中心に広がっている。イケてない顔だ。栄養のあるものを無遠慮に食べまくったのだろう。『肌をすべすべにする魔法』をかけてやる義理は、今の私にはない。

 偉そうな態度だが、ギュキヒス家の私の兄や弟には上下関係のある振る舞いを適用するのだろう。私はどうやら、彼の中では彼より下のようだ。私はニョビュル家など全然知らないのだけど。

「食事は終わりましたか?」

「待たせたね」

「先に言っておきますが、リョグジュ教授に告げ口などはしていませんよ」丁寧な口調で貴族生徒は言った。

 私は手を上げて謝罪を受け入れた。

「ありがとうございます」彼は頭を下げた。「野外の席に案内してもよろしいですか?」

 これにも私は無言で軽く頷いて返事をした。

「それではあちらの離れた机で話をしましょう」

 食堂の野外テーブルでも人気席の1つである離れた6人掛け丸テーブルへと移動した。彼が自ら私のために椅子を引き、私が座ってから、彼は2つ椅子をあけて正面に腰を下ろした。

「それで、私への話というのはなんですか?」

「会食を邪魔されたくなかったといっても、『着席』の魔法は悪かったわ。ごめんなさい」

「それはもう済んだことです。大学の方に見つかって注意も受けられましたからね」微笑を浮かべる。「こちらこそ食事の邪魔をするところでした。未然に防いでいただいてありがとうございます」

 私はテーブルの上で手を組んだ。ブレスレットがかちりと鳴る。「私は君に何かしたかしら? あまり身に覚えがないのだけど」

 貴族生徒の彼はギリッと歯を食い縛った。怒りがあるようだ。女生徒たちが言うような私への恐れなどあるようには見えなかった。

 喋り方も、敵意や反発が剥き出しだった。頭ごなしに叱り付けてくる教師みたいだ。「あなたが来ると食堂のみんながうわつくんですよ。分かりませんか? 静かな昼食の邪魔なんです。そもそもなんで食堂で食事をするんですか?」

 私が自分のメイドたちが作った昼食をネゾネズユターダ君と家で食べなくなったのには色々と理由がある。彼は知らないようだ。8年生なら知っててもおかしくないのだが。全部説明するのは面倒なので、嘘ではない形で簡単に説明した。「学校からの要請で。なるべくみんなと食堂で食べるようにと」

 邪魔だから食堂に来るなという彼のお願いは完膚なきまでに潰された。彼は口をつぐんだ。考えていることが手に取るように分かる。それでも食堂に来るなという別の理屈を考えている。しかし私の説明のあとだと何を言っても通じないだろう。何も言えずに間が空いてしまった。

「もし食堂に来るなというなら、学校の方に、私の件は相談してもらえるかな?」

「それにしても、レストランのコースを頼んで、生徒たちにめぐんでやるというのは健全なランチだとも思えません。まるで乞食こじきへのほどこしだ」

「あなたのような貴族生徒にはあげていませんよ。それに、そういう生徒はあげるといっても受け取らないです」

 そもそも私の食事代は一生無料である。だったら高いものを頼んでみんなに施すというのは、私の立場での義務みたいなものだ。何もしない方が感じが悪くなってしまう。

「私は、その施しに誇りもなく群がる同級生たちを見たくないんです」

「その気持ちは素敵ですよ。ただ、それで私がやめるよりは、生徒たちに、施しを受け取るなと説いてまわった方がよいかと」

「施しだということは認めるんですね?」

「一人では食べきれませんからね」私は肯定した。「あなたは周りの人の会計を支払ってあげるということはしませんの?」

「それとこれとは別だ」

「それとこれとは別ですね」私は思ってもいないことを言った。同じだろという意味で繰り返したのだ。私の意図は貴族生徒に正確に伝わった。

 貴族生徒は顔に敵意を浮かべたままだった。しかし何も言わない。

 自制は善ではない。私の考えなので世間とは違う。しかし、ぶつけたい感情があるならぶつけるべきだ。どうせ彼も卒業してからはもっとしんどい自制が待っている。レシレカシにいる間は、相手がギュキヒス家の令嬢——もう2人も子供生んでるけど——であろうと、遠慮せずにこのビッチ!と罵詈雑言ばりぞうごんを言ってすっきりした方がいい。

 今の彼の自制が、私への恐怖なのかなと思った。

「あなたは私が怖い?」

 不意をつかれて彼は間抜けな声を出した。「は?」

「言いたいことがあるなら言うべきです。この売女ばいたとか、一発やらせろ!とか」

「一発やらせろはないです……」毒気どくけを抜かれて声が小さくなった。

「あら、そう? 私の気を引きたいという気持ちもあったのかと。叶う可能性もゼロではなくってよ。卒業までに」

 彼は無表情だった。しかし、明らかにちょっと興味は出たようだ。素直な反応だ。

 と、同時に、これは何の話で、何を目的としてたんだっけ?という疑問が浮かんだ。待っててと言ってこの席を設けたのは私なのにずいぶん話がズレてしまったような……。

 ああ、そうそう。「話が変わってしまいましたが、離れた席から睨んだり、わざわざ空気を悪くするために乱入する必要はないと思いますよ。言いたいことがあるなら直接言えばいいし、貴族という身分はレシレカシの中では関係ありません。根にもったり恨んだりすることは野暮というものです。今度は私とお食事などいかがですか?」

 食事に誘われれば応じるのがルーティンである。「では是非、一度……」

「断ってもいいんですよ? 失礼でもなんでもありません」——彼は動けなくなった。断るのも応じるのも難しい——「とはいえ、一回は食事をしてみるものでしょう。明日のランチは空いてますか?」

「え、ええ……」

「では明日。私から声をかけます。もし私が忘れているようでしたらあなたから声をかけてください」

「はい」

 私が立ち上がろうとすると、私の椅子を引くために彼が立ち上がった。私はそれを手で制した。一人で席を立つ。

「すいませんね。結局、一方的な話になってしまって。あなたの話を聞きたくて呼んだのに、私の要求を話すだけになってしまいました」

「いえ。こちらも有意義でした」

 貴族生徒は、なんだか私に騙されたようなポカンとした顔になっていた。敵意はなくなっていた。

 こういう話をするつもりではなかったのである。あとで話があると言ったときには、彼の要求が何か、彼の感情は何か、それを探るつもりだった。自分でもどうしてこうなったのかは分からなかった。

 まあいいか。

 念の為、別に彼と寝るつもりがあるとかそういうのではない。その気はまったくない。ただ、可能性がゼロではないというのも嘘ではないということで、それ以上の意味はない。

 いつの間にか後ろに立っていたメイドが話し掛けてきた。「お嬢様」

 私は無言で彼女へ振り返った。

「ビョヤキョ様との昼食を明日の予定に入れておきました。それと、放課後のリョグジュ教授の呼び出しですが、議題の1つは実験の妊婦についてです」

 私は大きな声を出した。「あー、納得。あの魔法は?」

「すいません。あの魔法とは?」

「使用法を注意しているのに毎月何人も貧血で倒れているって」

 メイドは得心とくしんしてうなずいた。「確かに学内で貧血が頻発しています。しかし、お嬢様に注意するような話でもないかと。雑談程度でしょう」

「なるほど。ありがとう」

 私のメイドはまた離れていった。目を逸らして視線を戻すと、大学職員や他の貴族のメイドにまぎれてもう見つからなかった。

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