第11話 リョグジュ教授のアポイントメント

 給仕は3人だった。顔見知りのメンツである。私は、ありがとう、並べてちょうだい、と伝え、代表のウェイターはかしこまりましたと会釈してからテーブルに料理を並べ始めた。このあたりの手際はもう慣れたもので、テーブルのどこにメインを置き、デザートを並べるか、ほとんど固定になっている。皿とテーブルがぶつかる小さな音と共に鹿肉のローストやスープが整列していった。

 女生徒たち3人がうわあと歓声を上げる。

「デザートは3種類頼んだからそれぞれ選んでね」私は言った。

 3人は声を揃えて、「ありがとうございます!」と言った。全力の笑顔だ。

 私の目の前にはスープとメインが並べられた。「私はこれだけ食べるから、他は好きに取っていいからね」

「はい!」

 ミートパイや茸とナッツの炒め、魚の包み揚げなどが生徒達の間で分配される。

 ウェイターは私のそばに寄ってきて、腰を下げた。「以上になります」

「ありがとう。下がっていいわ」

 私が言うと彼らは最後にテーブルの真ん中にパンのかごを置き自分の店に戻っていった。

 私はスープを飲み、メインの鹿肉のローストを切り分けてパンに挟んで食べた。うまい。私はメインの皿もテーブルの中央に移動させた。「私はもういいからこちらもどうぞ」

「ごちそうさまです!」

 私は口元をクロスで拭いた。昼食は終わりである。

「ザラッラ先輩、そのネックレスはどなたから貰ったものですか?」

「え、これ?」私は答えようとしたが口を閉じた。

 教授が食堂の出口に立っていた。両隣に部下を従えている。両手を後ろに組んで、そのまま私の方に近づいてきた。3人の生徒たちも食事の手を止めてそちらを見た。

 私は座ったまま軽く頭を下げた。「こんにちは、リョグジュ先生」

 リョグジュ先生はテーブルのそばまで来て立ち止まると、手を後ろに組んだまま口を開いた。「こんにちは、ザラッラ゠エピドリョマス・ギュキヒス君」

「なんの御用でしょうか?」貴族令嬢らしく対応した。

「この食堂で魔法が無断使用されたそうだ。検知に引っかかって警報が鳴った」

「それでしたら私が使用しました。何やら因縁をつけようと立ち上がろうとしたので、『着席』の魔法を使いましたわ」

 同席している3人の生徒は私と教授を交互に見た。事の成り行きが分からず困惑している。普通の学生はリョグジュ教授を見ることなど月に1度、あるかないかだから、対応に困っているのだろう。

 教授はテーブルの上のフルコースを見て、露骨に嫌悪感を見せた。いい御身分だなという言葉は出なかったけど、出なかっただけだった。顔が大声で言っていた。「どのような事情であれ、校内での魔法の使用は禁じられている。使用者には罰が与えられる」

「もちろん例外は認められますよね?」私は首をちょっと傾けた。

「もちろん例外は認めらえる」教授は後ろに組んだ手をほどいて前に出した。特に何も持っていない。いつものパフォーマンスだ。「罰として一週間の食堂の出入り禁止を命じる」

 えーっと3人の女生徒だけでなく周りの生徒たちからも抗議のブーイングが出た。

 私はうなずいた。「なるほど。分かりました」

「ただし、ここでは話せないことがいくつかある。最終的にはその結果次第だ。放課後、私の部屋まで来ていただけるかな? ザラッラ君」

 心当たりはありすぎるが、駆け引きや交渉の余地はあるということだろう。私はリョグジュ教授の顔を見た。口を固く結んでいる。話す声も低音で威厳を保っている。しかし目には緊張があった。私から目を逸らさないようこめかみに力を入れている。「かしこまりました。あとで窺います」

 リョグジュ教授の顎の力が緩んで、頬のふくらんだ部分が下へ移動した。首をゆっくり縦に振った。「ではまたあとで」

 リョグジュ教授と2人の部下は振り返ると食堂を去っていった。周囲の生徒はその姿を目で追っていた。尊敬よりは反発の目線の方が多かった。

「嫌われ者の私だけど、教授と私だったらみんな私の味方になるのね」

「ザラッラ先輩は嫌われてなんかいませんよ」間髪を入れず、女生徒がフォローした。

「ありがとう」

 テーブルの上のティーカップを見る。

 私の視線に気づいた女生徒が立ち上がり、ティーポットから私のカップに紅茶を入れた。

 口数の多くなかった別の女生徒が小さい声で言った。「ザラッラ先輩は絶対に嫌われていません」

 私は彼女の方を見た。

 その女生徒は顔を上げて私と目を合わせた。「みんな大好きです。ただ、怖がっている人はいます。怖がるか、大好きになるか、どっちかなんだと思います。私もザラッラ先輩のことは大好きです」

 続きが聞きたくて私はじっと待った。

 彼女は、「あ、う」と言った。顔を伏せ、視線をテーブルの皿に戻した。皿をじっと見ながら、「あの教授も2人も部下を連れていました。1人では怖かったんだと思います」と言った。

 私は紅茶を飲んだ。「なるほど。さっきのリョグジュ教授は私を怖がっていたのか。確かにそうも見えるね」

 女生徒の3人は私の顔を見て、三者三様の反応をした。笑顔になる者、真顔になる者、悲しそうな顔になる者。私の表情の何が3人にそんな反応を引き出したのかは分からなかった。

 紅茶のカップを置く。「ただね、前よりは怖くないと思うよ。私も分かる。リョグジュ教授も昔だったらあんなことは言ってこなかった」みんなに微笑みかける。「私がこの学校のことが好きになって、この学校を離れたくないと思うようになったから、教授も私と話せるようになったんだと思う」

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