4 新装備

 サリを伴って防具屋に向かう。防具屋の後はギルドにも寄るつもりだ。

 肩の上では楽しそうに喋りかけるサリがいる。今までと同じなのに全く違う。俺は今サリと話をしているんだ。

「いずか、なにする? たたかう?」

「一応猪と戦う任務を受けるつもりだ」

「たたかう! さり、たおす!」

「一人で倒しきらないでくれよ、相棒。俺も戦いたい」

「いっしょ、たたかう。いずか、さり。あいぼう!」

 相棒と言われるのがよほど嬉しいのか、後ろ足で交互にトントンと肩を軽く叩く。

 これは最近よくやるようになった機嫌がいい時の行動だ。

 踊る様に足をパタパタする姿は見ていて可愛らしい。

 それにしても今までだって意思疎通は出来ていたけれど、実際に会話が出来るのは天地ほどの差がある。

 サリも楽しいようでせわしなく肩の上を歩き体を擦り付けながら喋りかけて来た。

 喋れるのが、一緒に居られるのが嬉しいと言葉と態度で示されると腹の奥から抱きしめたい衝動が湧き上がる。

 感情のまま抱きしめたいが、それなりに人通りのある場所でそれをやるには少々自分の年齢がキツい。

 ぐっと堪え撫で繰り回すにとどめる。

「俺の相棒可愛すぎないか?」

「さり、かわいい。かわいい! ほめる、もっと!」

「サリは可愛いよ」

 肩から腕に回って来たサリを撫でながら、宿屋の女将に教えて貰った裏道を歩き旧通りに向かった。

 昨日歩いた大きな道沿いでは随分遠回りだったことを知る。やはり土地勘は大事だ。

 大通りとは違い人通りの多い旧通りに足を踏み入れる。

 やはりここは活気があってこの街に住む人の息遣いが聞こえてくるようで俺は好きだ。

 大通りはあくまで外から来た冒険者や賑わいに乗じて集まった人々が、期間限定で賑わう所らしい。

「色々な店があるな」

 旧通りは大きくはないが店の種類は豊富だ。

 武器屋、その隣が仕立て屋、向かいが本屋で、さらに向こうに魔道具屋も見える。

 どれも小規模ながら品ぞろえも豊富で品質も確かな店が多い。

 その中で鎧の絵が描かれた看板がある店の扉を開けた。

「いらっしゃ……、ああ。旦那か。出来てますぜ」

 俺の顔を覚えていた防具屋の親父は傍にあった箱から直しを頼んだ革鎧を取り出した。

 思っていた以上にしっかり修繕されていて、新品にすら見える。

「どうです?」

 手に取って出来栄えを確認していると親父に声を掛けられた。

「いい腕だな。ありがとう」

「へい、お褒め頂きまして」

 礼を言うと人当たりのいい営業用の顔に嬉しさが滲み出た。

「試着してみてくだせぇ」

「ああ、そうだな」

 コートを脱ごうとした手にサリが飛び乗って来た。

「ほしい! さりも!」

「なんだ、サリ」

 手に乗っていたサリが革鎧に飛び移る。

「さりもいるぅ!」

 これ、これと手でぺんぺんと革鎧を叩く。

「ん? 防具か?」

「さりも!」

 欲しいと羨まし気に俺を見る。

「おやおや、契約獣ですかい? お客さんテイマーでしたか」

「いや、剣士だが。契約獣ってのは何だ?」

 契約獣なんて初めて聞いた。テイマーという職業もだ。俺はどうにも瘴気災害に必要な事柄以外の情報が不足しているようだ。

 どこかで勉強し直した方がいいかもしれないな。

「数は少ないですがね。魔術で獣を従えて戦う職業でさぁ」

 防具屋の親父が説明してくれるには、魔術で心を通わせて獣と契約するのがテイマーと呼ばれる職業で、契約した獣たちと言葉を交わし共に戦う。

 ただし契約した獣全てを連れて歩き、食事や寝床なども与えなくてはならない。

 戦力が増える代わりに手間や出費も多いそうだ。

「へぇ、何で契約獣は喋るんだ?」

「真偽のほどは分からんですが、術者を通して魔力を送ると魔糸が増幅され知能や能力が格段に上がるんだそうで。そうですかい、テイマーを知らないんじゃ契約してるわけじゃないんですねぇ」

 なるほど、体内魔力の蓄積量が増えれば体や脳にも大量に魔力が巡り、その恩恵として身体能力や知能の向上に繋がる。サリが進化を望み魔石を食べた判断は間違いじゃなかったということか。俺の魔力含有量が多くなったのも、詰め込まれた濃い魔力で魔糸が活性化されたせいなんだろう。

「それにしても契約をしていないのに喋るのは珍しい。たまに自然でも魔力の高い個体は喋ったりもしますが、あまり人に懐かないもんです。そのウサリス、色も大きさも通常と違うところを見ると特殊個体ですかい?」

 特殊個体とは突然変異して生まれる、特殊能力を持つ個体だ。

 サリは瘴気の中でも普通に生きていられたし、魔化もしなかった。それだけで十分特異な存在ではある。

「多分な、俺は死にかけてたこいつを拾っただけだから詳しい事は分からん」

「さり! いずかと、ずっといっしょ!」

「そうですか。一緒で楽しいですかい?」

「たのしい! さり、いずかといっしょ、たのしい!」

 サリの相手をしながら俺を見た。

「旦那、鎧を装着してみてくだせぇ。不備があるならもう一度見ますんで」

「ああ、そうだったな」

 手に持ったままだった鎧を一旦カウンターの上に置いて、コートを脱ぎ装備してみる。

 少し体を動かしてみたが特に気になる所もなく、なんだか前より動きやすい気がした。

 俺が鎧を付ける様をじっと見つめた後、サリはカウンターの上で小さく跳ねる。

「さりも! さりもよろい! ほしい」

 俺と親父を交互に見て、欲しいを繰り返す。

「ウサリス用の鎧なんて流石にないだろ」

「さりもぉぉぉー!」

 駄々をこねるようにカウンターに手を付いて、後ろ足を揃えダンダンと強く机を叩きだす。

 サリの不満を伝える時のお得意の行動だ。

 けれどいくら駄々をこねても、ウサリス用の鎧は無理だろう。そう思いサリを諭そうと声を掛けようとした。

「サ……」

「ぼっちゃん、鎧そんなに欲しいんですかい?」

「ほしい! さりも、いずかと、いっしょがいい!」

 間髪入れず返事をしたサリに、親父は何故かほっこりと顔を緩めた。

「そうですかい、じゃあちょっと待てますかい?」

「まつ! さり、まつ!」

 後ろ足でカウンターを叩くのを止めて、大人しく座ったサリは鎧を貰うまでもうそこから動かないだろう。

「ふぅ、すみません。無茶を……」

「構いませんぜ。これだけ好かれたら相棒冥利にも尽きるってもんでしょ? 旦那」

「それは違いないけどな」

 親父は箱から革製の手甲を取り出し隣の作業台に向かい改造を始めた。革が幾重にも重ねられたそれをサリの体の大きさを確認しつつ加工して、大して時間も掛からないうちに即席の革鎧を作ってくれた。

 首元は細く、肩は少し広めで腕の可動部には動きを阻害しないように別の革が角度を変えて付けられている。

 体の曲線に合わせるように革がいくつも重なって後ろ足付け根の少し上までの長さがあり、背中を守れる大きさになっていた。腹側で少し太めの一本ベルトを締めればしっかりとしたウサリス用の革鎧が完成していた。

「足の動きを阻害しないよう短めにしましたが。どうです? ぼっちゃん。ちょっと動いてみてくだせぇ」

 言われてサリが走り回ったり跳ねたりしている。

「動きにくいとかありますか? 緩いとかズレるとかなら調整しますぜ」

「大丈夫、ぴったり! さり、これきにいった!」

 床やカウンターを何度も上り下りしていたサリは、やがて満足したのか俺の肩に飛び乗った。

「さり、よろい! いずかといっしょ!」

「そうだな、似合ってるぞ」

「にあってる! うれしい」

 喜ぶサリの頭を撫でてやる。手に当たる革鎧は多少撫でてもずれる気配はなく、まるで最初からサリに合わせて誂えたかのようだ。

「アンタ、中々の凄腕だな」

 手際よく短時間で手甲を改造してしまうその技術は勿論だが、ここまで精巧な物が作れる腕はかなりのものだ。

 一般的な鎧よりかなり小さいが、綻び一つ見えない。

「へぇ、お褒めに預かりまして。次回も防具の調整は是非うちに」

「商売上手だなぁ」

 だが、この腕なら信頼できる。また来よう。

 金を払いながらふと気になっていたことを聞いてみる。

「なんでサリがぼっちゃんなんだ?」

「何となくです。特に理由はありやせん。大体ウサリスってのは雌雄同体なんで正しい性別なんてないんで」

「雌雄同体?」

「一匹では卵は産まれませんが、番えばどっちも卵を産みますぜ」

 この親父、詳しすぎるな。

 思わず関心の目を向けていると、親父は苦笑を浮かべた。

「まぁ、昔テイマーなんてやってましてね。相棒を失って引退したんです。今では趣味が高じてこの店をやってんですわ」

「引退……、戦闘でか?」

 サリを失うことを考えたら絶望感が這い上がる。そんな思いをこの親父はしたんだろうかと血の気が引いた。

 顔を青くした俺に、親父は違いますよと即座に笑いながら否定した。

「老衰です。穏やかなもんでしたよ。今は契約してませんがそいつが遺した子供たちと一緒に暮らしてまさぁ」

「そうか、よかった」

 だから獣の鎧を作るのにも慣れていたのか。きっと現役時代もせがまれて作ってやっていたんだろう。

 そう思うとサリの鎧の出来栄えに、親父の契約獣への愛情を感じられた。

「これ、きにいった! なでて、よし!」

 気に入ったと嬉しそうにカウンターの上で頭を差し出すサリに、親父は微笑まし気な目を向けて望まれるまま頭を撫でる。

「ありがとうございやす。また来てくださいよ。旦那、ぼっちゃん」

 撫でが終わると満足そうに俺の肩に戻って来た。

「さり、くる! いずか、ここまたくる」

「そうだな、また来ような」

 革鎧の修復とサリの鎧分の代金を払う。加工分の金額も上乗せしようと思ったのだけれど、手甲の値段でいいと断られてしまい払わせてもらえなかった。

 今度来る時はもっと買い物もしよう。

 礼を言って店を出る前に親父が俺たちを呼び止める。

「そうだ。武器なら向かいある武器屋に行くとぼっちゃんのが手に入るかもしれませんぜ。昔から俺の相棒の武器はそこで作ってもらってやしたから」

「いい情報をありがとう」

「ぼっちゃんと旦那を見てると昔を思い出して懐かしいんですわ。本当にまた来てくだせぇ」

 手を振る親父に振り返し店を出た。



 肩に乗るサリはご機嫌で、もし歌を知っていたら鼻歌でも歌ったかもしれない。

 俺には歌う習慣がなかったから、サリは歌という存在を知らない。

 どこかで聞かせてやれたらいいな。

「サリ、鎧はどうだ?」

「みる? みたい?」

「みたいぞ、見せてくれ」

「うん!」

 ご機嫌なサリは弾んだ足取りで腕に降りて来た。

 よく見えるように顔の前で水平に腕を上げてやると、前腕の部分にいそいそと向かいそこでくるりと一回転して見せてくれる。

「いずかとおそろい! いろも!」

「本当だな」

 言われて気付いた。あの親父わざわざ俺の革鎧に合わせて薄い青色を選んでくれたのか。

 もしもどこかでテイマーが防具で困っていたらこの店を教えてやろう。

 そして顔を上げると親父が言っていた武器屋が目の前に見える。

「サリ、武器欲しいか?」

「ぶき、いる! いる!」

 嬉しそうに足元に飛び降りて、向かいの武器屋に向かって走って行って扉の前で俺を待つ。

「いずか、はやく! さりのぶき!」

「そんなに急かさなくてもすぐ行くよ」

 旧通りはそれほど広いわけではなく、武器屋まではすぐだ。

 サリは扉の前で早く開けろと足で石畳みを踏み鳴らす。

「そこじゃ危ないぞ。開けるから肩に来い」

「うん!」

 外開きの扉を開ける邪魔にならないようにサリを呼んで、肩に乗った感触と同時に扉を開いた。

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