3 ……サリ?

 下の階から食事の匂いが漂って来て目を覚ます。こんなのは本当に久しぶりだ。

 瘴気の中で他人が作った料理の匂いなんて漂うことはない。

 抗いがたい匂いに誘われ急激に空腹を感じて腹が鳴った。

 昨日は夕食も摂らずそのまま眠ってしまったから腹が減って仕方がない。

「サリ」

 肩の上で丸まっているサリはまだ眠っている。珍しい事もあるものだ。

「サリ、飯に行くぞ」

「……きゅぅ」

 返事はしたが殆ど開かない目が眠そうに俺をちらりと見てまた寝てしまった。

「腹が減って耐えられん。俺は行って来るぞ」

 一緒に居てやりたいが空腹に耐えられそうにない。

「何か貰って来てやるからな」

 肩からそっと枕の上にサリを降ろしタオルをかけてやる。

 軽く着替えて部屋を出た。

 サリを伴わないのは本当に久しぶりで肩や足元がなんだか心許ない。

 夕食を抜いてしまったので多めの朝食を食べ、部屋に帰るとサリはまだ寝ていた。

 特に緊急の用事もないから無理やり起こすこともない。貰って来た果物と持っていた木の実を皿に乗せ枕の傍に置く。

 それから壊れた革鎧を持って、コートを羽織りウエストポーチと剣を装備して外に出た。

 宿屋で教えて貰った防具屋で修理を頼み、その足で冒険者ギルドへ向かった。

「どれがいいかな。やっぱり最初は素材採取か?」

 猪の毛皮、獣肉(種類は問わない)の納品、大蜘蛛の糸の採取、アカナガ蜂の蜂蜜回収。

 採取の依頼と一口に言っても選択肢はかなり豊富だ。

 討伐系の依頼に作物を荒らす大猪の排除が出ていたから、肉と皮の調達は同時にやれそうだ。

 鎧が直るのが三日後だし受け取った後まだあれば受けよう。

 特に急いでもいないし、なくなっていたらまた別の依頼を受ければいい。

 後はサリの体調次第だ。

 買い物をして戻ってみたら皿の上に置いてあった果物はなくなっていた。

 木の実は食べている途中で力尽きたのか食べかけで放置されており、サリは中途半端な恰好で半分枕に乗り上げ寝ていた。

「どうしちまったんだよ、サリ」

 苦しそうではないから安心していられるが、元気な姿しか知らないから不安になる。

 落ちそうなサリを抱えて枕の上に戻し、背中を撫でると俺に気付いたのか眠そうな目を開けて手の匂いを嗅いだ。


「元気なサリに戻ってくれよ」

 このままサリを亡くしてしまったら、俺は生きる意味を失う。


 三日間、ほとんど寝たままのサリに寄り添う。

 時々起きて飯をねだりまた眠る。

 起きた時に俺がいると嬉しそうだから鍛錬以外は傍に居ることにした。

 そして四日目の朝……。


「ま、ま……。まま……、おなか、すいた」

「んー、サリー?」

 体の上で走り回るサリを寝ぼけながら捕まえる。

 人が起き出している気配がない。起きるにはまだ早すぎる時間なんだろう。

 眠すぎる……。

「もう少し寝かせてくれよ」

「まま、おなかすいた!」

「ごふっ」

 鳩尾の上で跳ばれ息が詰まり目が覚めた。的確に急所を攻めて来やがる。流石サリ。

「サリ、痛ぇ」

「おなかすいた! ごはん、ごはん」

 目を開けた俺の頬に頭を摺り寄せる。

「はいはい、わかった。今出してや……ん?」

 いつも通りにサリを抱えベッドから起きて、保管箱から果物をだしてやりながらふと気づく。

「はぁ!? おまえ、喋ってねぇ?」

「まま、さり、ごはん!」

 出してくれたのに渡してもらえないのに苛立って、掌から赤い実をむしり取って齧りついた。

 いつもならテーブルの上に乗って食べるサリだが、俺から離れたくないのか掌に乗ったまま絶対降りないと右後ろ足がしっかり親指を握って離さない。

「ごはん、おいし、おいし」

「……やっぱり喋ってる?」

「まま、もっと」

 小さな種まで綺麗に食べきって両手を差し出す。

「ずっと寝てたもんなぁ、腹も減るよな」

「うん。おなか、すいた」

 今度は黄色い果物を皮を剥いて渡してやる。

「これはここら辺で採れる初めて食う奴だぞ。バナモっていうんだ。甘かった」

「あまい、たべる!」

 柔らかいそれは味が気に入ったのか凄い勢いで口に運んでいるけれど、零さず綺麗に食べるのに感心してしまう。

「やっぱサリ、喋ってるよな?」

「さり、しゃべる! ばなも、おいしい! もっと、いる!」

 喋っているのはどうやら夢ではないらしい。

 とりあえず腹が満たらないとまともな会話が出来なさそうだと、満腹になるまで食べさせる。

 特に黄色い果物のバナモが気に入ったようで、五本一房で買ったそれが凄い速さでなくなって行く。

 やがて腹一杯になったらしく、掌を舐め毛繕いを始めた。

「もういいのか?」

「おなか、いっぱい!」

 満足そうなサリを抱き上げベッドに座って膝の上に置く。

「なぁ、サリ」

「なぁに?」

「やっぱ喋ってるよなぁ」

「さり、しゃべる! ままと、いっしょ!」

「ママは俺か?」

 どうにもさっきからママとは俺を指している気がしてならない。

「ままが、さり、そだてた」

「ああ、うん。確かに俺が拾って育てたけど……」

 やっぱり俺がママか。ママはちょっとな。うん、パパでも微妙だけど。

「サリ、俺はイズカだ」

「まま、いぅか」

 そういえば自己紹介なんてしたことないな。ってウサリスに俺はイズカですなんて挨拶したら頭のおかしい奴だろ。

「俺はママじゃなくてイズカ」

「いぅか」

「イズカ」

「いぅか」

 ズの発音が難しいのか、中々イズカと言う事が出来ない。

 いぅか、いぅかと一生懸命練習している様が可愛らしい。

「サリ、イズカだ」

「いーずーかぁ! いずか!」

 何度目かに呼ぶことが出来て嬉しそうにサリが跳ねまわる。

「いずか! さり、しゃべる! いっしょ」

「これからはサリと喋れるんだな」

「しゃべる、さり、うれしい、いずか、うれしい?」

「嬉しいぞ、サリ!」

 抱き上げて頬を摺り寄せると、サリは嬉しそうに俺の名前を呼ぶ。鳴き声と同じ高い声色。けれどその口からは人の言葉が紡がれた。

「さり、いずかと、いっしょ、なりたかった。がんばった」

「魔石を食ってたのは俺と喋りたかったからなのか?」

「さり、いずか、あいぼう! いっしょ! いずか、はなす、うれしい。さりと、しゃべる、うれしい!」

 単語で楽しそうに喋りかけるサリ。

 どうやら最初の村で俺が老人と会話しているのを見て、自分も話せたら喜んでくれるのではないかと思ったようだ。

「まりょく、たべる。つよくなる! さり、いずか、しゃべる! うれしい」

 サリが前より強く賢くなったのは間違いなく魔石を取り込んだからだ。

 本能なのか知識なのかは分からないが、サリはこうなれることが分かっていたんだ。

「いっしょ! しゃべれる!」

「一緒だな。魔石食べるの辛くなかったか?」

 撫でながら聞くと心配されたのが嬉しかったのか手に頭を擦り付けて来る。

「さり、つらくない! おいしい、だいじょうぶ! いずか、いっしょ!」

 いっしょが嬉しいと体を擦り付けるサリを撫でる。サリは俺に寄り添いたいと思い進化を選んでくれたんだ。

 それが嬉しくないわけがない。

「俺もサリと喋れて嬉しいよ」

「うれしい!」

 喜んで膝の上を飛び回るサリを捕まえ抱きしめる。

「サリ、今日はギルドに任務依頼を受けに行くぞ」

「いく、いっしょ!」

「おう、一緒にな」

「いっしょ!」

 大騒ぎをしている間にすっかり日は登っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る