第6話 新しい拠点探し

 瘴気を浄化し始めてそろそろ十年。

 サリと出会ってから大体三年が経ち、この生活もすっかり日常になった。

 朝は剣の稽古と体力作り、昼は森へ行って魔物を狩って素材や魔石を集めながら新しい拠点の場所を探した。

 なるべく根源に近い場所で生活がしたい。

 瘴気は噴き出し口付近が一番濃度が濃く、外周に行くにしたがって薄くなっていく。なるべく濃い場所で生活した方が浄化が早く進む。

 瘴気災害が起きた時、真っ先に噴き出し口を塞いでしまえば被害も少なく、災害も早期に収束する。けれど大抵そこに辿り着く道はダンジョン化していて入口が隠されている。

 魔力濃度が高すぎて魔道具でも入口は見つけられない。仮に場所が分かっていても噴き出した直後の瘴気は濃く視界も悪い。そんなところを魔物に襲われては一溜りもない。

 浄化者は代えが利かない貴重な存在だから、時間をかけても安全な行動を取るようにロス家でも強く推奨されていた。

「あれ、この間瘴気の中にあった村が……」

「きゅ」

 いつもの道を歩いて行くと、街道の先にあった村が瘴気の外に出ていることに気付く。

 外に出るのは少なくとも半年以上は先だと思っていたのに魔法陣が安定したからだろう。浄化速度が早くなったような気はしていたがその感覚は間違いではなさそうだ。

 こうして分かりやすい形で成果が見られるのは嬉しい。

 外周を見に行くたびに範囲の縮小を実感できた。

「この分だと今住んでる村が外に出るのもそんなに先じゃないな。やっぱりもっと奥に新しい拠点を作らないと」

「きゅ!」

 俺の独り言にサリは律儀に返事をしてくれる。

 瘴気の影響で真っ黒になっている木は、脆すぎて素材として使えない。

 家を建てる分の木材がいると、必要数を計算しながら俺は瘴気の外に出て街道を歩く。

 しばらくすると小さな小屋が道の端に建っているのが見えて来た。

 鍵穴のないドアを開けて中に入ると部屋の中には棚と小さなテーブルがあり、その上には紙と筆記用具が置いてある。

 棚の中には箱が置かれていて、その中には消耗品や保存食が入っていた。

 それを取り出し、回収した魔石や素材を代わりに入れておく。

「えーと小屋の建築材料と、家財かなぁ。自分で作ってもいいけど完成品の方が楽だ。後は小さい荷車、かな」

 ここはロス家が浄化者支援の為に建てた簡易倉庫で、瘴気災害の縮小に合わせて内側へ移動していく。

 瘴気の境目に合わせて建てられる物なので誰も来ないから鍵などない。

 調味料や食料、食器や調理道具なんかもこの紙の魔道具に書いておくと近日中に補充される。

 食料が殆ど見つからない瘴気の中では、この支援がなくては生きていけない。

 街に買い出しに行くことも可能だが、そうして出かけた先で不慮の事故にあってしまっては本末転倒。

 浄化者の為に出来る支援は全てするのがロス家の使命なんだ。浄化者となったからには最大限に活用させて貰う。


 ペンを紙に走らせるその間、サリは楽しそうに小屋の中を探検して歩く。

 その軽快な足音を聞きながら欲しいものを全部書き出して、小屋を出た。


 街道に沿って遠くに目をやると、脇にある平原には所々緑が戻っているのが見えた。

 瘴気は魔糸がある生物のみを侵食する。

 人が住まないことで家は荒れるけれど、真っ黒になったりはしない。

 整備された街道は綺麗に残って居るし、土や畑もそのまま、そこに植えられた植物や作物だけが黒くなったり魔化したりしていた。

 それらを取り除き、瘴気の影響が無くなればむしろ魔力が豊富に含まれる土地が出来上がる。

 フィクロコズが他の土地に比べて豊かなのはこのせいだ。瘴気災害は起こるがそれ以上に利益がある。だから人はこの土地に住み続ける。



「さて、俺たちは材料が揃うまで新しい拠点候補地を探して道を整備しようぜ」

「きゅ!」


 俺たちは新しく命が芽吹き始めた世界に背を向け歩き始めた。



 拠点を建てられる場所を探して森の奥を進むと、瘴気も濃くなり魔物も強くなる。

「今度は狼の群れか、来い!」

 先ほど体長二メートルほどもある長く鋭い牙を持つ蛇と戦ったばかりだが、戦い足りない。

 今日は随分獲物の少ない日だ。俺はまだ全然やれる!

 剣を構えると、唸り声を上げていた狼が三匹が一斉に飛び掛かってくる。

「おら、まず一頭!」

 裂けてしまいそうなほど大きく口を開けた狼の喉に右手に持ったショートソードを突き刺した。喉の奥まで突き抜けたそれを引き抜くと同時に、死体を地面に振り落とす。

 右側から腕に噛みつこうとしていた狼の顔にサリが蹴りを入れるのを視界に入れながら、背中から襲い掛かって来た狼を振り返り左手のマチェーテで凪ぐ。

 顔を蹴られて怯んでいた狼が頭を振って体勢を立て直し、再び走ってくる。

 簡易結界は戦う時、体にぴたりと纏わりつかせ細かい傷を防ぐことに使うようにした。広げて展開するより効果的だ。

 逃げるサリを噛もうとして姿勢を低くしている狼の頭が突然地面に伏せた。

「きゅ!」

 突然垂直に跳んでいたサリが木を蹴って加速し頭を踏み潰した。

 得意気なサリの足元で絶命した狼は黒い塵になって消え、体の一部と魔石が残される。

「魔石、けっこう大きくなって来たな」

「きゅ?」

 瘴気に晒される時間が増えて来たからか、残された魔石が前よりも大きくなって来た。今回の狼から出たのは掌より少し小さいが、今まで親指くらいの大きさが最大だったことを思えばかなりの大きい。

 魔物自体も随分タフになって、力も速度も増している。

 また攻撃手段も森の奥に住む魔物の方が多い。体が大きくなり爪や牙が鋭い物になっているせいだろう。

「今回は、牙と爪、あとは毛皮か」

 魔化した植物を狩ったら食べられる木の根が出て来た。肉と一緒に煮込むとコリコリした歯応えが丁度いい食感になっておいしいんだ。

 植物の魔物倒すと果物や食べられる根や茎、たまに薬草も落としてくれるし、見かけた時に倒しておかないと居場所を見失うから積極的に狩っておく。

 新鮮な肉や香辛料はこの間の支援物資で十分貰えたし、今日は豪華な飯にしよう。

「サリ、オランジだぞ」

「きゅきゅ!」

 柑橘系の大きな甘い果物も落ちたから、今日はご馳走だなと気分が上がる。

 俺も少し分けて貰おう。菓子の甘さは苦手だが果物は好きだ。いつもは全部サリに譲っているけれど、このくらい大きいなら少しくらい分けて貰ってもいいだろう。

 ワクワクしながら落ちた物を収拾バッグに収めて背負うと、サリが肩の上で落ち着かないように歩き回る。

 まだ戦い足りないようだ。日が高いので少し遠回りして帰ろうと、来た道とは逆の方へ回って行く。

 魔物は新しい生き物が瘴気を浴びない限り増えない。だが瘴気が漂う場所に新しく移り住もうなどという生物はなく、狩り終わった区域に新たな魔物が現れることはない。

 未開の地に足を踏み入れる高揚感は何度味わっても新鮮さを失わない。

「サリ、まだ行けるか?」

「きゅっ!」

 元気な返事にやる気を感じ、俺とサリは意気揚々と未開の森を進んで行った。

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