西瓜

茶々

第1話

「西瓜、1つ下さらない」


ついに幻覚をみたと思った。暑さに当てられて。蜃気楼かと。幻かと思った。 が、しかし本当に見た。彼女は其処に居た。 私はあのとき、どんな顔をしていたろうか。滑る西瓜を指先で引き留めて、なんとか紐で飾って手渡した。あの重さ。引き渡された後の軽さ。そう、重かったのだ。確かに西瓜は重かった。それがどうだ。今はこんなにも両手が軽い。西瓜の肌の低い瑞々しい感覚が少しは残っているというのに。 彼女は数日前、確かに辛気臭い白々しい部屋に居た。それがどうして此所に来ているのだろう。


「どうして此所に、それに西瓜なんて」


彼女に尋ねた。すると、薄く微笑んだ。殆ど変わらない位、風の様にさらっと笑った。


その表情に引っ張られて、まるでその笑窪から、運命の糸でも出ていて、それに巻き付かれたかの様に、私は動けなくなった。以前、彼女と西瓜について話したっけ。 何時か、西瓜を食べるなら、茹だる熱さに飽きたとき、陽射しに焼かれ焦げたとき、そんなときがいいと。そうか、それが今なのか。彼女は西瓜を食べるのか。一瞬に一度、その肉を切り裂いて。食べるのだろう。私は未だ動けないでいる。あの眼が、口が、焦げ付いてしまったから。ふと、彼女が西瓜を食べられないと、話していたのを思い出した。何故食べられなかったのだろう。しかし、もう、あの西瓜は渡ってしまったのだ彼女の手に。あの小さい小さい柔い手に。戻ってきてくれないだろうか。私の手に。せめて西瓜だけでもいい。あの手に西瓜は似合わない。

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西瓜 茶々 @kanatorisenkou

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