背景、ラブストーリー
裂けないチーズ
背景、ラブストーリー
学校をサボった。二年生しかいないアウェイな空間に耐えられなくてサボった。一時間目に限った話。でも一発目の授業がそれだから憂鬱になって一日サボることにした。案外罪悪感はなくて、なんとなくの高揚感とスッキリした開放感が感情を染めている。突発的なサボタージュに目的はなかったけれどそれとなく夏が恋しくなって海に行くことにした。ポジティブな感情が私の身体を乗っ取ったみたいな。空が青いし。
顔を洗って歯を磨いた。朝飯はいつも食べないから今日も食べない。おろしたてのコート着る。茶色いウールはますます私のテンションを上げた。朝でも昼でもない微妙な時間帯に家を出る。外の世界はサボった私を冷ややかに迎え入れてその冷たさに身震いがした。
しばらく列車に揺られてそれから路面電車に乗り換える。
憧れていた世界に足を踏み入れて本当を知った。遠くから眺めていた時、カラフルに見えた街並みはモノクロですらなく。ただ漠然とした焦燥と行き場の無くした情熱のぶつかり合いで錆びてしまった。そうして生まれた劣等感の扱い方、行き着く先が今はまだわからない。ただ流行りのフォームで悲しみに浸る。そう言うことはしたくない。見え透いた理由の感傷。ヒタヒタの悲しみに浸かってブヨブヨになった心を恥ずかしげもなく、見せつけるような。そう言う劣等感の使い方は好きではない。共感するふりをして消費されるだけ。結局、ギリギリな心を突いて決壊するかしないかのスリルを楽しんでいるに過ぎない。それに気づかずに喜ぶようなアホにはなりたくない。
暖房から出てくる生暖かい空気に当てられて気づくといつもの私に戻っていた。顔を上げて丁度正面に座るスーツのおっさんと目が合った。遅めの出勤だろうか。見渡すとサラリーマン風の男が何人かいた。なぜこんな時間に下りの電車に乗っているのか。少し気になって考えようと思ったけどやっぱりどうでもいい。スマホゲームで時間を潰した。
乗り換えの駅に着いた。一度改札を出て目的のホームに入り直す。観光客に人気の電車。休日はえらく混む。今日は平日な上に朝のラッシュが過ぎた後だったから乗客は多くなかった。少し待って大きな音がホームに入ってきた。基調の緑が真ん中の太いクリーム色を挟み込んでいる。少しビスケットアイスに似ていた。隙間に気をつけて乗り込んだ。バネの仕込まれた座席はギシッと音を立てて深く沈む。コートは脱いだ。ガタガタ揺れながら電車は住宅街を走る。壁を伝う葛に自転車が飲み込まれている。程なくして一つ目の駅に到着した。ドアが開く。女子高生が一人乗り込んできた。小さな駅で他に乗客はいなかった。正面の席に腰かける。やはり座席は深く沈んだ。寝坊だろうか。髪を後ろで束ねていてポニーの尻尾みたいだった。
ナンパに失敗した二人組の行方を誰も知らない。知っているのはナンパをされた女とそれを助けた男のことばかり。二人がその後もめげずにナンパを続けたこと。結局一度も成功しなかったこと。諦めて飲みにいったこと。そこで語り合って少し大人になったこと。二ヶ月後、同窓会で再会したクラスメイトと付き合ったこと。そういうことを知らない。興味もないから知らずにこのまま生きていく。
三つ目の駅に停車した。男子校生が一人乗ってきた。おはようと言ってポニテ女子高生の隣に座った。ツーブロックを入れた短髪が学ランとマッチしていていい感じだった。さっきまで表情の固かった女子高生はツーブロ男子と雑談をして笑った。何を話しているかはわからない。ただ楽しそうだった。
スマホゲームにも飽きてきてやることのなくなった。
私は暇つぶしにポニテ女子高生に少し恋をした。
今度の休みどこか行かないと私を見る。そのはにかんだ笑顔の眩しさ。目が眩んだ私は君を見失ってしまいそう。
妄想は膨らんで、二人で水族館に行ってみた。ヒトデを触って、クラゲを見て、イルカに水を掛けられた。カフェでカレーを美味しそうに食べる君の頬が可愛かった。クラゲのように綺麗になりたいと私を見る。そのまっすぐな瞳の眩しさ。目が眩んだ私は君を見失ってしまいそう。
妄想は重なり、膨らんで、君は一人で泣いていた。一晩泣いた君の目は真っ赤。理由を聞いても答えてくれない。一人で吹っ切れた君が私を置いてどこかへ行ってしまいそうな。そんな気がしてならない。
妄想は重なり重なり、膨らんで、湿気った君との関係。最近続いた雨のせい。鮮やかだった君も私もそろそろ色落ちのひどいタオルみたい。気づいてる。後ろの足音が大きくなっていること。隣で君が黙る理由。
妄想がそろそろ萎みはじめて私は君を送り出す。薄暗い路地に光が少し差し込む。君にありがとうと伝えた。真白い肌が少しでも白くあるように日傘を差して駅まで送る。またどこかでと私を見る。そのはにかんだ笑顔の眩しさ。私はそれをまっすぐ見つめてまたどこかでと言った。
五つ目の駅に停車した。ツーブロ男子校生がありがと算数と言って降りて行った。だいたい学生は次の駅で降りるのに彼はなぜかここで降車した。一駅分走るみたいなことだろうか。ありがと算数がツボにハマって私も今度使おうと思った。
路面電車が街を抜ける。ついに抜ける。視界がひらけた。窓枠がかたどる景色。季節感のない澄んだ海。それでも車内は暖房のぬるい空気に満たされていて今が冬だと私に伝える。爽やかな気分に水を差されて少し嫌な気持ちになった。
次の駅でポニテ女子高生が降りて行った。ポニテは揺れていた。
そこから三つ目の駅で私は降車した。作為的な生ぬるい空気に慣れてしまった私の目を覚すかのように海風が強く吹いた。海までは少し歩く。商店街に活気がないことに気づいて私が学校をサボっていた事を思い出した。それらしくてテンションが上がった。階段で浜辺に降りる。顔を拭った潮風と腕を伝った汗の気配。寒過ぎて海に来たところで夏は感じられなかった。冬の海は冬の海だし、夏の海は夏の海だと思った。今日の私はトンビのように気楽だから一日ブラブラしてイルミネーションでも見ることにした。とりあえず昼飯にカレーを食べよう。
背景、ラブストーリー 裂けないチーズ @riku80kinjo
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