ライラ・ブレイヴィは剣が握れない

ゆきさん

第一次迷宮呪解探査編

プロローグ ライラ・ブレイヴィは剣が握れない

 戦う術を持たない冒険者は冒険者と言えるのだろうか?


 巨大な未だ謎多き迷宮。数多の冒険者がその謎を解明せんと無限にも近い広さを持つ大穴へと潜る。そこには、人を容易に切り裂ける爪を持つモンスター、煉獄が如し火を噴くモンスター、10を超え100を超える異形の怪物が跋扈しているのだ。


 支援者サポーターでもなく、採集者コレクターでもない者が、その迷宮で戦う術を持っていないというのは、それはそれは実に滑稽な話である。


 認めたくないが私の話だ。


 そう――ライラ・ブレイヴィはつるぎが握れない。


〜◯◎◉◎◯〜

「ライラさん!無茶です!無謀です!無鉄砲過ぎますぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「だからって何もしない訳にはいかないでしょ!?」


 年に数回の定期討伐ダンジョンフローの最中、イレギュラーにつき迷宮管理組合LCU受付嬢のアルム・ユクリィは叫んだ。他でもないこの私に。


 本来定期討伐ダンジョンフローとは、数ヶ月に1度、ダンジョンから出てこようとするモンスターを事前に迷宮内で狩ることを指すのだが――結果、私達は『ウェアウルフ』に追い詰められている。地上で。


(剣さえ使えればこんな……!)


 右手の甲に刻まれた忌々しい呪いの紋章を睨む。


 市街地の行き止まり。後先考えず逃げて行った先の愚かな末路。

 幸いもしもの避難誘導は済んでいるようで、辺りに私とアルムちゃん以外はいない。


 1人ならば逃げ切れる。しかしアルムちゃんは?

 ダメだ。庇いきれない。


「くっ……」

『グルルルルルル……』


 たった一体、こんな呪いが無ければ取るに足らないウェアウルフに迫られている。


(詰み……かな)


 思考のシフトチェンジ。こんなところで死ぬつもりは毛頭ないが、優先目標の変更だ。


「アルムちゃん!立てる!?」

「ひぇっ!は、はい!立ちますぅ!!」

「私が引き付けるから、アルムちゃんは救援を呼んできて!!」


 武器が無くたって攻撃を避けることはできる。そうそうやられることはないと思いたい。


 アルムちゃんが逃げるための経路を確保するため、近くの小石をウェアウルフに投げつけ――られない。


「痛っ――呪いか!」


 小石が手から弾かれてしまう。

 しかしウェアウルフはそれに反応してこちらに意識を向ける。


「早く!アルムちゃん!今の内に行って!!」

「わかりましたぁ!!」


 お世辞にも速いとは言えない駆け足でアルムちゃんが逃げていく。

 嬉しい誤算か、ウェアウルフはアルムに見向きもしない。余程私の一芸呪いに興味津々な様だ。


「……来なよ」

『グルルル……ガァウッ!!』


 10m程だろうか。その距離は自慢の四足によって瞬時に詰められる。


「うぅあっ!」

『ガウッ!』


 寸前のところで避ける。少し掠っただろうか、頬が熱い。

 だがウェアウルフの狙いは喉元だった。


 モンスターだってバカじゃない。

 武器を持たず、己に立ち向かおうとする者は魔術師メイジだと勘づくのだ。


 厄介な詠唱を妨害するのなら、喉元掻っ切って声帯を潰すのが手っ取り早い。


 早い話、私は魔術師だと勘違いされている。

 冗談じゃない。私は前衛職だ。

 まぁ、武器は無いどころか持つことすら出来ないのだけど。


 しかしその爪、鋭い爪。

 私の喉元を切り裂こうとしたその爪。

 迷宮の岩を容易に切り裂けるその爪。


(私の体が岩より硬かったらなぁ……)


 危機的状況にも関わらずくだらない想像をしてしまう。


 仕留め損ねたと、ウェアウルフは即座に壁を蹴り第二波。


「っ!器用だなぁっ!」


 先程より距離が近い。


 速い。


 バックステップで回避行動を取る――間に合わない。


「ぁ」


 呆気ないなぁ、本当に。



 ――――貫け。



「へ…?」


 血が滴る。


 正しく言うのなら、‪”‬ウェアウルフ‪”‬の血が、その飛沫が滴っている。


 ウェアウルフの背から腹にかけて貫く大剣。

 その柄を握る青年。


「大丈夫ですか――ライラさん」


 黒黒黒黒。

 黒い瞳に黒い髪、黒いローブの下には黒の軽装。


 吸い込まれそうなその瞳は、私を見つめていた。



「き、君は一体……」

「あー……まぁ覚えてませんよね……。身長も伸びたし」


 ウェアウルフだった魔石をパリンと踏み潰し、躙る。あぁ、200シャロンが……。


「ライラさんの顔に傷を付けた罪は重いぞ……って死んでるか、うん」


 反射的に聞き返しそうになった。なんて?


 乙女のお肌を心配してくれるとは中々の紳士だなと思った。風貌は不審者のそれだけれど。


「俺、レン・ファンドって言います。……覚えといてください」

「……うん、わか……った?」


 兎も角、私はこの青年に助けられたのだ。


 レン・ファンドという青年に。


 これが、レン・ファンドとの出会いだった。


〜◯◎◉◎◯〜

「ライラさぁ〜ん!!きゅーえん!呼んできましたぁぁぁぁぁ!……ってあれれ?」


 事が済んだ後にアルムちゃんの登場。


「おいライラァ!生きてっかァ!?」


 傍には中級第一位冒険者、ランド・アスフォルトが付いていた。

 いつも通り、口調が荒い。


「ライラさんっ!良かったですぅ……」

「ま、流石にこんなザコ相手にくたばりゃしねぇか」


 ギクッ。言い出しづらくするの止めてくれないかなぁ!?


「いや、その、実は……」

「あ?」

「この子に助けて貰って……」


 紹介しようと振り向くとそこには



「誰がいンだよ、そこに」‬



「……あれ?」


 誰も、居なかった。



 プロローグ

 ライラ・ブレイヴィは剣が握れない


用語解説

支援者サポーター…後衛職の総称。

採集者コレクター…魔石や迷宮のアイテムを集める専門の職。

魔石…モンスターを倒した際にドロップする魔力の籠った石。冒険者の収入源。

シャロン…この世界での通貨。価値は日本円と同じ。

〇級第‪✕‬位冒険者…この世界での冒険者階級。

  第一位     第一位     第一位

上級第二位 ⬅ 中級第二位 ⬅ 下級第二位

  第三位     第三位     第三位

纏めて上級冒険者とか呼ばれたりする。

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