第5話 思う男
愚かな人類が核を使用し、一度世界は完全に崩壊した。
空気は汚染され、酸性雨によって大地は腐り赤く染まって、海は干上がり崩壊前の約60パーセントにまで減少しつつある。
何が起こったのか。
訊かれるまでもない。戦争だ。
一連の愚行を、今を生きる人々は『大破壊』と呼んでいる。
この大破壊以後、人々は地表を生身では歩けなくなり、シェルターという穴倉生活を強いられることとなった。
状況がわずかでも変わったのは、俺らのひいじいさんの時代だった。
生き残った人々が集まり、力を合わせて11枚の特殊合板からなる超巨大なドーム状の壁を建造。内部を徹底的に洗浄した後、可能な限りが寄り集まり再びの集団生活が形成し直されたのだ。
新たな都市国家とも呼べる形態が誕生したのである。
最初の都市は旧日本国領土の北海道旭川市を中心として建造された。
場所の選定理由は当時の爆心地から最も離れ、汚染の少ない箇所であるからだそうだ。『日本国立第一卵型防壁施設都市』と名づけられた。
その後、これらの情報が世界の各地域に拡散され、同等の都市が次々に建立されることとなる。
俺が住むこの都市は、正式名称『日本国立第二卵型防壁施設都市』。通称『CU第三エッグシェルシティ』。
たった2つしかない旧日本国領土内に存在する2つ目の、上から見ると卵のような形状の防壁に包まれた都市。すなわちエッグシェルシティである。
この都市防壁の最大直径は120キロメートル、最小直径が80キロメートル。内部もこれに準じた広さがあり、旧日本国領土南西端の沖縄地方石垣島および西表島を中心に、周辺の島々と海をも巻き込んだで建造された。
と、ここまではトントン拍子、などという風に感じ取れるかもしれないが、そんなことは当然全くない。
居住環境こそ整えられたものの物資は常に不足状態で、特にエネルギー関係は慢性的に壊滅状態だった。
外部からの有毒物質の侵入を防ぐため、シティ内部は規模こそ広大でありながらも常に完全な密閉状態である必要がある。このため空気を汚す可能性のあるガスや石油などの使用は厳禁で、たとえ入手したとしても、余っていたとしても使うことはかなわなかった。
この状況が好転したのは約30年前。
壁の外の世界で存在が確認された新たなる生物種『モンスター』、その核組織である『魔石』なる部位が、汚染物質を出さない全くクリーンなエネルギー源であると判明したのである。
以来、人々はその便利な石を確保するべく、あの手この手と考えを巡らせるようになっていく。
始めは、防護服を着せた罪人を使ったらしい。
が、当然に、そんな彼らの意欲は低く、結果的に失敗に終わることとなった。
一度壁の外に出れば簡単に中へは戻れないためにモチベーションは上がらず、防護服を着ての戦闘は動きづらく、かつ汚染への対処も不十分。加えて凶暴で凶悪で巨大なモンスター種を、人間そのままの肉体で相手にするにはどうしても無理があったのだった。
そこで、汚染に強く、壁の外の環境に耐えることができ、人間以上の戦闘力を持つ肉体が開発され、そこにVR技術研究の副産物、『アストラル体放出遠隔固定機』で本来の肉体から魂を分離させその肉体へと憑依、一定時間固定させることで上記魔石の採取を行う形へと変わっていく。
やがて専門の業種として確立。かつての採掘事業者たちになぞらえて、彼らは『マインナーズ』と名づけられる。
そう。今の俺の職業だ。
外に出るとまだ雨は降っていなかった。
なぜ完全な人工的環境であるにもかかわらず雨、ましてや雷雨などが起こるかというと、雨は都市内に残る植物の生育に必須であり、内部空気成分の浄化、埃や建造物の汚れ除去、都市内全体の湿度調整などなどのため多岐にわたって定期的に必要だからである。
そして雷雨は、いつの日か人類が外の世界に出た時に、同現象を体験しても混乱しないように、忘れることのないように行われているらしい。要するにイベントだ。
見上げれば、現在、頭上には真っ黒な雷雲が形成され、蒼く塗られたドームの内側を埋め尽くしつつあった。
これから行われるのは、エネルギーの単なる浪費だ。
正直、それの源を苦労して集める身の上の内の一人としては、思うところが無いわけでもない。
ちなみに、半年後には雪も降る。この地が元々、雪が降ること自体が珍事と呼ばれるほどに珍しく、また、外の世界であっても余程の北端もしくは南端の一部のみでしか見られなくなってしまった現象であるにもかかわらず。
やれやれ、だ。
しかし数年前まで、俺の小学校時代まではこういった一年に一度のイベントでさえ不可能なほど、都市の内情は逼迫していたと聞く。
必要なエネルギーの源はわかった。あとはそれを取得すればいい。人海戦術でもなんでも。しかし、そういうワケにもいかなかった。
モンスターたちが簡単に御せる相手ではなかった、ということも勿論ある。
返り討ち、というケースは何ら珍しいことではなく、実際、発生しない日の方が少ないくらいだ。
だが、それならばなおのこと団結し、市民の大半をマインナーズとしてでも駆り出し、数を揃えるべきである。そう思うだろう。しかし、それができぬ事情があった。
アストラル体放出遠隔固定機に、適正が存在したからである。
魂というあやふやで、非常に繊細なものを扱う以上、危険が伴うのは当然。適合するか否かが存在するのであった。
魂だけを引き出し移動させるところまでは可能でも、戻ってこない、あるいは戻せないケースがあったりしたらしい。そういった人間は仮死状態、もしくは植物状態となって、ほとんどがそのまま生涯を終えることになってしまう。
適応者は、全体のわずか2割にも届かなかった。
更に別のリスクもある。
モンスターたちにマインナーズが倒されることによっての純粋な数の減少だ。
マインナーズはモンスターとの戦闘時、強化調整体で戦う。なので、挑んだはいいが返り討ちになって破壊されたとしてもそれは仮初の肉体であり、本体は無傷。もう一体分の物資が再度揃えば、新しい強化調整体を作成することで復帰できるのではと思うだろう。
しかし、そう簡単にはいかない。
死ぬたび、強化調整体が撃破されるたびに、魂との接続が悪くなるのだ。
具体的には、まず末端が動きにくくなる。細かい作業は難しくなるものの、戦闘に影響が出るものでもない。
だが、2度目は麻痺が拡大。3度目ともなると四肢の一部、ひどい場合には下半身あるいは左右どちらか全体にまで症状が広がってしまうらしい。こうなると、もう引退するしかない。
また、3度目どころか1度目の敗北で心が折られる者もいる。
強化調整体には戦闘に不必要な感覚、過度の激痛を抑制、場合によっては一切の苦痛を遮断する機能が備わっているのだが、痛みはなかろうとも生きたまま喰われる感覚は相当なトラウマものなのだろう。
強化調整体が無駄にしぶといのも関係している。
幸いなことに俺はまだ一度も経験はないが、腕を食いちぎられかけたことならある。だから、何となく想像はできた。あれは結構
ほとんどが、2度と敵に立ち向かう気にはなれないと語って引退していくそうだ。
元々の数が少ないというのに、さらに減ってしまっては集められるものも到底集めきれるものではない。当時は消費をコントロールすることで、なんとか都市機構維持の最低ラインは割らぬよう努めていたらしい。
ところが、だ。つい最近になってアストラル体放出遠隔固定機が改修され、適用者の範囲が大幅に拡大した。アストラル体放出遠隔固定機自体はずっと研究対象ではあったが、それが実を結んだというワケだ。
適応者の確率は、一気に倍近い3割強にまで増加した。
当然、人員の増加にも多大な影響を及ぼす。大量の新人が採用され、マインナーズはその数を倍以上にまで伸ばした。
かく言う俺もその際にスカウトを受けたクチである。
ちなみに、この時の一斉採用以降からの新人は、まとめて第2世代と呼ばれているらしい。
所属の半数以上が新人という歪な構造ではあるが、絶対数が増えれば当然のように収穫も増加。
今現在、100万人の住むこの都市はようやく人々に過度な不自由を強いることなく、生活水準としてはやっと大破壊以前に近いほどまでに戻ったという。
空、ではなくドーム状の内壁にますますとドス黒い雲がたちこめてきていた。
壁の外側から光ファイバー網を通して形作られた太陽の光を、すでに大半覆い隠しつつある。
そこから視線を下げるとすぐに、ついさっき今しがた俺が出てきたビルが眼に入る。
島どころかこの都市で最も高く大きい、『CU第三シティ中央オフィスセンタービル』である。
地上70階建て。この島の、店舗や工場が必要ではない全企業の事務所、事業所がすべてここに集められている。
これはひとまとめとすることで電源元を単一とし、でき得る限り消費電力を制限する意味合いもあるが、無秩序な経済活動への抑制こそが第一の目的らしい。
そもそも都市内では使える電力量、すなわちエネルギーの総量が決まっている。が、経済活動には多くのエネルギーが使用されてしまう。移動、加工、運搬に電子機器の使用、製造だって使う。あとエトセトラエトセトラ。
自由な経済活動などを許せば、あっという間にエネルギー源は枯渇し喰い尽くされるに決まっている。採取できる人数には常に限度があるのだから。当然、消費する側にも限度を設けなくては始まらない。
この都市では起業するにも政府上層部の認可が必要であったりする。
そして、その認可は滅多に下りることはない。業種ごとに細かく総数が決められているからだ。
たとえば、ウチのように壁外活動も可能なエネルギー開発会社でもたった3社しかない。増えることも余程のことがなければないらしく、そのため求人倍率は常に低く推移しているという。
と、なれば働ける人数にも限度があるのが当然。
現在の、この都市に住む市民の就職率は全体のわずか35パーセントほどなのだそうだ。
だからこそ、市民の中には職を持つ人々を一部のエリートと考える風潮がある。
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