その恋、一方通行。

はにはや

第1話

 高校一年生、春。

 色々言えることはあるが、この高校に入学したのは間違いだったのかもしれない。



*



 公立花宮高校。

 あまり勉強が得意ではない私は、偏差値が普通くらいのこの高校に入学した。

 真面目で責任感もあるはずなんだけど、それと勉強の得意具合が比例するわけでもない。入学式だった日とは打って変わって、おさげにした髪の毛を気にしてもいない。


「じゃあ今日は言ってた通り、係決めと自己紹介をするぞ〜」


 担任の山田先生が声を上げた。

 自己紹介、こういう時は大抵一番だ。


「じゃあ浅見から、名前と、軽く一言でいいからよろしく頼む」

「浅見優香です。ええと、水川中学校から来ました。よろしくお願いします。」


 パチパチパチと疎らな軽い拍手。その後は私に続いて名前と出身中学を言う流れができていた。

 それにしても高校の初めから私はなんとも不幸な席になっていた。周り三つの席は全て男子。自分から話しかけにもいけないから、この先友達が作れるかどうか不安だ。

 水川中に来た友達はいなくて、同校は何人か入学しているらしいがクラスは離れてしまったらしい。


「じゃあ係を決めたいんだが、まずこのクラスのクラス委員を決めたいと思う。誰か立候補してくれる人はいるか?」


 しーん。

 クラスは驚くほど静かだった。うちのクラスは主体性がないらしい。先生もちょっと困り顔だ。


「お、いないのか? 高校の最初からやってくれるような人間は」


 先生が煽ろうにも、手が上がる様子はない。

 こういう時ってなんだかんだお調子者がやってくれそうな気もするけど……

 クラスを見渡すと、ちょっといかつい人間がちらほらいたので直ぐに視線を戻した。目があったら怖い。


「いないならくじ引きで決めるが? いや流石にそれは駄目か。他の係から決めたいけど、それだと余った人が委員長やることになるからなあ」


 先生が腕を組んで悩み始めた。


「うーん、こういう時どうしようか。決まるまで帰れないぞ〜」


 先生がそう言うとざわっと一瞬教室が淀んだ。みんな帰りたいのは共通認識らしい。お前やれよーとかそんな声が飛び交う。ただ、私は一人だ。

 数分間、そんな状態は続いた。すると先生が手を叩き、教室はまた静まり返る。


「よし、やってくれる人!」


 しーん。

 全く誰も反応しなかった。ここまで決まるのも遅いのは珍しい。やりたがる人が多いとは思うのに。

 小さく文句を言う人が出てくる。誰かやれよ〜と。早く帰りてえよ〜と。なら、自分でやればいいのに。


「…………」

「あ、あの、誰もいないなら私がやります。」


 つい、声を上げてしまった。


「本当か!? じゃあ委員長はええと……浅見で! みんな拍手!」


 パチパチパチパチパチパチとさっきよりも大きな拍手が響いた。よっぽどみんな帰りたがったらしい。にしても副委員長もあるからまだ問題はあると思うけど。


「じゃあ次は副委員長をやりたい人ー?」

「はい」


 と、思ったらすぐだった。責任の多い委員長にはなりたくないけど、何か上の立場に立ちたい人か。

 チラリと声がしたほうに視線を配らせると、そこには白髪のとんでもない美人、いや女子だけどイケメン? そんな人間がいた。

 

「白瀬か。ありがとう! じゃあ拍手!」


 パチパチパチとまた拍手が上がる。


「よぉし、じゃあ他の係を決めていこうか。早速委員長に仕事をしてもらおうかな、この紙に決まった人の名前を書いておいてほしいんだ」


 と、早速プリントを渡される。確かにみんなはやりたがらないわけだ。


「先生、私は何をすればいいですか?」

「あー特に何も、」

「浅見さんの近くに行ってもいいですかね? 私だけ何もしないのは嫌なので、手伝いたいです。」

「そうだな、親睦を深めるためにも白瀬は浅見の近くに座ってもらうか。あ、じゃあこの椅子使っていいから」


 そう言って教卓の隣に置いてある余った椅子と机の椅子を取り出して先生は私の隣に置いた。


「よーしじゃあ決めてくぞ、係は全部で──」

「よろしく、浅見さん。優香ちゃんって呼んでもいい?」

「よ、よろしくお願いします、白瀬さん。どうぞ、どんな名前でも」


 隣にくる白瀬さん。正直下の名前は覚えてない。それなのに彼女は私の名前をしっかり覚えてる。凄く綺麗な人がいるなあという印象だったけれど。近くで見るとまつげが長いし、肌もめちゃくちゃ綺麗。鼻も高くて本当に美人だ。


「そんなにまじまじと見ないで」

「ご、ごめんなさい。すごい美人だったから」

「そう?」

「はい、言われたことないですか?」

「なんで敬語なの?」

「同級生の感じがしなくて……」


 隣にいるだけでとんでもなく光が放たれている気がする。モデルとかやってないのだろうか、ハーフなのだろうか。めちゃくちゃ顔面の秘訣が気になってしまう。


「優香ちゃん、凄かったね。委員長に立候補するとは思わなかったよ」

「誰も手を挙げなかったし、私も早く帰りたくて……」

「偉いなあ、この学校って委員長と副委員長の負担が大きいって有名だよ。文化祭も体育祭も、大体の行事仕切るの委員長だから」

「そうなの? そんなに大変なのに白瀬さんはどうして立候補したの?」

「え、優香ちゃんが立候補してたから?」

「あはは、そんな親しい仲じゃないのに」


 凄い、これが陽キャのパワーか。距離の詰め方と言うか、普通に口説いてくる。これは何人の男女を落としてきたのか。


「優香ちゃんさ、付き合わない?」

「どこに?」

「ええと、恋愛の意味で」

「…………え?」

「恋人になりたいんだけど」

「……待って、?」


 何を言っているのだろうか。大変にからかわれているのだろうか。

 いや、確かに私は陰よりの人間でからかいがいのある人間だが、初対面でここまで言ってくるか。おかしい。流石に意味が違うのだろう。


「最近日本に来た? あのね、友達って言うんだよ」

「と、友達からでも良いけど、他の人とあんまり話されたりするのはちょっと嫌かも」


 束縛強い系? 二日目で重いよ。


「待って、本気で言ってるの? からかってるならやめてほしいんだけど」

「本気だよ、駄目?」

「駄目だよ、何にも知らないしまだ」

「知ってたらいいの?」

「そういう問題でもないけど、女同士だよ?」

「最近って多様性だし」

「人の性的指向を勝手に決めないで。ていうかなんで? まだ高校入学して二日目だよね?」

「実は一目惚れしちゃって」

「…………私に? 逆じゃなくて?」

「逆って?」

「なんで私に……?」


 なんで私に?

 今まで付き合ったこともない。告白されたこともない。好かれたことだって多分あんまりないのに、なんで一目惚れ?

 謎が多すぎる。からかわれてるとしか思えないし、二日目で告白してくるコイツの精神もやばい。何が起きてるのだろうか。


「と、とりあえず連絡先だけ交換してくれませんか?」

「それくらいするけど……」

「やった!」

「…………」


 やばい、先生の言ってることが入ってこない。数学係が、日野と山田と誰と誰って?

 白瀬が代わりに書いてくれてる。めっちゃ字が綺麗。弱点はその頭だけか。


「ほんと、一目惚れとか初めてで、私もどうすればいいかわからなくて、言えてスッキリしたよ。あ、スマホ出して、交換しよ」

「今!? 授業中だし」

「うちスマホおっけーだよ」

「そうだけど」


 ていうか、そっちはスッキリしてるだろうけど、こっちは全然してないっての!

 白瀬は堂々とスマホを開いてLIMEのQRコードを差し出してくるので、渋々登録してあげた。白瀬奏(しろせかなで)。名前までもお洒落である


「わあ、優香ちゃんと交換できた〜」

「……一目惚れしたのっていつなの?」

「自己紹介の時かな。それ以外はぼーっとしてて」


 行動力鬼かよ。


「それ恋じゃないかもよ。またゆっくり見極めて、それでも好きならまた告白して。今日のことは無かったことにするから」

「あー……うん、そうだよね。」

「落ち込んでる?」

「いや、まあ、少し」

「色々言いたいことはあるけど、普通この数十分で告白しないから。常識ないの?」

「そ、そこまで言う……?」

「お互いのこと知れてないと付き合うとかそういう話じゃないってこと。まずは友達として、ゆっくり始めましょ。ね?」

「うん!」


 あ、嬉しそう。犬っぽい単純さがある。尻尾があったら今揺れてるんだろうな〜って想像つくし。

 はあ、まさかこんなことになるなんて。高校生活どうなることやら。

 正直、この時の私は白瀬奏の恐ろしさを理解できていなかった。この女は、私の予想を超える。



 

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