幼馴染はドーナツの真ん中
ホームルームが終わり、次に始まる数学の授業の準備を進めていた。
すると後ろの席から不意に声をかけられる。
「宮内さん、また遅刻してたね」
「そうだね」
その声に少し肩がビクついた気がするが平然に答えてみせる。
「ああいうギャップがいいんだろうね」
「どうだろ」
「ずっと見てたくせに」
「あんだけ必死に走ってたら見るだろ」
「ふーん」
さっきから後ろからチクチク言ってくるのが幼馴染の成宮千冬(なりみや ちふゆ)。
親同士が仲が良く、物心がつく前から一緒にいる。いわば筋金入りの幼馴染。
彼女はいつも一歩先を行く存在だった。
千冬は優等生であり、その優れた学力と穏やかな性格で学校中から一目を置かれている。
生徒会副会長として活躍する彼女は、先生や生徒たちからの信頼も厚い。
千冬の黒髪はいつも綺麗にまとめられ、着崩れしていない制服も彼女の知的な雰囲気を一層引き立てていた。
「まだ好きなの?」
千冬の言葉が胸を突き、思わず息を飲んだ。
心臓が一瞬止まったように感じる。
そう、彼女は僕の気持ちを知っている。
千冬の言葉を一切聞かないふりをして、自分のやるべきことに集中した。
まるで彼女が存在しないかのように、その場の空気を無視して準備を進める。
彼女の視線が突き刺さるのを感じつつも、僕は一切反応せず、淡々と手元の作業に没頭した。
心の中でわずかに波立つものを押し込めて。
昼休み、僕はいつものように健二とお昼ご飯を共にしていた。
「勇斗は夏休みなにすんの?」
健二は学食のカレーをつつきながらさほど興味もないであろう僕の夏休みの予定を尋ねてきた。
「別に何もないよ。受験も近いし勉強してるかな」
僕も健二と同様に顔も見ず、A定食の小鉢に箸を伸ばしながら答えた。
すると、健二はスプーンを置き小さくため息をして僕に言い放った。
「高校最後の夏だぞ?いいのかそんなんで」
「いいだろこんなんで」
冷たくあしらうとまた健二は小さくため息も漏らした。
「俺は嫌だね。だから、明日告るわ。」
「は?急だな。相手は?高瀬?」
健二は去年の冬から同じクラスの高瀬実乃里(たかせ みのり)にご執心だった。
それも無理はなかった。
高瀬はテニス部の部長をしていて、その日もいつものようにコートで部活に励んでいた。
生徒会書紀を務める健二は会長の使いで、テニス部内で度々問題になっていた、男子テニス部と女子テニス部のコート利用について仲裁を任されていた。
その問題とは、女子テニス部の専有率が高く男子テニス部が不満を上げだしたのがきっかけだった。
まぁ、結果を残している女子テニス部が優遇されるのは仕方がないなとも思ったが、男子も決して手を抜いているわけではないので不満に思うのも無理はない。
健二が男子テニス部部長と話をしている時だった、女子部員が放ったボールが健二の後頭部を直撃。
健二は意識を失い、気づくと目の前には保健室の天井があったという。
意識を取り戻した健二に声をかけたのは、ベッド脇のパイプ椅子に座る高瀬で彼女は健二が起きるまで側にいてくれたらしい。
そんな事がきっかけで以降、健二と高瀬はよく話をする仲となり、次第に心惹かれていったというが...
その出来事が起こる前まで健二は高瀬の胸の話ばかりしていた...それを聞いていた僕にとってはなんだか複雑な心境だ。
確かに年頃の男子高校生にあのスタイルは刺激が強すぎる。
悩殺される男子も多いはずだ。
「まぁ、成功するといいな」
そう言うと健二はこれ以上ない笑顔でピースサインを向けた。
「勇斗、時間ある?」
食事を済ませ席を離れ、食器を片付けていた僕に千冬が声をかけてきた。
「うん。大丈夫だよ」
健二と別れ、千冬に連れられ人気の少ない屋上に続く階段の踊り場に来ていた。
「なんか朝の感じ嫌だった」
千冬は自分の足元を見ながら話している。恐らく今朝の僕の態度が気に食わなかったのだと察しはつく。
「ねぇ、勇斗。ほんとに宮内さんの事まだ好きなの?」
回答に困るが黙っているわけにもいかず口を開く。
「わかんないよ」
自分でも嫌気が差す。
「なにそれ。いつも宮内さんばっか見てるじゃん。それが答えでしょ。」
少しの沈黙が続く。体感では一生に感じる。
「ごめん。なんか変な事いった。とりあえず今週の日曜、私の家でご飯会するっていうから勇斗ママにも伝えておいてね」
「わかった」
千冬は先に教室へ戻ろうと背中を向け歩みを始めた。
僕も一拍置いて、あとに続く。
すると千冬は急に振り向き僕の腕を掴み、僕の唇を自分に唇に引き寄せた。
千冬の柔らかい感触と、温かい温度が伝わってくる。
あまりの突然の事に驚き、身体が硬直する。
千冬がゆっくりと唇を離して、真っ直ぐとその潤んだ瞳で僕を一瞬見つめる。
「なに?小さい時はよくしたじゃん」
強がった引きつり笑顔を見せたあと駆け足で教室へ戻っていった。
千冬の言動の理由は分かってる。
全てを知っている千冬が僕の心にぽっかりと空いていた空白を埋めようとしてくれているって事も。
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