チョコレートコスモス

武井とむ

プロローグ

夏休みを一ヶ月前に控えた朝のホームルーム。

僕は席に座って窓の外を見つめていた。

どんよりした梅雨の曇り空が広がっている。

そんな中、僕はふと校門に目を向けた。

そこには僕の心を掴んで離さない、一人の少女が遅刻確定でも関係なく全力で駆けている姿があった。


彼女の名前は宮内かな。

学校中の男子が噂をする何かと注目を浴びる女の子だ。

水泳では全国大会出場、勉強も上位には位置するほどの文武両道。

しかし、そんな彼女の言動はかなりおてんばで、その性格が男女隔てなく魅了する。

僕もその一人だ。


僕が彼女を意識し始めたのは高校入学後初めての夏休みだった。

父親の実家に帰省する事になった俺は道中のお供とする文庫本が欲しいと思い本屋へ足を運んでいた。


文庫本コーナーを物色していた僕は中々惹かれる本が見つからなからず、うろうろと彷徨っていた。

そんな時、突然女性に声をかけられた。

「あ、来栖くん!」

声のする方に視線を向ける。


宮内だ。

まだ彼女とまともに話もしたことなかった僕はぎこちない反応をしてしまった。

「あ、ども。」

「偶然だね!近所なの?」


自然に会話を始める彼女。


「うん、ここ最寄りの本屋」

「えー私も!あ、小説とか読むの?」


完全に宮内のペースに飲み込まれる。


「読む方だと思うかな。漫画の方が読むけど」

「すごいなー私小説読むとどこまで読んだか分からなくなってダメなんだよね...でも、漫画は読む!あれ読んでる?『魔術回戦』?」

連載が始まって間もなく、単行本も出ていない漫画だったがかなり面白く僕も連載開始から読んでいた。

「あ、読んでるよ!面白いよねあれ」

「だよね!絶対流行っちゃうと思うんだよね。アニメ化待ったなしだよ」


アニメとか見るんだ。そんな事を思ったのを鮮明に覚えている。

入学当初からスポーツマンで勉強ができる事はしっていたので意外な一面だった。


「でもさ、高校生にもなったし小説デビューしたいんだよね。目指せ文学女子よ。」

不敵な笑みを浮かべておちゃらける姿はなんだか可愛らしかった。

「じゃあ、なんか貸そうか?読みやすいのやつ」

お近づきになりたいとかそんな打算的な事も考えず、自然と漏れた言葉だった。

「え?ほんと!?それはありがたい」

表情豊かに喋る彼女を間近で見てみんなが好きになる理由がなんとなくわかり始めていた。

「多分宮内でも読み切れそうなの何冊か貸すよ」

「ありがたいです。頑張って読みます...」

「無理はしなくていいよ。夏休み明け持っていくね」


一瞬間を置いて彼女は答えた。

「あー...もし出来たらさ、今晩とかダメかな...?夏休み中に読みたいなーって」

明日の朝に出発する予定だった僕も今晩であれば都合がよかった。

夏休み明けだったら忘れていたかもしてない。

「全然いいよ。駅前公園でいいかな?」

駅前にはブランコと小さいジャングルジムとベンチがある小さい公園があった

ここの本屋を最寄りと言う人であればこれで通じる。

「大丈夫!ありがとう!じゃあ八時に公園でね!」

そう言うと宮内は度々後ろ振り向きその度に手を振りながら本屋をあとにした。



待ち合わせ時間の五分前。

自宅から持ってきたおすすめの小説を二冊紙袋に入れ公園に着いた

そこには既にブランコに揺られる宮内の姿があった


「あ、来栖くん!」

また先に声をかけられた。僕は軽く手を上げ応える。

「来栖くん待ってる間に二箇所刺された」

そう言いながら蚊に刺された太ももと腕を見せつけてくる

「うわ、早く着いたの?」

「ううん、来栖くんが来る五分前くらいだけどこれよ...」

「わかる。ほら、僕も」

公園に到着するまでに腕を刺された箇所を見せた

「仲間だ。もしかしてB型?」

「B型」

「おーやっぱりか」

「宮内もB型なの?」

「いや、O型」

「なんだよそれ。B型の流れだろ」

宮内は“ですよねー”と言わんばかりに微笑んだ。

その笑顔はまるで小さないたずらっ子みたいな愛らしさが滲み出て、彼女の目元には、純粋な楽しさと微かな愛着が輝いている。

彼女と話すのが楽しい時間になっていく。


「はい、これ小説。おすすめピックアップしてみた」

僕は徐ろに紙袋を差し出した。

「ありがとうー!読ませていただきます」

丁寧に紙袋を受け取った宮内は続けた

「来栖くん、夏休みはどうするの?」

手ぶらになった僕は手持ち無沙汰からブランコを揺らしながら答える

「明日からおばあちゃん家に行くんだよね。一応夏休みいっぱいはそっちかな。ほぼ毎年の恒例だし」

「そうなんだ...」

何故か声色が変わっていた。がっかりしたようなそんなふうに感じ取れるくらいに。

「宮内は何するの?」

「私は水泳大会近いから練習三昧だよー」

そうだった。宮内は中学の頃に水泳の全国大会に出たことがあるとクラスの奴が言っていたのを薄っすら思い出した。

「大変そうだ」

本心ではあったが、完全に他人事のように言い放っていた。


少しの沈黙が流れて、目的も果たし、蚊は僕たちをまた狙っている事だしそろそろ帰宅しようとしたその時、宮内は口を開いた。

「来栖くん、彼女いる?」

ん?唐突な質問に少し動揺したが、ブランコを揺らし続けた

「いないよ」

「そうなんだ。あのね、来栖くん」

さっきまでの軽快に話す宮内はもういなかった。


「私と付き合ってくれませんか?」

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