沈黙は何にもならず
終始、不穏とも言える雰囲気の中で始まった話し合い。
だけど話し合いはもうほとんど終わっているし、残っているのはオンラインでのやり取りをどうするかだったり問題をどうするかだったりしか残っていない。
ここまで来たんだからあいつに制裁を加えてやりたいという気分が無いことはないが、交流会は来週に迫っているのもまた事実。
私情で学校行事自体に影響を与えるのはさすがの僕でも憚られた。
が、そんなこといざ知らずという人間はやはりいる。そう、たとえば僕の目の前にちょうどそんなやつがいるじゃないか。
「少しその前に良いかな」
粟屋は静かに桶谷の方を向く。彼は来たときから彼に対しての警戒を全く怠っていない。むしろ取り繕った態度を振る舞ったせいで変なことを言い出せないことが非常に我慢ならない様子だ。
「それは、この学校交流のイベントに関係する話かな?」
知っているのに知らないふりをするのが得意なのか、まるで今初めて聞いたかのような振る舞いをする桶谷会長。この人、性格悪い人にはめっぽう強い感じがする。
「まぁ冗談はほどほどにして。オンラインの接続に関しては全員が持っているパソコンを使えばきっと問題は無いと思うから残ってるのは問題をどうするかだね」
その日は完全に桶谷会長の独壇場で、粟屋が何かを話す隙すら与えられなかった。
話し合いが終わって帰る準備を始めた時もずっと会長は彼を見ていて、僕にすら下手に声を掛けられない。
「それじゃあ、また本番前に」
控えめに言ってこれ以上頼れる人はいないんじゃないかと思うほどだった。
これで彼はきっと変に花園を突け狙ったりしない。
そう思い込んでいた。なぜなら彼には付き人みたいな人が十分にいる。わざわざ花園を狙わなくても自分の欲望を満たすためだけなら、最悪ではあるが身近な人を使えばいい。
でも二人は知っている。彼のやり口というものを。
あくる日の生徒会室、また電話がかかってきた。
今日も今日とて会長は自主勉強をしている。彼の方を見ると大丈夫と言うようにして手を振るので僕は部屋を出ずに電話に出る。
「もしもし」
「久しぶりだな。あれからどうだ?」
「それは進捗の話か?」
マイクのスピーカーをオンにする。へまをするなら今だぞ木下。
その調子のまま言ってくれれば万々歳だったが彼は急に黙り込んだかと思うと、声音が急に変わった。
「それはもちろん、問題のことについてだとも。こっちはいくつか問題を考えて他の生徒会メンバーに出してみて難易度などを変えながら15問は完成させているよ」
マイクにしたせいで余計な音が聞こえるようになってしまったからだからか。
きっとカメラをオンにしていたら、あいつの勝ち誇った顔が見えていたに違いない。
「こっちも問題をいくつか考えたけど、お互いに確認してみてもいいんじゃないか」
「そうだな。それじゃあグループに送るから、そっちのも送って欲しい」
問題を見てもそこに何かがあるわけもなくて、その問題のできも良い。
生徒会長を味方につけてしまったことが逆に仇となっているのをひしひしと感じていた。背後に強い奴がいれば警戒するのも当然か。
どうする。このまま本番まで待つのか。
ずっとずっと、自分があいつの養分になっているのに腹が立つ。
どうして中学校の時にやり返さなかったんだ。あいつはこれからもずっと笑い続けるのか。
「春くん、どうしたの?」
僕の手は気づけば通話終了ボタンを押していて、驚いて朱莉はこっちを見ていた。
だが僕はなんでもないとだけ言って携帯をしまう。なんでもないわけなんてないのに。
また僕は途中で電話を切ってしまった。この後何を言われるのか想像もしたくないがやってしまったから仕方ない。来週に迫っていて、順調に事は進んでいるし抑止力として生徒会長がいるのにどうしてこんなにもモヤモヤするんだ。
「それじゃあ、僕はそろそろ帰るよ。花園さん、ここの戸締まりは任せましたよ」
「分かりましたっ。会長も気をつけてくださいね!」
僕がぶつ切りにしてからというもの、あいつからの連絡がばったりと途絶えたため僕達は問題作りを下校時刻まで勤しむことにした。
完全に日が暮れたが、その分良い問題も作れた。これで本番は問題なく進行できるな。花園が書き連ねた問題の書かれた紙をファイルに仕舞って戸締まりを始める。僕達もそれを手伝って電気を消す。その瞬間急に視界が真っ暗になる。どうやら他の部屋で作業をしている人や部活をしている人もいないみたいなので本当に真っ暗だ。
職員室に鍵を返しに行くと、カーテンがひかれていたが隙間から光が漏れていて中に入るとまだ一定数の先生がいて大変だなと思った。
「それじゃ、また明日ね。夜川さんもっ!」
「うん。バイバイ!」
校門前で別れようとした時だった。
街灯の下に誰かがいて、こちらに近づいてくる。なんだそういうことか。だからさっきはしつこく連絡なんてして来なかったんだな。こうした方が絶対で、確実だから。
「やぁ花園さん。少し話したいことがあるんだけどいいかな」
粟屋はいつもの生徒会のメンバーでは無く、僕でも知っているような人を取り巻きに付けていた。見覚えのある彼らは僕を見て懐かしいような表情を浮かべているがこっちからすれば二度と見たくない顔の一人にすぎない。
「粟屋さん?どうしたんですかこんなところで」
自転車を押していた彼女はいつものように明るい様子で彼に語りかける。
「ちょうど僕達も今学校が終わってここを通ったところなんだ。だから花園さんがよければちょっと話でもしたいなと思ってね」
朱莉が止めに入ろうとしたが僕は全力で止める。余計に事態が混乱してしまう。
花園は少し悩んだ素振りを見せたが、もちろん返答は最初から決まっている。
「ごめんなさい、今日は塾に行かないといけない日なんです~。また後日でもいいですか?」
「いいや、それはダメだよ花園さん」
「え?」
粟屋はそう返されると分かってたみたいだ。止まっていた足はゆっくりと動き始めて彼女のもとへと向かう。僕はそれを見て止めようとして前に立ったが後ろの取り巻きに殴られて倒れる。
「春くんっ!」
悲鳴にも近い声で朱莉が僕の所で来るが、そこまで悪い位置に当たったわけではないみたいで頬が真っ赤に腫れただけですんでいるみたいだ。それでも痛みが無いわけでは無い。
「くそっ、殴るなよ」
「あぁっ?」
取り巻きがこっちに来る。朱莉が僕の手を握りながら震えているが、どうしようもない。
これは現実か?現代でこんなことをするのが許されているのか?
倫理と常識の狭間で自問自答しても迫ってくるこいつらを説得するものにはならない。花園の側にも、すでに粟屋がいる。あーあ、最悪だ。
そう思っていたとき、聞いたことのある声がした。
「あなたたち、何をしているのですか?」
見ると仕事終わりの坂田先生が校門から出てきて僕らを見つけたようだ。
もちろんこの異様な光景に先生が目を瞑って立ち去るわけもなく、むしろその不審な生徒を見たことで逆に注意を込めて彼は声を掛けた。
「いや、僕達は少し彼女とお話を」
「では柳沢くんが地面に倒れているのはどういうことか説明してもらえるのかな」
それを言われて分が悪いと踏んだのか、粟屋たちは逃げるようにしてその場をあとにする。
先生はしっかりと状況を把握しているわけでは無かったみたいだが、僕が殴られていることだけは確かなことだったので様子を見てくれる。
「いったい、何がどうなったら殴られるなんてことになるんですか?」
「とりあえずありがとうございます坂田先生。先生のおかげでなんとかなりました」
本当にこのままいったらどうなってたか分からない。
僕が殴られたことも含めて、三人と先生は一度学校へと戻った。
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