悪いのは誰?
「おい、今いいか?」
まだ数回しか電話をしてないのにこの態度。最初の時のわざとらしいくらいの紳士振りはどこに行ったんだ。昼休みにも電話をかけてくるなんて、ほんとに熱心だなと思いつつ適当にあしらうと何をされるか分かったもんじゃないので仕方なくその質問に応じる。もちろん言っては無いが、これは全部スピーカーで会話しているので 朱莉にも花園にも、たぶん桶屋生徒会長にも聞こえているだろうな。
「ちょうど暇だったが、なんだ?」
「おいおい随分とフランクになったもんだな。まぁいい、昨日の話を忘れたわけじゃないだろ?」
「忘れてないが。それがどうした」
ちょうど隣に花園がいるなんて絶対に言わないからな。
用は進捗があるかどうからしい。昨日の今日で僕が何かできると思うか。と聞くと納得したようだった。どうやら中学の印象そのままらしいので、役立たずぶりを利用させてもらった。
聞いている朱莉たちは良い気がしないだろうなと思ったが、朱莉は僕の後ろで何かごそごそしている。
「……なんかしてんのか?」
「いや、ノイズだと思うが。この学校あんまり電波が良くないから」
「ならいい。とにかく、今日中に俺の言う場所に実零を連れてこい。いいな?ああそうだ、朱莉だったか?お前の大事な彼女を連れて来てもいいぜ」
「だ…………分かった。努力はする」
「いいから連れてこい、春m」
僕はそのまま電話を切った。
言わない約束は何処に行ったんだ。ホントに嫌な奴だな。
とりあえずこれでもう今日は電話がこないだろ。
「よし、カット――!」
そう言って彼女はスマホを操作している。そういえば、電話の最中なにしてたんだ?画面を見ると録音の画面が開かれていて、さっきの会話を録音していたらしい。
「これ、なんか使えないかな」
「私なら、『会長~、こんなこと言ってたんですか~?』って言って何も言えないようにするけどなぁ」
「でもそれは無理だぞ。なんせお前が狙われてるんだからな」
「だよねぇ。まだ気づいてないってことなのかな?」
このまま解散して何もせずに相手がどうしてくるのか様子を見るっていうのも一つの手だとは思ったが、予想外に声を掛けてきたのは、最初からずっと静かに勉強をしていた桶谷生徒会長だった。
「君たち、相手の学校の生徒会長に何か弱みでも握られているのかい?」
ふと全員が後ろを振り向いたので会長は両手を挙げて弁明する。
「いや、その、聞かないとは言ってたんだけどね。なんか思ってた以上に包み隠さず話をするもんだから、いろいろと思うところが出てきてしまって……」
これに関してははっきり言って外に行ってもらうべきだった。こっちに非がある。無理に彼を責めるわけにもいかない。朱莉がこっちを見ていたので、僕は仕方なく会長にも今回のことを話すことにした。
とは言っても、一番重要な所は伏せたが。だがそれでも会長は相手の狡猾さに納得したようでかなり怒っていた。
「なるほど、だから夜川さんや花園さんを連れてくるように言っていたのか。それは許せないね。それで対策会議を?」
「まぁそういうことです。来週の学校交流の場では絶対に手を出しに来ることは考えなくても分かるので」
「なら、次の打ち合わせの時は僕も付き添いで行くって言うのはどうかな」
彼は自分のスマホでスケジュールを確認するとそんな提案をした。確かに生徒会長がいるっていうのはものすごく心強くはある。こっちに生徒会副会長しかいないっていうところからも付け込もうとしているのは理由としてもあるだろうし。
「でも桶谷会長、受験生ですよ。私がこんなこと言い出したのに巻き込むなんてできないです」
花園はまっさきにその提案を拒否した。原因が少なからず自分にあること、自分も生徒会としてこれくらいのことはできるという姿を卒業前に見せたかったということもあるかもしれない。
どっちにしても先輩の手を煩わせたくないということには変わりない。
だけど桶屋会長はそんなことは関係ないというようにしてさっき朱莉が録音していた音声を再生した。
そこには木下の暴言ともとれる言葉が流れる。彼が動く理由としてはそんなもので十分だった。
「この一年間、一緒に活動してきた大切な仲間がこんな野蛮なやつに狙われているんだ。協力くらいするとも」
花園は、彼に認められて嬉しいという思いと共に迷惑をかけてしまって申し訳ないという気持ちが入り乱れてなんとも言えない感情を抱いた。
「そういうことなら、一緒に考えてくれますか?」
「ああ。もちろんだとも」
もちろんだが、僕は花園を連れていくことも朱莉を連れていくこともなくそのまま朱莉と一緒に家に帰った。帰りは念のために花園と一緒に生徒会長には家まで送ってもらった。二人の家もそこまで近くないから、僕が送っていこうとしたがそこは大丈夫だから安心して、と送ってくれた。
そして家に帰りゆっくりしようとしたところで、僕の電話は電気を直接受信したかのようなレベルで通知やら電話やらがかかってくる。
「明日、期待しとけよ」
出た瞬間、彼は声を荒げるわけでもなくただ一言だけ残すとそのままぶつ切りしてきた。これは僕は途中で切ったことの意趣返しかな?
どんだけ僕を脅そうが、もう怖くはないんだけどな。
これはたぶん、成長というよりは慣れだ。散々こけにされていたこともあって逆らえはしないが受けるのなら問題ない。
「……痛い」
心が痛いんで寝よう。トラウマが深海から浮上してくる前に。
結局痛みは取れないどころか、最近思い出してきて悪化してる気がする。さっさと終わらないかな。
今日はまた相手の学校に行く日だが、前回と違ってメンバーが増えた。
生徒会長が前に立って歩いている。三年生だかというのもあるだろうけど謎の安心感がある。
「今日は緊張しなくても大丈夫。僕がこの二年間、どれだけ校外の人と話し合いをしたと思ってるんだい?」
もちろんこっちの生徒会長が来るなんてことは言ってないので、顔を見れば驚くはずだ。以前と同じ教室に入ると真ん中の席に陣取るようにあいつはそこに座っていた。
「誰だ。ここは他校との話し合いで使うんだ、勉強するなら別の教室に」
「やぁ、君が生徒会長の粟屋晶だね?僕は花園さんと同じ生徒会の会長で桶谷秀一だ。よろしくね」
聞いていない人間の来訪にさすがのあいつも一瞬動揺した。
そしてまるで僕に対してしていた態度が嘘で全部なくなったかのように明るく最初に顔を合わせた時のような態度を取り繕った。
「ああ、それは申し訳ない。生徒会長の粟屋だ。よろしく」
そうして立ち上がった彼が桶谷に握手をしようとした瞬間、当の桶谷は握手を拒否した。どういうことだと戸惑った様子で見るとその答えを示すように昨日の録音した音声を流した。
「これを聞いたから、僕が来ようと思ってね」
すると、もう全部分かってんのかと慌てて繕った態度を改めて僕を睨みつける。だがその視線さえも把握した会長はその視線を遮る様に移動する。
「でも、今はこれを話すんじゃなくて交流行事について話し合いをするんだろう?ほら、君のところの生徒はずっとホワイトボードの前で立っているよ」
そう言うと彼は憤りを隠せないままさっき座っていた席に座った。相手の学校の他の生徒はもちろん事情は把握してないが、始める雰囲気になってなんとか話を飲み込んでいた。
「……それでは、前回の続きについて話し合いを始めようと思います」
生徒会長はさっきから和やかな笑顔のまま椅子に座ると、僕たちも椅子に座って因縁の相手と向かい合った。
反撃の狼煙はまだ、上がっていなかった。
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