天気、あいにくの晴れ

 幸運にも体育祭の本番当日はそれはもう雲一つない快晴と言って良かった。

  体操服で学校に行く日なんてこの日くらいで、朝早くから登校している間にすれ違うサラリーマンたちからの視線が全部自分に向いてるんじゃないかっていう気がするけど気のせいだって信じたい。

「おはよ~、寒いね」

 陽気な朱莉は長袖短パンという格好で全然寒そうにしていない。僕は長ズボンもはいてくれば良かったと家から出て大通りに出たときに後悔していたのに。

「もう冬だからな」

「そっか。もう11月だしね」

 あっと今に一年が終わる気がする。それは受験があったからなのか、それとも僕の感覚だけが老化しているのか。続々と通学路が統合されていって自分たちと同じような格好の生徒が見えてくる。朝早くにこんなに生徒が来ているっていうのも文化祭以来でなんだか見慣れない光景過ぎて新鮮だ。

「今日は頑張ろうね春くん」

「あぁ。そうだな」

 僕はいろんな意味で頑張らないといけない。朱莉だってたぶん僕よりも忙しいのに、彼女なりの優しさがにじみ出ていて僕は嬉しかった。

 教室に着くと、どうやらうちのクラスはのんびりらしく人志だけが机の上に突っ伏して横になっていた。

「おお。遅いな」

「むしろこんだけ早く来たことを褒めて欲しいな」

 別に家が近いわけではないということを今度人志にはきっちりと教えてあげたい。クラスの体育祭実行委員は揃ったので先に実行委員だけで集まることになっているので僕達は教室を出ていつもの場所に向かう。

 教室には半数以上の生徒はすでに来ていたようで席は次々に埋まっていた。一週間ぶりのここでの集合だけど、どうしてかまったく一週間ぶりには感じなかった。

「とりあえずだいたいは揃いかけてるから、先に連絡事項だけ。今日は天気も良くて日中も温度はちゃんと上がるみたいです。なので水分補給等はしっかりするようにみなさん周知してくださいね。救護小屋にもそんなに人はいないから、影で休憩するとかの対策お願いします」

 注意喚起が終わった頃にはほとんどの生徒が集まっていて、先に校庭へと向かう。あとの生徒への指示は体育委員に任せていた。

 外では先生たちも準備をしていてゴールテープの用意やマイクの調整を放送委員としていたりと忙しそうだ。時間が迫る中で生徒たちが少しづつ外に出てきて整列を始めている。

「始まって早々審判の仕事あるの地味にしんどいな」

「僕が退場口側で人志が入場口側ね。間違えるなよ」

「分かってるって。そこまで記憶力無いわけじゃねえよ」

 お互いに言いながらみんなの並ぶ列に入りながらポケットに入れていたハチマキを巻く。別に僕は前髪にプライドを持って生きているわけじゃ無いからハチマキの中にしまって朱莉が開会の挨拶をするその時間を待つ。

 その頃には日が燦々と地面を照らし始めたので暑さで汗を拭う生徒も出てくる。

 長針と短針がちょうど90度になった頃、マイクを叩く音がして一人の生徒が朝礼台にあがった。司会進行である放送委員の声が響き渡る。

「これから第75回体育祭を行います。初めに体育祭実行委員より開会宣言です」

 朝礼台にあがった彼女はさすがに緊張してるみたいだ。一つ深呼吸をすると彼女は高らかに宣言する。

「これより第75回体育祭を始めることをここに宣言します」

 そこからは早かった。吹奏楽部の国旗掲揚から、体育委員長のラジオ体操。校長の言葉などを経て最初の競技のお知らせを終えると生徒たちは退場の後に各々のクラスのテントへと向かった。

 が、僕達は審判なので人志と一緒にそのまま中央にあるテントへと向かって旗を2本貰うとそれぞれの配置につく。

 僕の出る競技は後半二つ、前半一つだ。それさえ間違えなければ何しても良い。

 色々考えてはいるけど結局頭の中を満たしているのは向井くんとの勝負のことだけ。それ以外はあってないようなものだ。最初の競技の審判をなんとなくどこかに気持ちを置いてきたような感じでしているといつの間にか終わっていた。

「つぎは……僕が出る番か」

 選手が退場するのと一緒にトラックから出ると旗を置いて人志のところに行く。彼のポッケから出したテープを持ってすでに並んでいる入場口に向かった。

「緊張してんのか?」

「いや、まさか」

 残り少ない待機時間で、隣にいる人志は僕を揶揄う。誘導係が立ち上がったことでその人の列は動き始めて、僕たちはまたすぐにトラックの中に戻されるように移動する。

「そっちじゃなくて、100メートル走。こっちで緊張してたらそっちで本気なんか出せないだろ」

 それは確かに。さっきの女子100メートルはAクラスが一位を奪い攫っている。少しはうちのクラスも頑張らないとと思い僕は位置に着いたところで人志と足をテープで繋げた。

 結果は良くも悪くも3位。上位に最後に上位に食い込めたのは良かったけど、何がすごいってこの競技も一位はAクラスが持っていってしまったことだ。

「これ、普通に勝負してたら負けてたな」

 隣の人志は圧倒的な結果に苦笑いしていた。

 でも問題はない。僕との勝負にクラス間の実力差は関係ないし、それにまだ体育祭は始まったばかりだ。

「あ、朱莉」

 自分の仕事が無くなったのでのんびり歩いていると朱莉とすれ違った。朱莉の方はテントに飲み物を貰いに行くところだったらしい。

「頑張れそう?」

「たぶんな。そっちもリレーあるんだっけ、頑張って」

「ありがと!」

 そう言って朱莉は僕の腕を掴もうとしたので綺麗に避ける。さすがに僕も慣れてきたので朱莉がどういう手口を使うかは分かっているつもりだ。

「ちぇ。惜しいなぁ~」

「懲りないな朱莉も」

「だって好きなんだからしょうがないじゃん」

 ウォーターサーバーから水を出して飲むと紙コップを捨てる。

 すぐに朱莉は実行委員の仕事で行かないといけないみたいだった。

「じゃあ、また後で。応援してるね」

「そっちも頑張って」

 僕はクラスのテントでしおりを見て仕事のある時間帯を確認する。得点版はどんどんとAクラスに加算されていて、このまま順調にいかれるとダブルスコアも夢じゃない。

「さて、次は学年種目の騎馬戦です。二年生の皆さんは入場門まで集合してください」

 前半戦でたぶん一番の目玉競技。男女混合という力量をすべて除外したクラス同士の戦い。文系クラスと理系クラスで男女差はあるものの、気合いはどちらも変わらない。三すくみの騎馬戦を見るためにたくさんの生徒が奥の石段に登って、ぎゅうぎゅう詰めになっている。

「人志はいかないのか」

 一人でクラスのテントに寝転がっている人志を見つけたので声を掛けたが「彩乃は他の奴と見るらしい」とだけ返ってきた。なんだ、そんなことで不貞腐れてるのかと思って隣に座る。ちょうど運が良く、初戦の三クラスのうち一番近くに配置されていたクラスに篠原先輩がいた。先輩はそこまで背も低くないはずだが、もっと屈強そうな生徒に持ち上げられて騎手をしているこっちが手を振ってもまったく反応してくれないけど先輩のことを考えたら競技に集中しすぎて声が届いてないかもしれないと思うと納得だった。

 当然人志は先輩のことを知らないのでへー、と言いながら興味なさそうにしながら寝転がったまま。朝礼台には審判の朱莉が立っていて、その下には今か今かとスターターピストルを構えていた。

「それではこれから二年生の学年種目の騎馬戦を始めます。ルールは皆さん確認している通りです。反則行為は即失格、またフィールドはこのトラック内のみです。では初戦はA、D、Gクラスです。騎馬戦、始め!」

 騎馬が一斉に動き始めた。

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