鬼灯に揺れて
「ということで、紹介するね。こっちが友達のなゆた様!」
「……どうも~」
放課後に突然呼び出されたんだろう、何にも分かっていなさそうな顔でゆるゆるとした感じで彼女の紹介に答えた。見た目は朱莉ほど目立つような感じかと言われたらそういうことも無く、ダウナー系というのだろうか。なんだか落ち着いた雰囲気の中に何かを隠している感じ。彼女は静かにこっちを見てくるのでなんか緊張してしまうんだが。
「それで私の彼氏の春くんだよ」
「ちがっ」
「あぁー、よく話してる子か。よろしくね」
否定の弁明をしようとしたけど被せられて機会を失ってしまった。
まぁ、またいつか言えばいいか。もうそうやって勘違いされるのは慣れっこなわけだから。よろしくと返すと、彼女は座っていた髪を指で掻き分けると視線を朱莉の方に向けた。
「今日は何をするのに集まったんだっけ。確か三輪さんを応援する会みたいなのに私も招待されていた気がするんだけど、私その人知らないよ」
僕も朱莉の方を見ると、しまったといった様子で頭に手を当てていた。
あらかじめ言っていなかったのか……と半ば呆れつつも確認のために朱莉が話すのを聞いた。
「……そういうことだったんだ」
理解した様子であごに手を当てながら頷いた彼女は、さっきよりもこころなしか明るくなっている気がする。髪を耳にかけながら彼女はゆっくりと僕に近づいてくると、僕の手を握った。
「どうしたんですかいきなり」
「つまり体育祭でAクラスが優勝しないように私たちのクラスも頑張れってことでしょ?それなら別に特段何かしないとってわけじゃないと思うけど。頑張らない人なんてあんまりいないと思うよ。朱莉は実行委員会に推薦してあげるから、代わりにこの子少し貸してくれないかな」
彼女は僕の手を握ったまま朱莉を見て言う。当の彼女はあっけらかんとした顔をしていたが、すぐに我に返って「そんなのダメ!」とすぐに僕と彼女の手を離すと、次はしっかりと朱莉が僕の手を握る。
「春くんを連れて行って何するつもりなの」
さっきまで信仰しているかのように彼女を敬っていた朱莉が敵意をむき出しにして彼女に聞く。その様子はさながら子犬が狼に吠えているかのようで那由多さんが物静かな雰囲気な分、余計に朱莉が劣勢に立っているように見える。
「なんとなく?」
それには流石の朱莉も怒った。冗談冗談と言いながら宥める彼女になんとか気を落ち着かせることができたが、顔には不満げな表情が浮かんだままだ。
「時々意地悪するよね」
「だって……可愛いじゃん」
「んーーっ!」
なんだこれ。
僕はもういいのかと思いながら乾いた喉を潤すために水を飲む。この日はこれで終わりなのかと思ったが、どうやら人志たちも呼んでいたらしく遅れて教室に入ってきた。
「あれ、もう集まってるじゃん」
「久しぶりだね春くん」
笑顔でこっちを見ながら手を振る彩乃。そう言えばなんだかんだ夏休みが明けてからほとんど顔を見ていない気がする。僕も手を振ると二人は並んでちょうど団子のような形になる様に座った。二人にもさっきまで彼女に話したことを言うと、同じような返事があって、結論は頑張ろうという至極単純なものに成り下がってしまう。
「これでいいのかな」
「あとは朱莉が実行委員会になって競技とか得点について議論してみるくらいしか無くないか」
「正直、Aクラスに勝てるクラスが他にあるかって言われたら分からないからな。いいんじゃないか。もっと借り物競争とかパン食い競争とか障害物競走とか増やしても面白いだろ」
人志の意見には他の子も賛成っぽい様子だ。僕もそれは良いと思う。日野田先輩に今までの体育祭を聞いてみたが、毎年同じような内容でAクラスが優勝するのが恒例になっていてそこまでやる気にはならないと言っていた。
ここらでテコ入れをして欲しいというのも先輩方から聞けているんだからやれるならやったほうが良い。
「じゃあ今日はこれで解散?」
「それもなんかあれだし、ファミレス行く?もちろん春くんも来るんだよ」
「……なんで僕が行かないと思ったんだ」
「いっつも逃げようとするんだもん。逃がすわけ無いでしょ」
なんでばれてるんだ。
そんな二人のやり取りを三人は苦笑いしながら眺める。いつの間にか時間もちょうどよくお腹が空いてきていたので駅前のファミレスにそのまま向かうことになった。
荷物を持って教室を出ると、人志がこっちに寄ってきた。
「どうした」
「なんか、夜川さん楽しそうだな」
「そうか?いつも通りだと思うけど」
前の女子三人は何かを話しながらワイワイしている。朱莉の笑い声が良く響いていた。
「まぁいいさ。とにかく、頑張れよ」
何をだよと聞き返そうとしたが、僕の肩を叩いて彼は先に行ってしまった。
僕が人志に追いつくとさっきまでの話は無かったことのように何を頼むかについて話を初めたのでそれで盛り上がって駐輪場まで向かった。
迷いが晴れないままこんなところで勉強をしている。
「はぁ……」
教科書の復習をしていたその手はため息と共にすぐに止まってしまう。
見かねた司書さんが貸し出しを行う場所から出ると図書館に一人いる私の方に来て「隣いいかな」と言って椅子を引いた。
「眞鍋先生。どうしたんですか」
いつも椅子に座って静かに本を読んでいる先生しか見ていなかったので突然隣に座られたことにびっくりして沈んでいた顔を上げた。
「そんな顔をしてたら嫌でも気になって声をかけちゃうよ。何か悩み事?」
「いやっ……」
そこまで出て言葉を引っ込める。こういうのって色んな人の意見を聞いた方が良いのかな。このまま言ってもいいのかな。
色々考えていたけど、眞鍋先生があまりにも慈しみのある表情をしていたので私は思わず自分の悩みを打ち明けていた。
体育祭で優勝することができたら告白をすると言われてしまったこと。その子にはそういった感情は無くて、ただただ私は友達でいたいこと。そしてそれを他の子に相談もして彼が優勝しないでまた友達でいられるように協力すると言ってくれたこと。
どうするのが正解なのか分からない。このまま私は彼のクラスが優勝するのを阻止することが正しいと思う自信が無い。
「先生は、どう思いますか」
カッ、カッ、カッ、カッ。
静かになった図書館には時計の秒針が動く音だけが響いてそれがどうしてか不安に繋がる。その不安の矛先は先生の口元へと移っていき、彼女が口にする言葉こそがこの不安を取り除く特効薬にも、不安を増長させるウイルスにもなり得ると自分勝手に思う。
「私は、三輪さんの行動は正しいと思うよ」
そうなの?安堵がじんわりと胸に広がっていくと同時に、先生は続ける。
「でも、私はその彼の行動も正しいと思うな」
「どっちも正しい、ですか?」
「うん。だって三輪さんは友達でいたいって思うけど、相手は恋人になるために告白したいって思ってるんだよね。だったらそれを制限するようなことをするのが正しいとは思えないの。でもその彼は体育祭でクラスが優勝したらっていう条件を出してるんだよね。それで勝てば彼は告白できるし負けたら友達のままでいれる。一方的じゃないからこそ、彼はきっと気を遣ってこんな回りくどいことをしているんだと思うよ。告白なんて会ってしてしまえばいいだけだもん。それだけで関係性が変わっちゃうことを理解していて、それでもどうしても告白するって決めたからそうやって宣言したんだよ。だから三輪さんも彼もやることは一つだと思うけどね」
彼女は静かに席を立つと、去り際に小さな袋に入ったチョコを一つ机に置いた。
「勉強、頑張ってね。もちろん体育祭も」
「ありがとうございます」
私は貰ったチョコを口に含みながら甘ったるい思いを忘れるように勉強に耽った。
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