白紙に賭けた思い

 体育祭の実行委員会を決める日、無事に朱莉はその委員会に入ることができたらしい。どうやらあの那由多さんはクラスの委員長だったらしく彼女が推薦したことであっさりと決まったとかなんとか。ついでに彩乃も同じ実行委員になった。

「で、なんで俺なんだ」

「僕を推薦したばちが当たったんじゃないか?」

 各クラスの実行委員が一堂に会した、最初の委員会。

 いつもはテスト解説などで使っている大きめの教室に前から順番に学年とクラスごとに座っていく。幾人かの先生が前に資料などを持ちながら入ってきて後ろでは年配の先生が腕を組んで立っている。

 そんな中、前後ろに生徒のいる席で僕たちはそんな軽口を叩き合う。

 朱莉にはやるとは言ったが本音としてはやりたくない。誰も手を上げなかったらやろうと思っていたんだが、先日のHRでこいつはやってくれた。

 真っ先に僕を推薦した結果、もう一人はとなると途端にやる気を見せていた生徒も手を下げる。きっと二人なら仲の良い人とやろうとしてたんだ。で、こうなると尻拭いするのは言い出しっぺの仕事。人志も僕と同じ実行委員となったわけだ。

 続々と部屋に生徒たちが入ってきてほとんどがそろったところで一人の先生が教卓の前に立った。

「さて、今日は体育祭実行委員会を行うために皆さんに集まってもらいました。早速ですが、議事進行を生徒の方に任せたいと思っているので初めに体育祭実行委員長、副委員長及び書記の方を決めていきたいと思います。今年はちょうど昨年度の実行委員長がいるので進行をお願いしても良いですか?」

 随分と低姿勢な先生が声を掛けるとその生徒は快く引き受けて立ち上がった。三年が座るはずの席から立った彼はあっという間にそれぞれの役割を簡単に説明して立候補を促す時間となる。

 朱莉の方を見ると、OKと言いたいのか親指を上げていて実行委員長に立候補する人と言った瞬間に彼女は勢い良く手を上げた。それには前に立っていた生徒も少し困惑しつつ、手を上げた朱莉を呼んだ。

 どうやら例年体育祭実行委員会は二年生が担うものらしく、体育祭の勝手を分かっているということも含めてそういった通例ができていると彼は言う。しかしまぁ朱莉としてはどうでもいいと思ったのか「大丈夫です!」と元気に言うからあっけにとられてとりあえず立候補を受け入れた。

 で、ここまでなら良かったんだろうけど二年生に実行委員長をしたい人と前に立つ生徒が言うと誰も手を上げない。みんな少し周りを気にした様子で目配せをするだけで、手を上げるだけの勇気がある人はいないらしい。

 これで良いの?とも思ったが、だれも手を上げないんだから仕方がない。

「じゃあ、彼女が体育祭実行委員長でいいと思う人は拍手をしてください」

 と諦めた様子で言うとほとんどの人が手を叩いた。あっけなく委員長になってしまったことに朱莉自身も驚いていたようで彩乃に「え、決まったの?」なんて言っていた。僕も人志の方を見たがまぁいいだろみたいな感じで背もたれにもたれかかっているのでとりあえずあいつのやりたいようにやらせようと思った。

 選ばれた朱莉は前に呼ばれると、そのまま進行を受け継いで副委員長と書記を決める。トップが決まればあとの仕事っていうのはすんなりと決まってしまうもので各学年の副院長も一人選ばれる書記もすぐに決まった。

 これからの日程についての確認が先生によって行われて、定期集会として毎週水曜日はここに集まるということらしい。残り一か月とちょっと。朱莉は終始前で何やら落ち着きのない様子でいるのでどうしてかこっちまで落ち着きが無くなる。もう少しおとなしくできないのか。

「それでは次は水曜日にということで。今日は終わりで、良いんですか?」

 朱莉が先生に聞くと無言で頷かれたので解散となる。次々と生徒たちが教室から出ていく中、役職を賜った生徒は前に集まって話があるらしい。朱莉と話をしようとしたけど先に帰っていた方がよさそうだな。

 帰り際、朱莉と目が合ったので手を振るとあっちも手を振り返してくれた。それで人志と一緒に教室を出てそのまま人志は変えるというので靴箱で別れた。

 僕はそのまま一般棟を過ぎてさらに奥に歩いていき階段を登る。扉を叩いて入ると、そこにはずっしりとソファに寝転がる日野田先輩の姿が見えた。

「おっ、柳沢じゃん」

「久しぶりです、日野田先輩。もう少しおとなしい体勢をしてくれませんか」

 そう言うと彼女は自分の格好を見てスカートがはだけかけていることに気がつくとニヤニヤとした顔になって勢いよくそのスカートを捲って見せた。

「ほれほれ~」

「ちょ、何してるんですか!」

 咄嗟に顔をそむけたのであまり良く見えなかったが、なんだかよくない気がするのでそれ以上そっちは見ないで扉を閉めた。揶揄うのを止めた先輩は普通に座ると、冷蔵庫からお茶を出して二人分注ぐ。

 今は奥の部屋で小此木先輩が作業をしているらしい。

「今日は別に集まる日じゃ無いのに何しに来たの?」

 先輩はお茶を一口で飲み干すとまた寝転がって閉じていた本から栞を抜いて読み始める。僕が今日ここに来たのは小此木先輩に謝ろうと思ったからだ。前に部室で話をしたときに小此木先輩が一番やる気に満ちていたから、結果的にこっちで勝手に話を進めてしまったのが今更申し訳なくなってきたからだ。

「ちょっと謝りに」

「……何を?なんかこないだ隣の部屋に急いで入っていったやつだっけ。別に良いんじゃ無いかな」

 彼女は本から顔を話さないまま答えた。聞いていくとすでに朱莉が先に部室に来て先輩に話をしていたみたいで、それを聞いて実行委員に入ったらしい。

 小此木先輩ってそんな人だったんだ。

 ほとんど話をしたことも無く、作業に追われている姿しか見たことがなかったからとても意外だった。彼女は今、提出を遅れた課題に追われていてそれどころではないみたいだけどまた話す機会があったらちゃんと話をしてみたいな。

「とにかく、君が気にするようなこともないと思うよ。もしAクラスが優勝しないなんてことが起こるんだとしたら、それは歴史を塗り替えられるすごいことだしみんなが最高に楽しめる事だと思うからさ」

 日野田先輩の言葉は時々達観したような言い方になる。部活を引退してから、まるで一線を引いた選手のように自分がやりたいことをすべてやりきれたからなのか、青春がそこで終わってしまったからなのか。

 僕は先輩にも楽しんで欲しいと思っている。偶然にも、僕と先輩は同じクラスだ。

 同じ色のハチマキを額にあてる仲間として楽しんで欲しい。

「何言ってるんですか。先輩も頑張るんですよ。それに、先輩も部屋から出てきてくれませんか?そこからずっと見られているとなんだかそわそわするんで」

「そ、そう?なら出てくるけどさ」

 課題が終わったのか、途中からずっと窓の隙間からこっちを覗いていたのであんまり日野田先輩の話を集中して聞けなかった。そうだったの?なんて言って起き上がった彼女は自分がさっきまで頭を置いていた場所をポンポンと叩く。冷蔵庫からお茶を取り出しコップを取るとなみなみまで注ぐとそれを一気に飲み干して机に置いた。

「私もさ、ホントはそういうの興味あったからさ。部長が色恋にまっしぐらだったときも本当はもっと関わりたかった。だけど篠原のこともあったから見てた方が良いかなって思ったの。だけどこの間はたまたま面白そうな話を聞いちゃったからどうしても気になって。安心して、実行委員の場ではちゃんと夜川さんサイドに立っててあげるから」

 僕は内心、この人もしかして面白い人なのか?と思ったが口には出さない。

 時間があるとはいえ今回の体育祭、朱莉が実行委員長になったからにはとことんやった方が僕的にも楽しい。

「もちろんです小此木先輩。そのために僕が考えてみた作戦があるんですけど聞いてくれませんか。もちろん日野田先輩も。意見が聞きたいので」

「おっ、面白そうじゃん」

「もちろん聞くよ」

 その日は放課後まで色々と話し合った。やっぱり自分の中で考えているより人と話し合った方が理解が深まるな。明日このことを朱莉に話そうと思い僕は先輩と共に日暮れの校舎を出た。

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