せせらぎに揺れて
日野田先輩に頼まれたことをするにはまず、やらなくてはいけないことがあった。
「おはよう」
「おっ、今日は来るんだな」
「さすがにね」
そう言って遠目に委員長を見る。それに気づいて人志も苦笑いした。
最近部活のことに力をいれすぎたせいか、あんまりクラスの方に来ていないことに気が付いた。たぶん朱莉に言われなかったらそのまま元部長を探しに向かっていたかもしれないと思うと感謝しないと。
「そういえば、委員長はどうしたの?」
「ああそれか。それなら寝てる」
「寝てる?」
辺りを見ると確かに敷かれた段ボールに鞄を枕代わりにしてブランケットが掛けられている。深夜に残って作業をしていたツケが回ってきたらしい。
そこまでしてするなんて、本当に気合いが入っているなと思う一方で自分がやらなさすぎていなかななと少し不安になる。いくら部活動を優先してもいいと言っても、こうやって実際に頑張っている姿を見せられてしまうと僕としても最低限くらいには頑張らないとと思う。
「それで、僕は何をすればいい?」
「やるんならこれじゃないか」
渡されたのは灰色の画用紙だった。
「なにこれ」
「お化けだろ。どう見ても」
今作っているのはぬりかべだった。ゆっくり進んでいたら後ろから追われるようにするために大きめに作っているらしい。
「とりあえず張っていけばいいんだね?」
「そうだ。俺がそれに書き足していく感じだ。ということでよろしく」
昨日まで一人でやっていた作業だったからか人志のほうは手慣れている。僕はと言えば少しだけ貼付け方に苦労したがすぐに慣れた。
それを昼前くらいまでやっていると、寝ていたはずの委員長がやっと目を覚まして周りを見る。それでやっと自分が寝ていたことに気がついた様子でずいぶんと恥ずかしそうにしていた。そんな彼女の表情が新鮮だったようでみんな温かな目で見ている。それがさらに彼女の羞恥心をかき立ててしまったようで慌ててトイレに行ってしまった。
「ああして見ると可愛いな」
「お前には綾乃がいるだろ」
「それはそれだ。ギャップ萌えってやつだよ。いっつも真面目な印象しか無かったから余計にそう思うだろ」
確かに、思わなかったといえば嘘なのでこれ以上は詮索しないでおく。
委員長が戻ってきたころがちょうど昼時だったこともあり、一度休憩することにする。朝に部活があった人はここで戻ってくるし、午後に部活がある人はここで終わりだ。そして僕は後者なので人志に部活に行くと言うことだけ言うと教室を出た。
「眠い」
元部長に話を聞きに行くためにはまず彼が今どこにいるのかを知らなくてはならない。就職しているにしろ大学に行っているにしろその進んだ先を知る手立てがないといけない。
「先輩はもちろん、知ってるんですよね」
部室にいた日野田先輩に元部長のいま何をしているのか尋ねると、原稿から顔をあげた先輩はなんのことやらと言った様子だ。
「いや、知らないよ」
「はい?」
思わず言ってしまった。知らないって、それじゃあ一体何を手がかりにこの人は僕達が見つけられると思ったんだろうか。
「なら、先輩のLINEなら知ってますよね?」
ナイスだ朱莉。それならまだ可能性は0じゃない。
するとごそごそと鞄の奥底から取り出した携帯から先輩と思わしき連絡先を見つけてこちらに見せてくる。
「これ、どうすれば良いの?」
「……知らないんですか」
「うん」
「じゃあ、朱莉頼んだ」
「了解!」
そんなの僕が知るわけ無かった。家族と朱莉くらいしか最近までLINEに登録してなかった僕にそんな高度な技術は持ち合わせていない。せいぜい写真を送るくらいだ。
「へぇ、こうやって連絡先っていうのは送るのか。ありがとう朱莉ちゃん」
「いえいえ」
こうして連絡先をゲットしたところまでは良い。ここからどうしよう。
すぐに先輩は作業に戻ってパソコンとにらめっこしている。邪魔しては悪いのですぐに部屋を移した。
「開口一番、嫌われない方法ってあるかな」
「まぁ春くんなら頑張れば大丈夫だよ!」
全肯定bot朱莉の言うことなので話半分くらいにしか受け取れいない。一応下書きをして見せてみたけど同じ反応だったし。
嫌われたらそれまでだな。
やけ気味になって文章を送る。友達にもなってない人からの長文なんて読むのすら怖いかもしれないけれど一番最初に高校名と部活動の名前を書いたのでできれば読んでほしいものだ。
「あっ、篠原先輩」
朱莉の声で顔を上げるとそこにはクラスの方にいっていただろう先輩がちょうど部室に入ってきたところだった。
「どうしたんだ二人してスマホなんか見て」
「元部長を説得しにいくって話があったじゃないですか。それで今日野田先輩から連絡先もらって実際に会えないかっていう文章を送った所なんです。それで返事が来るかなぁって見てて」
なんだそういうことだったのか。と言った様子で先輩は自分のスマホ取り出すとやり取りが行われているチャットの画面を僕達に見せる。
「そんなこと別にしなくても良かったんだがな」
そこにはすでに会う約束が取り付けられている文章が映されていた。それなら僕のやつはもういいかと文章の送信を取り消そうとしたところで既読がつく。
「会う場所は面倒くさいから今日にした。場所はここだから今から向かえば全然間に合うだろ」
待ち合わせた喫茶店は偶然にも以前人志の件があった頃に入ったことのあるところだった。今になればあの時の事は終わったことなので笑って流せはするものの、一概に何も思わないわけでは無い。
「すみません、遅れました」
店内に入ると、篠原先輩に言われていた席にすでに一人の男性が座っていた。
謝りながら席に着くと、男は気にしないでと言いながら飲みたいものを尋ねてきた。遠慮しないでと言われたのでお言葉に甘えた僕達はカフェオレを頼んで彼が戻ってくるのを待った。
戻ってきて一息ついて彼は笑った。
「いやぁ、まさかちゃんと僕に連絡が来るとは思ってもみなかったなぁ。っとまだ自己紹介してなかったね。僕は窪田智久だ、よろしく」
この人が元部長。日野田先輩から聞いていた話ではもっと活発な印象だったけど、服装はカジュアルで落ち着いた第一印象はおちついている。だが会話の節々にはその印象が垣間見えた。
「たぶん篠原先輩から聞いているかもしれないんですけど、先輩に今年の文化祭に参加して欲しいと思ってるんです。それで今日はわざわざここに来てもらって話を聞いてもらおうと」
「そのことなら、今年の文化祭は行くよ。というより元から行くつもりだったんだ」
その返事はあまりにも予想外で、拍子抜けだった。
てっきり学校に来るのすら嫌になってしまっていると思ったのに、むしろ文化祭に行く気満々という感じに言われてしまうとこっちとしてもどう反応すればいいのか分からない。
「来てくれるんですか?」
「うん。なんで?もしかして本音としては来て欲しくないって思ってたりする?」
そんなことは決して無い。というか来てくれるならもうこれで話は終わりじゃ無いか。あまりにも早い任務完了にここからは消化試合だなと思っていると、元部長は少しだけ意味ありげに呟いた。
「ちなみに、坂田先生はまだいる?」
「……いますよ」
やっぱりそこは気にしているんだな。
仲違いの原因となった先生がいるからこそ来るのに躊躇しているのではないかと僕達も思っていたところだ。彼も少しだけばつの悪そうな顔をするようになる。
「そうか。まぁそれは学校に行くなら仕方ないからな。ちなみに今年の分取のタイトルはもう決まってる?」
「それは、まだです。日野田先輩が考えているところですよ」
僕の返事に、先輩は驚きながら黙り込む。
何かを噛み締めたかのような反応をしたあとに、彼は笑って文化祭当日を期待していると言った。
彼に言うべきことを言い終わった後、僕は最後にもうひとつだけ伝えておかなくてはいけないことを窪田先輩に言う。
「最後に、ひとつ。これは日野田先輩からの伝言なんですけど」
少しだけ表情が固まったが、すぐにその顔は綻ぶ。
「うん。聞くよ」
「先輩の本読みました。文化祭一日目、一番最初に部室に来てください。私の答えをそこで見せますから」
その言葉で、先輩は今日一番の笑顔になる。
「うん、分かった。楽しみにしてると伝えておいて」
彼は満足そうにカフェを出て行った。
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