先輩の遺したもの
部長の苦悩
まぁまぁそれなりに問題は解決したわけで、夏休みを迎えた春たち。
残念なことに春はその記念すべき一日目の朝から電話の音で叩き起こされることになる。
「………もしもし」
ベッドに置いていたスマホを耳に当てて目も完全に開いていない状態で僕は電話に出る。寝起きに判断力が無いのは分かっているが、それでも理解できないことはある。なぜかその電話口の相手も寝起きの声だった。
「………んーー、もしもし。おはよう」
「用が無いなら、切りますね、日野田先輩」
僕は土日は昼まで寝たい派だ。
僕は再びベッドに向かおうとしてスマホを切ろうとしたが、その電話口で待って待ってと呼び留める声がしたので仕方なくもう一度だけ耳を傾ける。
「………なんですか?」
「まぁ落ち着いてよ。私だって……ほら、この通り今起きたんだ。少しは私の話を聞いてくれてもいいんじゃないかな?」
「それで、なんですか?」
僕は頭が働いていない、たぶんそれが良くなかったんだ。
日野田先輩の話を僕はうんうんと何も考えずに相槌を打って、最後に聞かれた彼女のお願いにも二つ返事で「うん」と答えてしまった。
そのままスマホを切った僕には到底理解できなかったかもしれないが、それは大変良くないことだと今の僕なら耳に胼胝ができるほど言い聞かせていたに違いない。
「おっはよーーー!」
そして睡眠を妨げる障害ががまた一つ。
窓を開けると外には朱莉の姿が。
「ほら、夏休みだよ!学校に行こう!」
何言って、今日は夏休みなんだ。昼までゆっくりしてても文句は言われないよ。
「僕は昼まで寝る」
「何言ってんの?学校いかないと」
「ん?」
僕は自分の鞄の中から予定表を引きずり出して確認する。
そこには確かに文化祭準備の日程が記されていて、まさに夏休み初日はその日程に含まれていた。
「嘘でしょ」
「ほら、行かないとクラスの人に怒られるよ?」
僕は渋々クローゼットから昨日閉まったばかりの制服を取り出した。
教室に着くと早速、人志がこちらに近づいてきて僕を小突く。
「よう、夜川さんとはどうだ?」
「おはよう。別に普段と変わらないかな」
「まぁそうだよな。なら良いか」
たぶん人志からしたらあの告白で変な空気になってしまうのを心配してくれたんだろう。その心配はまぁ嬉しくはあるが、それよりは自分の心配をして欲しくはある。
「人志こそ彩乃とちゃんと話し合ったの?」
僕はどちらかというとそっちが心配だ。
昨日の今日でだから話し合ってないかもしれないけれど、前みたいに仲良くはいかないかもしれないと思うと少しだけ悲しい気持ちになる。
「あぁ、それなら多分大丈夫だ。むしろ俺が降られたってことを言ったら喜んでたな。これでちゃんと私を見てくれるようになる!って」
確かにそういう捉え方もできる。何より彩乃が落ち込んだままじゃなかったなら良かった。そんなこんなで人志と話していると、サボってると思われて二人で買い出しに行って来いと委員長に言われてしまった。
「さて、どうすっかな」
「さぼるの?後でこっぴどく言われても知らないぞ」
買い出しに行ってくるよう言ってきたのは男子の委員長だったけど、女子の方はかなり厳しい人だ。戻ってくるのが遅かったらきっとサボったと思って怒るということくらいは容易に想像がつく。
「こんなに暑いのに買い出しに行かせるんだ。少しの休憩くらい多めに見てもらわないと割に合わないだろ」
それは確かに。誰もこんなの進んでいきたがらない。その証拠に委員長も買い出しにはまだ一度も行ってないんだから。
駐輪場に行くまでの日差しですでに汗がうっすらと背中を湿らせる。
やっぱり夏なんて好きになれないな。
特に意味のない会話をしながら歩いていると、特別棟の前を通るときに部長を遠目で見つける。そういえば、朝に電話をしたような気が。
そんなことを思っていると先輩はこちらに手を振って近づいてくる。
「おはようございます、日野田先輩」
「うん、おはよう。朝話したぶりだね。それで早速なんだけど、今からいい?」
そう言って手を合わせる先輩。僕は何も分かっていないままとりあえず人志の方を見た。いいよいいよ、みたいな顔をして「俺一人で買い物済ましとくわ」と言って駐輪場に向かう。
「ありがとう、後輩!」
先輩は人志に向かって手を振る。
僕は言われるがままに先輩についていくことにした。
「それで、忘れちゃったんですけど僕は朝いったい何を約束したんですか?」
部室に向かう最中、さすがにこれは明らかにしておかないとと思って先輩に尋ねた。だけど先輩は悩んだ様子ですぐに返事をしようとしない。
「話した内容、覚えてないの?」
「はい、申し訳ないですけど」
「ふふっ、なら部室につくまで教えられないなぁ」
僕が覚えてないと知ると逆に嬉しそうにし始めた。
いったいどういうことなんだ?
不安になりながら部室に入ると、中には数人が座っていて全員が頭を抱えていた。
「なんですか、これ」
「見ての通り文集を作っているんだよ」
とはいっても、全員の手元にある紙を見ても全然進んでいないようにしか見えない。本当に書いているのだろうか。
僕もその輪に入る様に言われて先輩の隣に座る。
こうして改めて見ると、部員がこんなに集まっているのを初めて見た気がする。
とはいっても元々そこまで人数のいる部活じゃないし精力的な部活でもないから仕方のない気はしないことも無い。
四つの机を合わせて作られた大机にはクロスが敷かれて、先輩を含めた四人は向かい合わせになるように座っている。
「それで結局僕はなんでここに呼ばれたんですか?」
「そうだ、そのことね。実は全然作業が進んでなくてさ。幽霊部員の君にもこうして手番が回ってきたってことなんだよ。でもただ来るように言っても君はクラスの方に戻っちゃうでしょ?だからこうして部室まで来てもらったの。いい方法でしょ」
やっぱり無視してればよかった。
先輩の話を聞いている限り拒否権は無いだろうし、全員がやつれているのを見て僕はさっそくやる気を失っている。あと一か月で仕上げるらしいのに、みんなほとんど手が付けられていないのが本当にどうしようもない。だけど、彼らを見ると不憫に思えてきたので仕方なく僕も腰を下ろす。
「まぁ、百歩譲って僕がやるとしましょう。だとしても何をするのかは決まってるんですか?」
「それなら安心して!凄く良いテーマがすでに決まってるから!」
そこは用意周到なのか……。
聞いてしまった以上ここで無下にするわけにもいかないのでとりあえず先輩の話を聞いたがその後僕はすぐに返事をすることができなかった。
「それってやっぱり僕が必要だとは思えないんですけど……」
「そんなこと無いって!現にこうして夏休みに入るまでなんの成果も得られていないわけだしさ」
「でもそんなのその先輩に聞いてしまえばすべて解決……ってそうできてないからこうなっているんですもんね」
「うん、話が早くて助かるよ」
彼女は僕の肩を組んでまるでもう決まったことかのように喜んでいる。しかしそこに割って入ったのは机に伏して意気消沈していた先輩だった。
「日野田先輩、まだそれにこだわっているんですか?それなら他のことにもう少しリソースを割いてくれませんかね。こっちだって余裕があるわけじゃない、というより何もできてないんですから」
「先輩じゃない、部長だよ」
「じゃあ余計にですよ」
「まぁ先輩も落ち着いてください。とりあえず聞いてみて無理なら諦めますよ。その内容は結局なんなんですか?」
「これだよ」
そう言って彼女が出したのは去年の文芸部の出した文集だった。
「ここにある先輩の文章に隠された秘密を暴いてほしい」
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