まだ負けてないから
遊園地後半戦、人が昼ごはんを食べている間に鏡の迷路に向かった。
「なんだこれ」
僕は驚きながら手探りで進もうとして人志に呼び留められる。
「ちょっと待てって。これ絶対一人で行くやつじゃないだろ」
確かに。このまま行ったら絶対に帰ってこれない自信があるし、それにひとりで 行くやつでもないのには納得だ。
「じゃあチーム分けする?」
でもこの四人で分けると言ったらほとんど決まってると言ってもいい。
そう思っていたのだが、待ったをかけたのは人志だった。
「毎回おんなじ人と組んでたら面白くないだろ。ここはじゃんけんの勝ち負けで分けないか?」
「面白そうかも」
彩乃は少し嫌そうにした反面、朱莉は何故か乗り気だった。
だがそれは僕からしたらとても意外なことで、前までの彼女だとしたら考えられないことでもある。僕と別れることに積極的に話を進めようとしたのを初めて見た。
「ならさっき組んだやつ同士でじゃんけんだ」
僕はあ朱莉とじゃんけんをして負けた。僕のじゃんけんの癖は手に取る様に分かると言われてなぜか悔しかったが、やっぱりいつもの朱莉なのか?と分からなくなってくる。
「俺は勝ったぞ。そっちは?」
「あ、私が勝ったよ」
ということは……。
「よろしく、柳沢くん」
まさかの、というか彩乃と組むことになる。
先に入っていった二人を見送ったあと、僕は彼女に聞いた。
「本当に行かせて良かったの?」
「………だってそうするほか無かったんだからしょうがないじゃん」
苦し紛れに出した提案だったことは彩乃でも分かったはず。なのにそれを粛々と受け入れてしまうなんて。
だがこんなところで終わっていいはずがない。僕は彼女の手を引いて追いかけるように中に入っていく。
「うわぁ」
入って早々僕は驚きに声を漏らしてしまう。
どこを向いても自分の姿があって、それが変な感覚になりつつも手探りに進む楽しさがそこにはある。
「これ、楽しいね!」
僕はいつの間にかアトラクション自体を楽しんでいて、彩乃もそこそこ楽しんでいたこともあってか奥で聞こえる朱莉たちの声は耳に入ってこなかった。
普通に楽しんでしまってあっという間に脱出することのできた二人は外に出て朱莉たちがいないことに気がつく。結局さっきまで僕が急いで中に入っていったことなんて忘れて、まだ出てこないかなと二人を待つ。
「まだ中かな」
「じゃあアイスでも食べてて待ってようよ」
そう提案されたけど、さっきも彩乃はアイス食べてなかったっけ。
深く考えるのもあれなので、近くにあったアイス屋で買うとベンチに座って二人が出てくるのを待つ。
アイスを食べていると、随分と疲れた様子で二人が鏡の迷路から出てきた。彩乃はそれを見て安心し人志のところに行く。
「大丈夫だった?」
僕は朱莉に聞いたが、彼女は何も言わずに僕が持っていたアイスを全部食べてしまった。
「すっっっっっっごい、疲れた………。あんなの地図とかないと絶対出れないよ!」
疲れた脳には甘いものということなのか、僕はアイスの無くなったワッフルを受け取ると周りからボリボリと食べる。
三時を過ぎて、かなり楽しんできたころ。このまま夜まで遊ぶか帰るか悩ましく思える時間帯になってきた。
「そういえば、パレードがあるんじゃなかったっけ」
僕が地図を確認していると開いたところに書かれている。
時間は………七
朱莉と彩乃は声を合わせて言った。
えぇ。そんなに見たいのこれ。
僕には全く理解できない。もしかして向いてないのかな、デートとか。
「ならそれまで何で時間潰すかも考えろよ」
「そうだね、どうしよっか」
もう半分くらいは回り切ってるから残りのを回るか、もう一回どこかに回るか。
それで色々考えた結果に選んだ場所はここだった。
「なんでこうなった」
「春くんは嫌なの?」
ムードもあったものではないが、晴れているので遠くが良く見える。
その代償にサウナのような暑さが中を満たしていた。
「いや、いいんだけどさ。………暑くない?」
「それはね、私も思ってたところ」
あまり汗をかかない彼女ですら頬に汗が流れている。それほどまでにここは暑い。
観覧車はゆっくりとその高度を上げていく。朱莉は突然席を立って僕の隣に座る。
「急にどうしたの?」
「春くんの本音を今なら聞けるんじゃないかなって思って」
汗がまた一滴垂れて膝に落ちる。
こんなところでなぁなぁにしていたツケが回ってくるのかと思ったが、それは早とちりに終わった。
「あの二人、ほんとに上手くいくと思う?」
なんだそっちのことか。
僕が安堵しているのを見て朱莉はどうしてそんな反応をしているのか分かっていない風だ。
「それは、難しい話だね」
僕にだってそんなことは読めないよ、と言ってしまえばすべてが終わりだけど彩乃が行動にまで移していないから今の均衡が保たれているだけで実際は三角関係なんだから。
「でもまぁ。彩乃ならここで決めにいくのかもしれないね」
僕たちが先に観覧車から降りることになって、二人を待つ。
ミストのある場所で涼みながら待っていると一周した彩乃たちの座席が開いて二人が降りてくる。
「どうだった?」
朱莉が早速乗った感想を聞こうとすると、なぜかそれを答えるのに間があった。
見ると彩乃が俯いている。
答え合わせはすぐにされることになったのだ。
「さ、どんどん回っていこう!」
朱莉の質問を無視する形で顔を上げた彩乃は自分からミストの方に向かって両手を広げて全身で浴びている。
その笑顔に人志は唖然としていたがすぐに切り替えて彼女のところに向かうと彩乃はプイッと違う方を向いて彼を見ない。だがすぐに振り返って笑ってみせる。
「なんだよそれ」
「さぁ、どうしてだと思う?」
吹っ切れた彼女の方がどうしてか僕には輝いて見えた。
夕方になってパレードが始まると、みんな静かにそれを眺めていてちょうどよく日も沈み始めていたので落ち着いてそれを見る人が多かった。
僕もみんなと同じように見ていると、途中で彩乃がいないことに気が付いて周りを見たけど姿が無い。
一瞬、朱莉に聞こうとも思ったけど一人で探すことにして二人にはトイレに行くと嘘をついてその場を離れた。
パレードが通らない場所を歩いていると、観覧車の近くにあるベンチに一人で座っている彩乃を見つけたが彼女はハンカチで顔を何度も覆っている。
「彩乃?」
声を掛けられた彼女は僕に気づいて慌ててハンカチを後ろに隠して何事も無かったかのようにした。
「柳沢くん?こんなところに何しに来たの」
「それはこっちのセリフでもあるんだけどね。君こそここで何してるの」
僕は遠慮せず彼女の隣に座る。近くで見ればさっきまで泣いていたのは一目瞭然。
何にも吹っ切れてなんていなかった。
「………やっぱりダメだった」
「そっか」
「それで、私じゃダメなのって聞いたの」
「うん」
「そしたら俺も彩乃みたいにぶつかってみたいからって言われた」
「誰なのかは教えてくれたの?」
「それも言わないって。そんなことしたら絶対に嫌がるやつがいるって言われたけどよく分からなかった」
遠くでパレードが終盤に差し掛かり始めている。
僕もトイレに行くと言った以上ここに居続けることはできない。
「落ち着いたら戻ってきて。みんな心配するから」
「うん。ありがとうね」
戻ると二人が僕が戻ってくるのを待っていたみたいで、
「せっかく良いところだと思ったら隣にいないんだもん。もったいなかったねぇ」
なんて言って僕を煽っている。
子供連れは少しづつ入り口の方へと向かう足取りが多くなり、僕らも帰ろうとしたところで人志が彩乃がいないことに気が付く。
「そういえば彩乃見てないな。どこに行ったんだ?」
「お待たせ~」
ちょうど彩乃が戻ってきていて、その手にはまたもやアイスが。
「ごめん、やっぱりまたアイス食べたくなってお店探してたら迷っちゃった」
「なんだ彩乃。相変わらず甘いもの好きだな」
そんな何気ない一言は傷心の彼女にはキツい。
誤魔化すように頬張った彼女は口いっぱいのアイスを味わう。
だけど、そんな彼女の体はまだまだ熱い。冷めない彼女の恋慕のように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます