幼馴染なんて、僕にはいらない
日朝 柳
恋路の行方
夏の夜、川のせせらぎを聞きながら
「春くん、帰ろう」
クラスに入ってきた彼女は当たり前のようにその少年を呼ぶ。
周りはいつもその光景に茶々を入れるけど、彼女はそんなの気にしない。
「分かったから、いい加減教室には入ってくるなよ朱莉」
「……お前も大変だな」
隣の席で一緒に話をしていたクラスメイトの西城人志は同情で肩を叩いて先に教室を出ていく。おいおい、逃げないでくれよ。
僕は彼女に引っ張られながら教室を出る。
高校生になったらやめてくれって言ったのにいつまでたっても一緒に帰ろうとするので高校を卒業したらどうするつもりなのか少し不安になる。
「別に俺と一緒に帰る必要なんてないんだぞ」
駐輪場で鍵を外しながら僕、柳沢春は朱莉に言った。彼女は籠に自分の荷物を入れながら「ん?」ととぼけた顔をしている。
「はぁ。彼氏でも作ればいいのに」
そうしたら僕とわざわざ帰る理由もなくなる。今まで僕とずっといるからそういう経験もない。青春の消費期限は短い。できることはできるうちにしておかないと。
もちろんそれは自分も当てはまっている。
「なにそれ、じゃあ春くんが私の彼女になってよ」
校門を出てから彼女は気軽に言ってのける。
「もっと顔が良いとか性格が良い人を探すんだよ。こんな何もないやつなんかよりさ。それに僕たちが付き合ったところであんまり変わらないのがオチな気がするし」
「そんなことないって、春くんは目立ってないだけでかっこいいよ。でも付き合っても何も変わらない気がするのは確かにそうかも。なら一緒に考えようよ。付き合ったら何するかをさ」
あんまり想像できないな。
小さい頃から僕よりもなんでもできた朱莉。顔も性格もよくてクラスの人気者。たまたま家が隣だっただけの運命。僕と彼女とは幼馴染、それ以上でもそれ以下でもないと踏ん切りをつけて生きてきた。だから考えたことも無かった。
「朱莉と付き合うとか関係ないけど、もし僕が付き合うことができたらこうやって一緒に学校を帰って一緒に学校に行って他愛無い話で笑って、時折手を繋いだりしていろんな所に遊びに行きたいな」
夢なんだから何を言ってもいい。別に朱莉に遠慮する必要はないので思いのたけを語った。
「へぇ、春くんはそういうことがしたいんだ」
そう言うと、二人乗りしていた彼女が腰に回していた手を僕の手に重ねる。
慌てて僕は後ろを振り向いた。
「なんだよ急に」
自転車を停めて春は降りる。なんだかそんな雰囲気になった気がしたから、逃げるように僕は川の堤防を登って腰を下ろした。川はいつものように澄んでいて気持ちを落ち着かせてくれる。
「自転車降りたけど、どうしたの?」
隣に朱莉が座ってきてまた僕と手を重ねた。すぐにその手を引いて僕は朱莉を見た。頬が赤く染まっていて、まるでその表情は惚れているみたいじゃないか。
なにも言わないまま僕は川のせせらぎを眺める。
夕日が傾くと僕の目を照らす。黙っている僕を見て不安になった朱莉はぽろぽろと泣き始めた。
「っ、ごめん春くん。私なんかじゃダメなんだよね。もっと可愛い子の方がいいもんね」
両手で顔を覆ってしまったので春は取り繕うように彼女を褒めた。
「なんでそうなるの。朱莉は可愛いし元気じゃん。きっといろんな人にモテてるし今もそういう噂を聞くよ」
「そんなこと聞いてるんじゃないよ!」
「じゃあどんなことを聞いて」
「私は、春くんが大好き。ずっとずっと、ずっと前から!」
涙目の彼女は僕の手を握って切実に告白した。
見たこともないくらいに真剣な表情の彼女は、今にも崩れてしまいそうで触れているその手の温もりは久しぶりに感じた気がした。
「だからさ、私と付き合ってよ」
あと少し、もう少しだけ僕はこの距離感が良かった。
引き留める自制心はとうに壊れている。だって答えは初めから決まっているから。
「朱莉」
「………はい」
「僕は君とは………付き合えない。だって付き合ったら別れがつきものでしょ。僕は朱莉のいない生活なんて考えられないんだよ。だから付き合うことはできない。ごめん、失望させて」
高校を朱莉と過ごすにはこれしかないと思った。
きっと彼女はとても傷ついたかもしれないけど、これからも一緒にいるためには仕方のなかったことだ。
「そう。それは良かった!」
彼女は嬉しさで僕に抱き着いてきた。訳が分からないまま僕はされるがままにしている。
しばらくして彼女は笑顔を絶やさないまま「帰ろっ」と僕に言って堤防を降りる。
家に帰っても僕は朱莉がどうしてあんなことをしたのか分からなかった。
後日、僕がいつものように学校に向かおうと家を出るとそこには珍しく朱莉の姿があった。
「一緒に行こう!」
彼女を後ろに乗せて学校に行く。朱莉はいつもよりもスキンシップが激しい気がする。そう思ってしまうといつも意識していないところに意識が割かれてしまう。
「その、もう少し離れてよ朱莉」
「どうして?危ないじゃん」
「手を離してっていうわけじゃないんだけど………当たってるから」
「なに、もしかして照れてるの?かわいい~」
校舎に入ってもその調子だったのでいつもは気になっていなかった周りの視線が急に気になり始めた。
教室の前まで行くとやっと朱莉は離れて、
「じゃあまたあとでね~」
と言って手を振って自分の教室に向かっていった。
中に入るとクラスメイトの視線が、特に男子からの視線が痛い。
「おはよう。ついに本性を現したな、春」
「そんなこと言わないでよ人志。僕だってこんなこと望んでるわけじゃないんだから」
弁明を果たすために僕は昨日の出来事を彼に話した。きっと誰にも言いふらしたりしないだろうという信用してのことだ。
で、信用した結果彼に言われたのが、
「お前、それはもう実質告白だぞ」
だった。
「なんでそうなるの」
「分からないほうがどうかしてるぞ」
半ば呆れた様子で彼は嘆息している。変なことを言ったつもりもないし、少なくとも告白するつもりで言ったわけじゃない。ただ関係性を維持したかっただけだ。
「俺を置いて先にリア充まっしぐらか。まぁあんな可愛い幼馴染がいる時点で立ってるところが違ったみたいだな」
「それは顔が良いのに人とつるもうとしないからだろ」
「いいんだ。人付き合い苦手だし。お前はなぜか気を遣わなくていいから楽でいいんだよな」
なんだそれ。わけ分かんないな。
「僕は人じゃないってか」
「そうは言ってないだろ。そういう捻くれた考えしてるから友達少ないんだぞ」
「今まさに人付き合いが苦手って言われた人にそれ指摘されたらどうすればいいんだよ」
「あはは、確かにな」
何にも「あはは」じゃない。
放課後になるとクラスはいつものように静かで落ち着いている。社交的な人たちもあまり騒がしくしないクラスなので居心地はとてもいい。
そう、彼女かこの教室に来るまでは。
「春くん、帰ろ~」
「ほら、お前の彼女が来たぞ。俺なんかと話してないでそっちのことをもっと真剣に考えた方が良いぞ」
人志は忠告だけすると、声を掛けようとしていた女子をすり抜けるように教室から姿を消した。基本朱莉としか帰ることができないので彼が放課後何をしているのかなんて知らない。
「春くんはあの子と仲が良いの?」
廊下を歩いていると唐突に朱莉が聞いてきた。いつも自分のその日のことを話していたので、珍しいなと思いながら僕は人志について話した。朱莉がいるとクラスの男子とはなぜか親しくなれないということをはぐらかしながらも僕は気取っているわけでもなく避けているわけでもない彼と仲良くなった経緯を話す。
「へぇ、なら今度彼も一緒に誘ってどこか行こうよ」
「いいけどまた急になんで?」
僕個人としては彼と遊んでみたい気持ちはある。高校が一緒になってからはなかなか男子と遊ぶ機会ができなかったのもあるけど、純粋に彼がどこで遊ぶのかが気になった。
「だって春くんの仲いい子なら、ちゃんと私たちの関係について話しておかないとと思って」
「関係って幼馴染ってこと?それならとっくに話してるけど」
「えっ、そうじゃないよ。ほら昨日話したじゃん」
「昨日?」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいって///」
まさかだけど断ったつもりがちゃんと受けたと思ってる?
「僕、断ったよね?」
「え?でも良いって言ってくれたじゃん。………まぁでも大丈夫。春くんは絶対私の虜になるからさ」
その笑顔は眩くて、そして同時に言葉にしようのない重みを感じた。
自然と朱莉の手が自分に重なる僕にはどうしようもない。
「今まで通りじゃダメなの?」
「ダメだよ?私は君の一番になるんだから」
指が絡んで顔が近くなる。そのまま校舎裏の壁に押し付けられてその笑顔が僕を塗りたくって………。
「そんなところで何してんだ、春」
人が通ると思っていなかった朱莉は取り繕うようにその手を離して僕の隣に立った。その笑みは崩さないまま近づいてきた男子を見る。
「春くんの知り合い?」
あくまで知らない体で行くつもりなのか、分かっているはずなのに彼女はわざと僕に聞いてきた。
「紹介するよ、彼が話してた西城人志だ。人志も、知っていると思うけど朱莉だ。これでいいの朱莉?」
「うん。始めまして、よろしくね人志君」
二人は挨拶をすると、人志はすぐに用事があるからとその場を去ってしまった。
まるで僕のために声を掛けたかのようで。
そんなこともあったので朱莉もその日はそれ以上何もなく、いつものように家に帰ることができた。
「じゃあね春くん。また明日」
「うん。また明日」
朱莉と別れて自分の家に入る時に携帯を見ると人志から連絡が来ていた。
明日聞きたいことがあるみたい。学校でいちゃいちゃするなとか言われるのかな。
「僕に言われてもどうしようもないし、まぁいいや」
気にすることはない。
きっと朱莉もしばらくしたら僕の気持ちも理解してくれるはず。
なんだかんだ言って朱莉は僕の嫌がることはやらなくなる。信じて待てば分かってくれる。
「だよね、朱莉」
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