庭に生えた木

春雷

第1話

 久しぶりに実家に帰ってみると、いくつか変化があった。母が金髪になっていたことと、父が鈴木雅之みたいなサングラスをかけていたこと、弟が描いた謎の抽象画がリビングの壁一面に貼られていたこと、などである。

 細かい変化を挙げればキリがないが、大学に通うため上京して以来、5年以上帰ってなかったので、これぐらいの変化はあって当然だ。驚きはしない。

 ただ、一つだけ驚いたことがあった。

 庭に木が生えていたことだ。

 父に訊くと、「急に生えて来たんだよ」という返事。

「急に生えるなんてことある?」と僕は訊き返す。

「まあ、あるんじゃないか? 鳥のフンが庭に落ちてきたとか」

 なるほど、そういうこともあるかもしれないと思った。しかし、奇妙なのは、なっている実だ。

「父さん、あれ、人の顔がなってない?」

 僕がそう言うと、父は頭を掻いて、「やっぱり見えるか」と言った。

 庭に生えていた木は、屋根よりも高く伸びている。普通の常緑樹にしか見えないが、なっている実をよく見てみると、人の顔に見える。髪が生えているし、目も口もある。見ると、目はつぶっていて、口も閉じていた。鼻もあるし、耳もある。どう考えても人の顔だ。それなのにどういうわけか、一定の距離を取ると、普通の実にしか見えない。失顔症の人は、他者の顔がこういう風に見えているのだろうか。

 僕はどうしようと思った。この木は確かに奇妙だが、害があるのかどうか、判断がつかない。それに、一見すると普通の木にしか見えない。近寄って見てはじめて、人の顔がなっているのではないか、と思う程度だ。怖いと言えば怖いが、しかしだからと言って、この実を取るのはどうなんだろうと思う。

 祟りがあるかもしれないというより、彼らの顔がぐっすりと眠っているように見えるから、それを起こすのは悪い、といったような気持ちだ。

 父も同じ意見のようだ。

「確かに、この実の存在に気づいた時は驚いたさ。でも、何だか害があるようには思えないんだよなあ、どうしても」

 それに、と父は付け加えた。

「俺の大学時代の同期に、教授になった奴がいるんだよ。柳場って奴でな。そいつ、各地の奇妙な噂とか伝承とか、そういうものを研究している奴で、そいつに訊いてみたんだよ、家の庭に人の顔がなる木が生えてるって、そしたら」

「そしたら?」

 父は自分の顎を触った。じゃり、という音がする。「ある山村に首切りという風習があるらしい。神様への供物として、互いの首を切り合い、首をささげるんだそうだ」

 恐ろしい風習だ。

「でも、その村の話と、この木に何の関係があるの?」

「この木は、いわば彼らの楽園なんだよ。ここに魂の居場所を見つけた、ということらしい」

「ふうん」

「詳しいことはわからんが、その村とこの土地とは、古くから繋がりがあるんだと。何だかごちゃごちゃ、よくわからない、占い師が使うような用語で説明してたんだが、まあ、要するに彼らにとって好感の持てる土地だから、ここに安らぎを見つけたんだろう」

 僕は、父の話を半信半疑で聞いていた。父も完全に信じているわけではないようだった。結局、僕も父も専門家ではないし、この奇妙な木をどうこうしようというわけではない。僕らに直接的な害が及ばぬ限り、僕らはこの木を抜くことはないだろう。

 ある意味、僕らは彼らと共同生活をしていると言ってもいいのかもしれない。どこかの山村の、名前も知らない彼らと。

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庭に生えた木 春雷 @syunrai3333

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