45 兄との会話 01

 夕食も終えて、私とお兄様は昨日と同じように談話室を利用させてもらいます。ライラ殿下は夕食時は貴族派の人たちの方に移りましたが、クリフさんは夕食も私たちと一緒でした。ライラ殿下もお兄様と食事を共にしたそうでしたが。

 クリフさんも別の談話室でライラ殿下と相談するそうです。大規模国家事業に関するお兄様とワイズ伯爵家からの提言について、国王陛下に手紙を書くからその文面を相談するために。

 コニーは昨日と同じようにパトリシア先輩に寮に連れて行ってもらいました。パトリシア先輩はコニーと女の子同士でお話をすると言っていましたね。

 そして談話室に入って、お兄様と机をはさんだ対面の長椅子に向かおうとしたら、お兄様が私の手を握りました。



「あ……す、すまない」



 お兄様は手を離します。でもお兄様が私に何を望んだのかはわかりました。私が重度のブラコンであるのと同じように、お兄様は重度のシスコンなのでしょうから。

 お兄様の下ろされた手に触れます。



「お兄様。あまりにも短い距離ですが、エスコートしてくださいね?」


「……ああ。喜んで」



 ライラ殿下がお兄様に手を取られてエスコートされていたのが、私も少しうらやましかったのです。ライラ殿下に恥をかかせてしまわないようにしばらくそれは我慢しないといけないのでしょうが、人目のない場所でなら構わないでしょう。

 お兄様は私の手を取って、長椅子まで連れて行ってくれます。私が先に長椅子に座り、お兄様も私の隣に座ります。私はそのお兄様に寄り添います。そうするとすごく安心できるのです。そして頭をお兄様の肩に預けます。私には悩みもあるのです。



「私はただ知識を詰め込むだけで、何も知らなかったのですね……この国で何が起こっているのかも……」


「それは君の責任じゃないよ。君に政治的なことは伝えなかった私と父上の責任だ。私たちは君はただ君の夢を追いかければいいと思っていた。大賢者を目指すという君の夢と目的をね」



 たったこれだけの言葉で、お兄様は私が言いたかった本意を理解してくれました。ですがこれすらも私の至らなさを思い知らされます。私も賢者のはしくれなのですから、自分自身の言葉でことさらに親しくない人にも正しいことを伝えて理解してもらわなければならないのです。言葉足らずでも理解してくれると思うのは、甘えでしかないと思います。

 お兄様の手に私の手を重ねます。お兄様はその私の手を優しく握ります。



「私は私の目的のために大賢者を目指します。ですが、私にも大賢者になってしたいことが一つ具体的に見えてきました」



 私が大賢者を目指す目的は、その大本おおもとは今も変わっていません。前世の家族に手紙を届けたい。今世の家族に貢献したい。多くの人に私の名前を記憶してもらいたい。ですがそこにしたいことが加わったのです。



「私はお兄様を手伝って、人々のためになることもしたいです」


「エマが協力してくれるのはうれしいよ。でも私に協力するためだけではなく、君は自ら人々のためにも活動してほしい。私だけを理由にしてほしくはない」


「……はい」



 私はお兄様と家族のためにも行動したいのです。ですがお兄様はそれを否定しました。

 お兄様の顔を見たら、すごく真剣な顔をしていました。思わず胸が高鳴ってしまいます。



「君のこの世界での生は、君自身のものでなくてはいけない。私を君の生の理由にしてはいけないよ。君は幸せにならなければならない」


「……はい!」



 やはり私は幸せ者です。これほどに私の幸せを願ってくれる人がいるのですから。

 そしてお兄様の言葉に思いました。私はお兄様を人生の目的にしようとしていたのかもしれないと。私はお兄様にすがろうとしていたのかもしれないと。そうではないと言えるほど、私は自分自身に自信はないのです。

 ですが私がそこまでお兄様に依存しようとしていたのは、お兄様に恋心を向ける方々と接して、そしてクリフさんの言葉を聞いて、どうすればいいのかわからなくて混乱しているのでしょうか。

 

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