44 夕食前に 02

 ライラ殿下はお兄様にエスコートされて、私はクリフさんにエスコートされて、食堂に向かっています。すれ違う先輩の人たちはライラ殿下に挨拶あいさつをしていますね。

 ライラ殿下がお兄様にエスコートされている光景は珍しいものではないようで、その点では不思議がられてはいないようです。お兄様にねたみの感情を向けている人もいるようですが。

 ですがこれでは私はお兄様にエスコートしてもらうわけにはいかなくなりました。もしそうすればライラ殿下に恥をかかせてしまうかもしれません。恥をかかされることは貴族社会においては決闘を申し込む正当な理由になりますし、ライラ殿下は見るからに誇り高い方です。

 私は妹ということで問題にはならないかもしれませんが、うかつに危険をおかすわけにもいきません。残念ですが、少なくともしばらくはお兄様にエスコートしてもらうことはあきらめなければなさそうです。



「エマ。表情がちょっと固いようだけど、どうかしたかい?」



 そう心配してくれたのは、私をエスコートしてくれているクリフさんです。ここは正直に答えるべきでしょう。それはしばらくはお兄様にエスコートしてもらうわけにはいかないからではありません。



「ライラ殿下をエスコートしているお兄様にねたみの感情を向けている人もいるようです。同様に、クリフさんが王太子殿下だということが広まれば、クリフさんにエスコートされている私も妬みの感情を向けられるでしょう……」


「あ……そうか……それは私の考え足らずだった……」



 クリフさんはそれに思い至っていなかったようです。クリフさんも王族としての気構きがまえはあっても、私と同様にまだ未熟ということなのかもしれません。クリフさんは私に迷惑をかけるかもと思ったのか、悔いる表情をします。



「私も本気で考えないといけないね……うかつな行動はつつしむか……それとも君を徹底的に守り抜くか」


「は、はい」



 やっぱりクリフさんは私にかなりこだわっているようです。恋心とは言えないまでも、執着しゅうちゃくはあると言っていましたが……

 私を徹底的に守り抜く。それは私を将来の王太子妃として認めるということなのでしょう。私はこの方を好ましい人なのだろうとは思っていますが、少なくとも今はまだこの方に恋心を持っているわけではないのですが……



「クリフ。あなたはまだエマと再会したばかりなのです。しばらくは自重なさい」


「……はい。姉上」


「あなたは王太子です。軽々と将来の妃を選ぶわけにはいきません。あなたもエマはどんな子なのか、じっくりと見極めなさい。その上でエマを選ぶと言うならば、わたくしも応援しますわ」


「はい!」



 そこにライラ殿下が助け船を出してくれました。もしクリフさんと私が婚姻するならば、私はライラ殿下の義妹になるのです。それをもっと慎重に考えるようにと言うのも当然でしょう。お兄様はライラ殿下をエスコートしながら穏やかに微笑ほほえんでいますが。コニーは目を輝かせていますね。




 そうして私たちは食堂に到着しました。私もクリフさんにエスコートされたまま。食堂にいた人たちがライラ殿下の姿を見て、一斉に立ち上がって礼をします。



「食事の始めの時にも紹介しますが、今この場にいるみなにも紹介しましょう」



 食堂に入ったライラ殿下がお兄様にエスコートされたまま残る手でクリフさんを示し、よく通る声で言います。ライラ殿下も一時的にお兄様から手を離すことくらいはしてもいいとは思うのですが。



「こちらはわたくしの弟にしてアーヴィン王国王太子クリフです」


「私はクリフ・アーヴィン。王太子ではあるけれど、このザカライア学院においては一生徒でみなとは学友だ。殿下呼ばわりする必要はないから、クリフと呼んでくれればいい」


「このとおり王族としての自覚は足りないのですが、個人としては悪い子ではありません。皆もクリフをよろしくお願いしますわ」


「あと、私はオリヴァー先輩もいる人道派に所属するよ。私は民の声を聞くことも必要だと考えているからね。姉上とは意見が一部異なることはわかっているけどね」



 この場の人たちにクリフさんが紹介されました。クリフさんは私をエスコートしたままなのですが。エスコートを途中でやめるわけにもいかないので仕方の無いことなのでしょうが……

 エスコートが終わったらコニーと一緒にお茶とお茶菓子を頼みにいくつもりですが、お茶の最中も注目されるでしょうし、気が重いです……

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