29 図書館にて 01

 翌日、私とコニーはお兄様に連れられて図書館に来ました。朝食はパトリシア先輩たちも一緒でした。いかにもわかりやすいパトリシア先輩の想いにお兄様が全く気づいていないことは、先輩に対して失礼かもしれませんが、不憫ふびんだと思ってしまいましたが。

 私もお兄様を意識しないことは無理なのですが、表には出ていなかったと思います。お兄様はそんな私の思いにも気づいていないようで平常どおりでしたが。ここまで恋愛ににぶいのはちょっと悔しいです。

 おそらくパトリシア先輩も悔しい思いをしているのでしょうけれど、あの人は素直にお兄様に好きだと言いだせないのではないかと思います。直接お兄様に想いを伝えればさすがにお兄様も理解するでしょうから。かといって私がパトリシア先輩の想いをお兄様に教えるのは筋が違うように思いますし……



「今日はパティも一緒に図書館に来ようかと言ってたけど、何か悩んでいるのかもしれない。エマとコニーもパティが悩んでいないか、気にかけてあげてくれないか?」


「……図書館に来ようとするだけでそこまで言うのは、酷いと思いますが」


「そうですよね……でも、パトリシア先輩が図書館に来るのはそれほどに珍しいのですか?」


「珍しいね。彼女は戦略戦術の本以外には興味はないからね。それらもめぼしいものはもう読んだと言っていたしね」


「……パトリシア先輩にもこれまで読まなかった本を読もうと思うこともあるのではないでしょうか」


「それもそうか。私も賢者として、パティが学問に目覚めるなら喜ぶべきだしね」



 お兄様もパトリシア先輩が悩んでいることには気づいたようですが、何に悩んでいるかは全く気づいていないようです……

 おそらく、パトリシア先輩はお兄様が私とコニーに同行してくれていることが気になっているのではないかと思います。コニーのお兄様に向けるあこがれからちょっと進みつつある視線には、パトリシア先輩も気づいているでしょうし。それで自分もお兄様と一緒にいようとしているのではないかと。

 あの人が私たちを排除しようとするのではなく、自分がお兄様と近づこうという行動に出る様子を見せるのは、人柄としては好ましいです。嫉妬しっとから私たちを排除しようとするような人は、お兄様のお相手としては認めたくないですから。


 図書館の入り口は上級生であるお兄様がいたから問題なく通してもらえました。新入生は正式に入学するまでは上級生か教師に同伴してもらわなければ図書館に入れません。図書館の入り口には警備の人がいます。貴重な書物を勝手に持ち出す人がいたら即座に止められるように。書物は貴重なのです。図書館に収められるようなものは特に。

 大量の書架しょかが並べられた部屋の一角にはカウンターがあり、司書さんが複数人いますね。私たちはそのカウンターの前に立ちます。



「コニー。君はどんな本が読みたいかい?」


「あの……治水に関する本がありましたら、それが読みたいです」


「治水ですか?」


「はい。私の故郷は数年に一回大きな洪水があって、それをどうにかしたいと……」


「なるほど」



 やっぱりコニーは本当にいい子なのですね。この子は故郷の人たちのために働きたいと思っているのでしょう。

 司書さんが口を出します。



「あなたは治水に関する知識はおありですか? ないならば初めは入門書を読むのがいいと思います」


「あの……できれば実践的なものが……」


「コニー。順序を飛ばしてもうまくいくことはそうはないよ。まずは入門書を読んで、それで物足りないと思うようになれば、もっと専門的なものを読めばいいんだ」


「は、はい」



 コニーは少しでも早く故郷の人たちのためになりたいと焦っているのかもしれません。ですがお兄様がさとします。

 お兄様が私を見ました。昨日のお兄様の真剣な表情を思い出して頬が染まりそうになりましたけれど、平静を保ちました。



「エマ。なにか良さそうな入門書に心当たりはあるかい? 適度に実践的な内容もあるもので」


「でしたら、ザカライア・ワイズ著、土木入門第二巻が治水についても書かれていていいかと思います。治水は土木の一分野という側面もあるようなので、第一巻から順に全て読む方がきちんと基礎が理解できていいかと」



 この世界で私が読んだことがある本から適切と思われるものを答えました。ワイズ家の書架しょかには当然先祖のザカライア・ワイズの本もあります。完璧に記憶しているその本の内容から判断し、これなら入門段階のコニーには丁度いいと思ったのです。大賢者ザカライアは土木は専門ではなかったので、もっと深く学びたいなら他の人の本も読む方がいいとも書かれていましたが。



「そうだね。入門としてはあれがいいだろう」


「確かにそれはいいかもしれません。あれはいい本ですよ」



 お兄様も当たりはつけていたのでしょう。でも私に練習をさせてくれたのでしょう。自分の知識から適切な答えを引き出して、それを他の人に伝えるという賢者としての練習を。お兄様と司書さんも私の答えに満足してくれたようです。

 コニーは私を尊敬するようなキラキラした目で見ています。そんな目で見られるのもちょっとくすぐったいですね。



「ではその本を読ませていただけますか?」


「はい。ではご案内いたします」


「エマ。私たちも今日は治水に関する本を読もうか」


「はい。お兄様」



 私もコニーの力になってあげたいですからね。それに民を天災の被害から守れるようにするのも賢者の大事な役目です。その本があるあたりには土木や治水に関する本が集められているのでしょうから、ついでに見繕みつくろうことができますしね。それに私はそういった小難しい本を読むのが好きなんです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る