28 兄との会話 05
お兄様が私の手に、もう一方の手を重ねました。
「でもエマ。私の手伝いをしてもらうと言っても、君に政略結婚しろなんて言わない」
「はい」
「君は君自身が愛する人を
「はい」
お兄様は私を本当に愛してくれているのでしょう。私の幸せを本当に願ってくれているのでしょう。こんな素晴らしい家族がいることを神々に感謝しなければなりません。
お兄様が私の手を握る手に少し力を入れました。優しく、
「でも……その上で君が私を選んでくれるなら、とてもうれしい」
「……え?」
お兄様はまた私をからかっているのでしょうか。そう思ってお兄様の顔を見たら、その表情はすごく真剣でした。思わず胸が高鳴ります。
「それは、学院に来る前のお父様の言葉を気にしているのですか?」
「それも全くないとは言えない」
お父様は親馬鹿をこじらせて、私がおかしな殿方を恋人として選んでしまったらどうしようとか言いだしたのです。そうなるくらいならいっそお兄様に私をもらってもらおうと言いだして……
「私は養子で血縁としては君のいとこだ。私と君が結ばれることに問題はない」
「はい」
「父上の実の子ではない私がワイズ伯爵家の次期当主ということに不満を持っている臣下がいることも事実なのだろう」
「はい」
「だけど父上の実の娘である君と私が結ばれれば、ワイズ伯爵家の内部的には問題はなくなる」
「はい」
お兄様は恋愛下手なのでしょうか。私は恋愛小説にはあまり興味はなかったとはいえ何冊かは読んだことがありますが、もう少しムードというものがあってもいいと思うのですが……
ですがワイズ伯爵家の内部事情としてはお兄様の言うとおりなのでしょう。お兄様はお父様の実の息子ではなく、
本来は伯父様がワイズ伯爵家を継ぐ予定だったそうです。ですが伯父様の奥様がお兄様を産む時に難産で亡くなってしまい、気落ちした伯父様は当主の座をお父様に譲ったのです。伯父様自身から聞かされたのですが、伯父様は元々ご自分がワイズ伯爵家当主にふさわしい能力を持たないと思っていて、弟であるお父様に無理矢理押しつけたと言っていました。
ですが伯父様は生活力がそれほどなく、心配したお父様とお母様がお兄様を養子として引き取ったのです。伯父様は現在王都で賢者として活動していて、お兄様と私に時々お土産を持って来てくれるのですけどね。私にとって伯父様は優しい親戚です。
「でもそんなことは二の次だ」
「え?」
「私には、君を幸せにする自信がある」
そのお兄様の真剣な表情と
「私も……お兄様となら幸せになれると思います……」
私ののどの奥からは続く言葉が出そうになってしまいました。私はお兄様と終生を共にしたいと。
ですがコニーとパトリシア先輩の顔が浮かんで、言葉にすることができませんでした。兄妹であることを利用して競争もせずにお兄様をあの人たちから奪うのは
お兄様が
「まあでも君の思いが最優先だ。君が婚姻するにしても、最低でも君が学院を卒業するまでの4年はある。君の幸せについても考えておいてくれ」
「……はい!」
やっぱりお兄様は恋愛下手なのでしょうか。あと一押しされていたら、たぶん私は完全に恋に落ちていました。それとも時間をかけて私をもっと深い恋に落とすための、恋の駆け引きなのでしょうか。兄妹として育って来た私を本気で口説き落とすつもりがなかったとしたら、少し悔しいようにも思いますが……
その悔しさから、ちょっと意地悪なことをお兄様に言う気になりました。
「ですが私と婚姻するなんて言っていいのですか? パトリシア先輩も素敵な方ですし」
「え?」
お兄様はキョトンとした顔になりました。
「なんでパティの名前が出るのかい?」
「えーと……」
お兄様にはとぼけている様子はありません。気づいていてとぼけているのかとも思ったのですが、まさか本気で気づいていないのでしょうか。パトリシア先輩はあれほどわかりやすいのに……
「まあパティと政略結婚しても私も仲良くできるとは思う。でも武門のニューランズ侯爵がワイズ伯爵家の私にパティを嫁に出すとは思えないな。主従の関係を深めるためにロニーに嫁がせる方がまだありうると思う」
……お兄様もある意味ではどうしようもない人のようです。
「でもこの学院でパティたちと友好関係を築けたことはワイズ伯爵家にとっても有意義だろうね。ニューランズ侯爵家とのつながりもできたのだから。ディクソン先輩の家とも友好関係を築きたいね」
「……はい」
「なにか言いたそうけど、どうかしたかい?」
「……いえ。なんでもありません」
「そうかい?」
ここまで
確定しました。お兄様は単なる恋愛下手です。こんなお兄様がかわいいとも思ってしまいましたが。
ですがもしかして私は重度のブラコンで、お兄様は重度のシスコンなのでしょうか……
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