07 ザカライア学院入学前に 01
― ??? ―
さて舞台はアーヴィン王国にあるザカライア学院。
生徒のほとんどを貴族の子女が占める学校にございます。
私からすれば人など王も貴族も平民も奴隷も全てが同じ人であり、わざわざ区別して上の立場にいると錯覚するなど愚かしいことですが。
どうせ死ねば王も奴隷もただ無になり、来世にはどうなるかわからぬのですから。
今世で
今が良ければ先のことなどどうでも良いと振る舞うのも人らしくはございますが。
少女とその兄上は、貴族として徒歩ではなく馬車で使用人と護衛もつけられて学院まで旅して来ました。
貴族の子女が護衛も無しに長距離を移動できるほど、この世界は治安が良くはないのでございます。
この兄妹を襲うなど、相手の方がかわいそうと言うべきかもしれませぬが。
兄妹のどちらかだけでも、大規模な野盗や妖魔が襲ってこようと、ただ焼け焦げた地面だけを残して焼き尽くせてしまうのですから。
もっとも私からすれば人がどのような最期を遂げようと気にもなりませぬし、他者に対し
この少女が死んでしまったら、面白そうな観察対象が一人いなくなってしまいますので、残念には思うことでございましょうが。
ちなみにこの世界における公転周期、自転周期、月の満ち欠け、重力などは地球という惑星と同一、つまり年、月、日および物体の重量の感覚は地球と同じにございます。
都合の良いことにございますね。
さあ、少女は大賢者を目指すために一歩を踏み出します。
どうぞご覧あれ。
― エマ・ワイズ ―
いよいよ私の学院生活の始まりです。私は前世持ちとはいえ学校に通ったことはなく、この世界でも屋敷で教育されていましたので、ドキドキしています。仲のいいお友達ができるといいのですが。
昨日の午後に学院に到着したのですが、長旅の疲れもあって部屋の整理だけで終わってしまいました。ですが入学式まではまだ十日あります。私の同級生になる人たちも、到着している人はまだ少数のようです。上級生たちもまだ長期休暇中で、一足先に戻ってきた人たちも思い思いにすごしているようですね。
ワイズ伯爵家の領地と学院は距離があるので、私とお兄様は十分すぎるほどの余裕を持ってこちらに来たのです。さすがに学院創業者である大賢者ザカライアの子孫たる私たちが、始業の日に間に合わないということはあってはならないのですから。
「エマなら学院内の配置ももう覚えたとは思うけど、どうかい?」
「はい。完璧です。図書館が楽しみです」
「ははは。学院の図書館はワイズ伯爵家のものよりももっと立派だからね」
今日は午前中にお兄様に学院を案内してもらってその先々で上級生の人に紹介されて、昼食も終わって学院の図書館に向かっているのです。新入生も教師や上級生に同伴してもらえば、入学前でも図書館を利用できるそうです。
そして図書館に来ると、その前にあるベンチには困った様子の女の子が座っていました。私と同い年くらいのようですから、この子も新入生でしょうか。まだ始業前ということで私たちもこの子もまだ制服は着ていませんが、この子の服装は地味ですから平民出身だと予想できます。ザカライア学院は平民でも優秀な人は奨学金を与えられて入学することが許可されるのです。
お兄様が声をかけます。
「君。どうかしたかい? 新入生のようだけど」
「あ……貴族様。申し訳ございません。お邪魔してしまいまして」
「気にしなくていいよ。私は平民を見下してはいないから」
「は、はい」
その子は声をかけられて慌てて立ち上がって、私たちにお辞儀をします。服装は地味ですが、きれいな子ですね。着飾れば社交界でも注目を集めるでしょう。
お兄様と私には平民に対する偏見はありません。この子は
「失礼。お互いに名前を知らないね。私から名乗ろう。私はワイズ伯爵家のオリヴァー・ワイズ。君の上級生になるのだろう。こちらは私の妹のエマ」
「エマ・ワイズです。私は今年入学するのですが、あなたも新入生ですか?」
「は、はい。コンスタンス・アシュビーと申します。ご覧の通り平民ですが、このザカライア学院に入学することになりました……」
やっぱり貴族と平民には厳然とした差があるのでしょう。この子の態度で改めて思い知りました。屋敷でも使用人たちからの態度で理解はしていたつもりですが……
「私たちに対してはそんなに緊張しなくてもいいよ。私は貴族も平民も同じ人だと思っているからね」
「それは私もです」
「は、はい」
「ただ、私たちのような貴族だけじゃなくて、平民を見下している貴族も大勢いるのは残念ながら事実だ。でもそれを忘れないようにして注意していれば、そうそうトラブルになることはないよ」
「は、はい。あの……ご忠告ありがとうございます……」
「気にしなくていいよ。上級生として当然の
「は、はい」
この子のお兄様に向ける目が少しだけ熱を帯びたように見えます。お兄様は素敵な殿方ですから。ですがこの調子では、学院にもお兄様に
私たち家族に平民に対する偏見がないのは事実です。ですが平民を見下している貴族も多いことは、残念な事実ではあるそうです。この子はいい子そうですし、この子とも仲良くできたらいいと思うのですが。
「あの……アシュビーさん。よろしければ、私の友達になってもらえませんか?」
「……え?」
「私からも頼みたいね。エマと仲良くしてくれるとうれしい」
「……私のような者が、よろしいのでしょうか?」
「ええ。もちろん。エマと呼んでくれるとうれしいです」
「それなら……私もコンスタンスか、あるいはコニーと呼んでいただければ……」
「コニー。よろしくお願いしますね?」
「はい! エマさん!」
もちろんたったこれだけの会話でコニーが本当にいい子なのかはわかりません。なにより私には絶対的に対人関係の経験が足りないのですから。ですがこの子は悪い子ではないと思いました。お兄様も温かく見守ってくれていますしね。
そして本当の友達になれば、この子は私のことを記憶に残してくれるでしょう……
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