06 転生少女は大賢者を目指す 05

 お父様が悩ましそうな顔をします。



「ああ……だがエマが学院に行って、恋人ができたと言われてしまったら、どうすればいいものか……」


「……」


「あなた。気が早いですわよ」


「エマも愛する人を見つけて幸せになれるなら、それでいいではありませんか」



 本当に恥ずかしいです。私は恋というものがまだよくわかりません。大賢者を目指す私に恋をしている暇などあるのだろうかとも思いますし。



「そういえばオリヴァー。お前は誰かいい相手はいるのか?」


「今のところいませんね。それに私はワイズ伯爵家の次期当主です。恋愛による婚姻は期待していません」


「そんなことはないのだがなぁ……」


「ええ。私とお父様も、政略も絡んでいたとはいえ、愛し合って結ばれたのですよ?」


「今は恋愛よりも学問を優先したいのですよ」



 お兄様は顔も整っていて性格もいいですし能力もあるので、女性に人気がありそうですけどね。ですが今のところお兄様は恋愛には興味はなさそうです。お兄様は真面目な方ですしね。

 矛先ほこさきが私からそれたのでホッとしているのは正直な思いです。



「お兄様に恋人ができたと言われたら、その方がお兄様にふさわしいか私も見極めさせてもらいますよ?」


「ははは。エマの見る目は厳しそうだ」



 私は冗談めかして言いましたが、お兄様は動揺するそぶりはありません。実は既に恋人がいて隠しているという様子ではなさそうです。

 お兄様が恋人を連れて来たら、その相手がお兄様にふさわしくなければ邪魔をするつもりです。相手がお兄様にふさわしいと思ったら、おとなしく受け入れるつもりですけどね。私はお兄様が大好きだからこそ、お兄様の幸せを願わなければなりません。



「まあでも私のことよりも、エマに幸せになってほしい。エマは前世では病弱で家族以外の人とはふれあうことすらろくになかったのだからね」


「うむ。エマは大賢者を目指すと言うが、それでお前が幸せになれなければ意味がないのだぞ?」


「そのとおりです。あなたも幸せになりなさい」


「……はい!」



 やっぱり、私は幸せ者です。これほどまでに私を大切に思ってくれる家族がいるのですから。そして前世の世界の家族も、お荷物だった私を愛してくれたのですから。



「オリヴァー。いっそのこと、お前がエマをもらってくれぬか? そうすればエマが下手な男を連れて来る心配もなくなるし、政略としても理想的だ。お前たちも幸せになれるであろうし、兄上も喜ぶだろう」


「あなた。オリヴァーとエマは兄妹として育って来たのですよ?」


「ははは。そうなったら私もエマを幸せにしてあげられる自信はありますよ。エマ。私と婚約するかい?」


「もう……お兄様ったら……」


「ははは。まあエマは幸せになれる道を自分で見出みいだせばいいよ。私と婚姻するのも道の一つだ」



 私の頬は赤く染まっているのでしょう。お兄様ったら、時々私をからかうのです。そうなっても私は幸せになれるでしょうし、その光景を想像できてしまいます。その想像上の私とお兄様はとても幸せそうにしています。

 お兄様は伯父おじ様の息子で、血縁としては私のいとこなのです。ですのでお兄様と私が結ばれることに問題はありません。お兄様は私が生まれた時から一緒にいて、感覚としては実の兄妹と変わりはないのですけどね。お父様とお母様もお兄様のことを実の息子のように愛しているのですし。



「エマが賢者としての研鑽けんさんを積むために婚姻はしないと言っても、それも君の道として私は認めようと思う。君に政略結婚しろなんて私は言わない」


「うむ。私もエマに政略結婚しろとは言わない。できればエマにも幸せな婚姻をしてほしいがな。それに私はエマの子供も抱き上げてやりたい」


「ふふ。お義父とう様もお義母かあ様も、オリヴァーとエマをかわいがる時はとても幸せなご様子ですしね」


「は、はい」



 実際、私もそれは道の一つだと思っているのです。大賢者を目指すために、婚姻することを諦めるのも。

 ただお父様とお母様に孫の顔を見せてあげたいという思いもあります。子をなすことは、私は前世ではできなかったのですし……



「まあだが、エマも赤子の頃から不自然に賢い子だとは思っていたが、前世の記憶を持ったままとは、不思議なこともあるものだ」


「ええ。ですがエマ。あなたも自分が前世の記憶を持っていることは決して他言してはいけませんよ」


「そうだね。エマの記憶の価値にしても、前世の記憶を持っていること自体も。それが誰かに知られてしまったら、エマは否応いやおうなしに好悪こうお両面の視線が向けられることになると思う。それは君の幸せをさまたげるものになるかもしれない」


「はい! 重々承知しています」



 私もこの世界において教育されるうちに、そのような配慮はいりょも身につけました。私が前世の記憶を持っていることを他言するのは危険です。それが理解できていなかった頃、お母様に最初にそれを言った時、酷く驚かせてしまったのですけどね。

 私もこの世界に生まれてからしばらくは、深く考え事をすることはできませんでした。幼い頃は十分に脳が発達していなかったからかと思うのですが。うまく発音することもできませんでしたしね。そもそもこの世界の言語すらわかりませんでした。ですがこの世界で生まれて脳が未成熟な頃を経たのに、前世の記憶を覚えているのは、不思議なものです。

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