01-1 『焼滅』のエマ 01

― ??? ―


 哀れな一生を終えた少女絵真えまは、この世界で貴族の娘として生まれ変わって、エマ・ワイズという少女として15歳まで健康に生きてこられました。

 ご覧になっている方々とは少女が生まれ変わった時にお会いしましたが、皆様方にとってそれがどれほど前のことであろうと、私にとってはつい先程にございます。


 少女は人間としては異例なほどの、大賢者を目指せる魔法の才に恵まれておるようにございますね。

 少女が前世の記憶を覚えていることも興味深い。

 面白そうな観察対象があっけなくいなくなってしまうこともなく、私としては一安心でございます。

 私は全てを観察しておりますが、公正無私な存在ではありませぬゆえ、興味を持った対象を特に注意して観察することもあるのでございます。


 この物語をご覧になる方々も、最初から地味な話が続いては興味を引かれますまい。

 ですので最初に少し時間を進めた先、この少女が『焼滅しょうめつ』のエマなどという物々しい異名をつけられた理由となる出来事をご覧いただきましょう。

 これに先立つ出会いなどの出来事もありますれば、それはまたのちほど。

 私にとっては時を進めた先を見ることも戻った過去を見ることも造作ぞうさもなきことゆえに。

 今はまず、少女が未熟なりに人々に一目置かれるようになった初めの出来事をご覧あれ。





― エマ・ワイズ ―


 私の名はエマ・ワイズ。剣と魔法の世界フレエネートにあるアーヴィン王国、知の名家ワイズ伯爵家の娘としてこの世界に生まれ変わり、15歳になりました。健康で家族に愛されて生きてこられただけでも、私は幸せを感じています。どうも私は家族に愛されるうちに重度のブラコンになってしまったことは否定できませんが。


 ここはつい昨日私が入学した、生徒の大部分を貴族が占める学校ザカライア学院。この学院には騎士科と魔法使い科があり、入学する生徒は最低限以上の戦闘能力を身につけることが求められます。この世界は戦いのない優しい世界ではありません。

 入学時における実力を判定する試合、その勝ち上がり戦決勝。勝ち進んだ私の最後の相手は、この学院で出会って私の友達になってくれた美しい平民の少女コニー、コンスタンス・アシュビーです。この学院は特別優秀な平民も奨学金を与えられて入学することを許されます。貴族には平民を見下す人も大勢いるのですが。

 コニーは魔法使いとして奇跡的な素質の持ち主であり、その素質を現実のものとして引き出す努力もしてきたのでしょう。この子は私のライバルになってくれる子だと思っています。私とコニーは訓練場のフィールドで対峙たいじしています。



「コニー。いい試合をしましょう」


「は、はい。お手柔らかにお願いします……」


「そんな不安そうにしなくても、無効化結界がありますよ」


「は、はい」



 無効化結界の中では、一切の肉体的ダメージを与えることはできません。殺傷能力のある手段を使って試合をする時は、この無効化結界を使うのが一般的です。敵だけではなく味方の攻撃も通用しなくなるので、実戦で使われることはまずないそうですが。

 魔法使い科一年の教師、アボット先生が声を張り上げます。



「では、最終戦、開始!」



 コニーが真剣な顔になりました。気持ちを切り替えたのでしょう。

 まずは先手を取って精神的な優位を得ることも有効なのではないかと思います。コニーは基本的に気が弱いのでなおさら。



「ファイア・アロー百連!」


「ウォーター・ウォール!」



 私が短縮呪文で放った大量の炎の矢に対し、コニーは即座に適切な防御魔法をこちらも短縮呪文で使いました。私は水属性に強い地属性の魔法は実用的な威力が出せません。この世界における属性魔法には属性間に相性の強弱があるのです。

 そして着弾。これだけの魔法の矢を放てば、普通の魔法使いの防壁魔法なら相性の悪い属性でも砕けるはずですが、コニーの防壁は余裕を持って防ぎきります。予想どおりではありますが。



「ウィンド・ボウ四連。速射開始!」


「ウォーター・アロー百連!」



 コニーの水の防壁に負荷をかけるべく、風の自動射撃魔法を四つ展開して、射撃を開始しました。私の狙いはコニーにさらに防御に回らせることだったのですが、狙いははずれました。コニーは防壁が破壊される前に反撃して来たのです。水の防壁を避けるように山なりに水の矢を放って。水の防壁と風の防壁は視界が通るので、こんなこともできるのです。



「ウォーター・ウォール!」


「ウィンド・ウォール!」



 私はウィンド・ボウの自動射撃を妨げないように、頭上から迫り来る水の矢に対して上方向に水の防壁を展開し、コニーも水の防壁をまさに破壊しようとしている風の矢に対抗するために風の防壁を展開します。

 私の水の防壁に大量の水の矢が当たり、轟音と水煙が広がります。水煙でコニーの姿が見えなくなりました。風の矢も視界が効かない状態で射撃していても命中は期待できません。それにコニーの風の防壁相手では負荷をかけることもあまり期待できません。ですから射撃を中止してウィンド・ボウも消します。この視界を奪うことも、コニーの思惑おもわくどおりなのでしょうか。



「アイス・ボール!」


「アイス・ボール!」



 視界は効かないのですが、戦士ではないコニーが場所を大きく移動しているとは思えないので、爆裂する氷の範囲攻撃魔法を放ちました。そうしたらコニーも同じことを考えて、風の防壁を消して魔法を放っていたようです。氷の球が互いにぶつかって炸裂さくれつしました。轟音が響き、氷の粒が訓練場に広がります。

 さて。どうしましょうか。おそらく私とコニーの魔法使いとしての力量にはたいした差はありません。私にはコニーの防御をかいくぐって有効打を与えるほどの技量もありません。これは千日手というものでしょうか。とりあえず様子を見て、視界が回復するのを待ちましょう。

 そうしていると、コニーも同じことを考えていたようで、それ以上の攻撃はして来ませんでした。視界が回復します。



「エマさんもコニーさんもすごいです……」


「……悔しいが、私も認めざるをえない。今の私ではあの二人には勝てない。わかってはいたが、やはり私はまだまだということか……」



 魔法使い科の級友の声が、やけに大きく響きました、それだけこの訓練場が静まりかえっているのです。

 私とコニーが十五歳という年齢としては驚くべき試合を見せているのは事実なのでしょう。ですがこの程度ではお母様に比べればまだまだです。



「エマもコニーも本当にすごいね」


「はっ」



 魔法使い科と同じように試合をしていた騎士科の人たちはもう全試合を終えて、私たちの試合の観戦をしています。今年入学して私とも同学年の、アーヴィン王国王太子クリフ殿下も含めて。クリフ殿下からは気軽に接してほしいと頼まれたので、私はクリフさんと呼んでいるのですが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る