第12話 晩餐会の後の惨劇
私は満足です。とても満足です。
今までの晩餐が何だったのかと言いたいほど満足しています。
油ギッシュな魚でなく、レモンバターがアクセントになっているバターソテーに、きちんと肉が柔らかくなるように下ごしらえしてある噛み切れるお肉。その後に出された白桃のシャーベット。
いつもは苦行だと言い聞かせながら食べていた晩餐の料理をとても美味しくいただけました。
とても満足しましたので、帰っていいででしょうか?
ええ、胡散臭いほど、こやかな笑顔でこちらに向かってくるジェイドを無視して、ここから立ち去りたいです。
「今日の料理は満足していただけましたでしょうか? 皇帝陛下」
胡散臭い笑顔のジェイドが座っている私の隣に立って、そう話を切り出してきました。
ここは皇帝陛下から一番遠い末端の席になりますので、ジェイドが来る場所ではありません。
「いつもと趣向が違い楽しめた。良い晩餐であった」
おや? 珍しく皇帝陛下が言葉を返されました。いつもは無言でスルーされますのに、珍しいものです。
「ありがとうございます。この度、報告がありまして、このように皆様に集まっていただきました」
そしてジェイドは私に立つように促して、椅子を引いてきました。
え? ここでズバッと言ってしまうのですか?
「先日、皇太子であるアルベルトが何者かに襲撃をされまして、侍医から療養が必要だと報告を受けました」
襲撃をしたのはお前だ!
何、誰かわからない人の所為にしているわけ?
私の心の突っ込みは周りから沸き立つように起こったざわめきに寄って、消されていきました。
そのようなことは知らなかったという感じです。
ええ、襲撃した本人がここにいますからね。
そして、皇妃様も知らなかったという感じで驚いた表情をされています。
「それを受けて、私が皇太子に立つことを皇帝陛下に進言し、承諾を得られたことをこの場にて、報告させていただきます」
さらにざわめきが大きくなっていきます。そこにひときわ響き渡る声が聞こえてきました。
「ジェイド殿下。貴方は皇位継承権を放棄したはず、順番からいけば、第三皇子であるリヒターロベルト殿下ではないのですか?」
確かに言われてみれば、第三皇子が次に皇太子になるべきです。ですが、その本人はこの場にはいません。なぜなら、ジェイドに命じられてアスティア国の反乱を収めに行っているのです。
ジェイド曰くこの度の罰だそうです。どこに第三皇子が関わってくるのでしょう。
「叔父上。確かにおっしゃるとおりです。ですが、ここで問題になるのが、十二年前の私の行方不明事件です。結局あれは有耶無耶になってしまいましたね。それはどうしてでしょうか? 皇帝陛下?」
え? 皇帝陛下は事件の真相を知っていたということですか?
「皇位争いに余が口出しをすべきではないからだ。余は初めからジェイドを皇太子にと言っておった。それは今でも変わらない」
はぁ……結局、皇帝という立場は唯一無二であり、皇位争いで負けるようであれば、皇帝に立つ資格などないということですか。
「そうです。私が皇位継承の権利を放棄した理由は、そこで関係ないと澄ました顔でいる母上、貴女の所為です」
皇妃様が理由?
それはおかしいですわ。ジェイドを皇帝に押し上げる理由にはなっても、皇位継承権を放棄する理由にはなりません。
「何を言っているのですか? ジェイド。わたくしは貴方が皇太子になればと思っておりましたのよ? しかし、貴方が婚約者にと選んできたのが、下賤な子爵の令嬢だなんて、本当に嘆かわしいことですわ」
「よくもまぁ、そのような嘘がスラスラと出てくるものです。日常的に私に毒を盛り、アスティア国の暗殺者を送り込み、極めつけが呪縛使いのトランディーラ侯爵家を脅して、誘拐を画策です。私が無事に戻ってきたときの貴女の顔は今でも忘れませんよ。母上」
凄いことがジェイドの口から出てきました。
確かに私の部屋に血を吐いて倒れているジェイドがいたり、私のベッドの布団が血まみれになっていたりしたことがあり、皇城ってどうなっているのかと思っていました。
あれは一番頼るべき母親から死を望まれていて、頼れるところが我が家しか無かったのですね。
それにしても、呪縛使いのトランディーラ侯爵家って初めて聞きましたわ。
だから、あのお茶会のときにシャンヴァルド公爵令嬢が『ジェイドのことを想って言った』と発言したのですね。呪縛使いと仲良くするのは危険だという意味合いでしょう。
「私が信用していた近衛騎士隊長を使うとは、本当に悪事には頭が回るようですね。しかし、貴女の失敗は私の婚約者に手を出したことですよ」
そう言ってジェイドは私の髪からヘッドドレスを取り外しました。私の姿を見た皇妃様はとても驚いた表情をされています。
あの皇妃様が私を排除したかったとは、なんとなくわかりましたが、そもそも私を排除する理由がありません。
ジェイドを皇帝につけたくないのでしたら、特に私はジェイドの足を引っ張る存在です。排除する意味がありません。
「イリア・サルヴァール。この帝国では知らぬ者などいないでしょう」
「それ言い過ぎ。それからほどんど悪評だから」
私は堂々と言っているジェイドにボソリと小声で突っ込みます。
ええ、元凶はジェイドです。ジェイドがあっちこっちで暴れるから私が部下の方々から泣きつかれて、止めにいくのですから。
「一番有名なものは聖女イリアでしょうか?」
ああ、アスティア国の教主が我が国に来て欲しいって言っていた件ですね。
ですが、それはただの慈善事業で治療を行っていただけで、有名になるほどではありません。
「そしてその名が貴女の殺意を駆り立てたものですよね。元アスティア国の聖女エマプリエール」
「おだまりなさい!」
「貴女も慈善事業として、皇都で治療を行っていた時期がありましたが、突然止められてしまいましたね。なぜでしょう?」
「だまりなさいと言っているのです! ジェイド!」
「そう、貴女が治せなかった者たちを次々とイリアが治療していったからです」
「え?」
ちょっと待って、私が慈善事業をする前に皇妃様が同じように人々の治療を行っているとの情報は無かったですわよ。
だって、同じようなことをしているとわかると、色々言われる可能性がありましたから、その点は執事のラグザに調べて……あの執事、ワザと言わなかった可能性がありますわ。
何故ならジェイドの右目が完治していることを知っている数少ない人物ですから。
「愚かしいことこの上ないですね。今回も同じ手口を使う拙さ。メリーアンヌ妃にお願いすれば、全部話してくださいましたよ」
メリーアンヌ妃というのは第三側妃のトランディーラ侯爵家の出の方です。しかし、お願いしたからと言って、先日ジェイドが赴くことになった北の小競り合いの交渉に行くことになるとは思えません。
すると皇妃様は突然立ち上がって、まくしたてるように、皇帝陛下に言われました。
「人質同然のようにこの帝国に嫁いできましたのに、人を犯人扱いするとは我慢なりません! 人殺し! わたくしの父を母を殺した相手に嫁いできたわたくしの苦しみなど、陛下には一生おわかりにはならないでしょう。そして生まれてきた子は悪魔そっくりの子。なんておぞましい! もう、ここには居たくありません! 離縁してくださいませ!」
えっと、皇帝陛下と皇妃様はそんなに簡単に離縁できるものなのでしょうか? 皇妃様の事情は色々あると思うのですが、敗戦国として逆らうことは無いと示す理由で嫁いだことは私も知っています。
ですが、ジェイドのことを悪魔の子などと、それはあまりにもジェイドが可哀想です。
「別に構わぬが、そなたが国に戻る頃には国はなくなっているだろう」
皇帝陛下からの言葉に私はハッとしてジェイドを見上げます。第三皇子には反乱を止めるように命じたと言っていたはずです。
それがどうして国が無くなることになるのですか?
「どういうことですの!」
「さて、それは死者たちに聞けばいい」
という皇帝陛下の言葉と同時に、皇妃様の首がズレました。そしてそのまま真っ白なテーブルクロスの上を転がり落ちます。
白い布に赤く広がっていくシミ、響き渡る悲鳴に、椅子を倒しながら立ち上がり、逃げようとこちらに足を向けてくる皇族の方々。いつの間にか抜いて皇妃様の首を切り落とした血塗られた剣を、側仕えに渡している皇帝陛下。
ただ、周りにいる使用人の方々が微動だにしないのは、事前にこのことを聞かされていたのか、もしくは、皇帝陛下のこの行動に慣れてしまっているのでしょうか。
そういう私も、普通の感覚とズレてしまっているのでしょう。
あの皇帝陛下は陛下自身に歯向かう者には容赦はしない。ならば、この結末も予想できたことだと。
「まだ話は終わってはいませんよ。席に戻ってください」
ジェイドはここから逃げ出そうとしてる皇族の方々を逃がすまいと、戻るように促します。
「私は帰らせてもらう!」
先ほどジェイドから叔父上と呼ばれた人物が、ジェイドの言葉に従わず、そのまま一つしかない扉に向かって行こうと足を踏み出した瞬間。その男性は床に膝をついて、蒼白な顔色でジェイドを見上げました。
あら? 先程の勢いはどうされたのでしょう。
「私が本当に呼び出したかったのは、叔父上。貴方です」
そうなのですか? 何度か挨拶したときは人当たりが良さそうにお見受けしました。
「あの母に『
すみません。私も全く知りませんでした。
しかし、皇妃様に眠りながら死ぬという魔術があるというのを教えたからと言って、この方に何の得があるのでしょうか?
「皇帝陛下がおっしゃっていたように、今も昔も陛下の中では次期皇帝は私だと認識していたと同じぐらいに、貴方は私のことを邪魔だと思っていましたよね」
これは皇位絡みの話になるのですか? しかし、ジェイドを排除したからといって、当時は第二皇子と第三皇子がいましたから、結局どちらかに皇太子の地位が与えられたことでしょう。
「本当に弟たちには皇帝に立つ資格が欠けていましたからね」
……言われてみれば、そのように思えなくもありません。
「しかし刺客にも毒にも動じない私に貴方は焦りを感じたのでしょう。母に私を排除する方法を教えました。まぁ、これはいいです。このきっかけがなければ私はイリアと出会うことはありませんでしたから、逆に感謝をしているぐらいです」
死にかけて感謝というものおかしなものですわ。ここはジェイドが怒るところです。
「しかし、母から私のイリアを排除することを相談され、それに加担したことは許しがたいことです。イリアの使用人を使い攫い、第三皇子を使って今度はトランディーラ侯爵令嬢を脅し、イリアに死の術をかけた。まぁ、未熟だったため術が途中で解けかかり、イリアが目覚めたので、直ぐに場所は特定できましたがね」
これは『
「皇族の血が流れているとは思えないクズが、私のイリアに手を出そうとするなど虫唾が走る」
「うグッ!」
既にジェイドの威圧に耐えかねて、へたり込んでいた男性の頭部が、後方に飛んでいきました。
え?
悲鳴を挙げ逃げ惑う者、その場で崩れて倒れて行く者、呆然と光景を眺めている者、まるでつまらないものを見たという目を向ける皇帝陛下。
あ……ジェイドを止めることが出来ませんでしたわ。
今日は晩餐のため帯剣は認められてはおらず、皇帝陛下のみ剣をお持ちでした。
いったいどこに剣を隠し持って……いいえ、ジェイドの手には剣など持ってはいません。
「ジェイド。人を殺してしまったら、私は治せませんわ。それから剣はもってきては駄目なはずですよ」
するとジェイドは右手から刃だけのナイフを見せつけてきました。それはジェイドが気に入ったといった暗器ですわね。
ですが、暗器では傷はつけられても頭が飛んでいくようなことにはなりません。
「父上が使っていた技を使えるようになった。武器を魔力で覆って斬撃を増す技だ」
……それ何度か試して、武器の方が絶えられずに廃棄する武器が増えてしまったやつですね。
それならもういっそのこと、魔力を硬化すればいいと言ったはずですが?
そして使用人たちと二つの死体。それから皇帝陛下しか居なくなった室内を見渡したジェイドが発言しました。
「皇帝陛下。規程に定められた皇族が集まった状況で、皇太子の宣言を完了いたしました。これにて私が皇太子となり国務を行ってまいります」
「私は初めから、お前が皇太子だと言っていたはずだ。それからそのモノを帝国にくれてやるわけにはいかなかったのではないのか?」
私ですか? 確かにあのときジェイドは言っていましたね。帝国に差し上げるわけにはいかないと。
「あの時と今とでは状況が違います。今はイリアは帝国中から認められた存在です。良いように使おうという者はいないでしょう」
「なんだったか? 魔眼のイリア。将軍を操るランドヴァランの魔眼。将軍よりも恐ろしい子爵令嬢」
「うっ……」
皇帝陛下から私の悪評が次々とでてきています。もう、穴があったら入りたいです。
「奇跡を起こすサルヴァール子爵令嬢。厄災を払った子爵令嬢。聖女レイラの再来。聖女イリア……まぁこのようなものか。私が評価すべきことはフォレスタ地方の厄災を解決したことのみだ」
そういって、皇帝陛下は席を立ちテーブルの上に転がっているモノを一瞥して、立ち去っていかれました。
長年皇妃として務められたエマプリエール様に対して、なにか思うことがあったのだと、私は思いたいです。
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