ローリーはいつも曇りで

かわふしちょう

平穏とは、

神様はいるのか、いないのか。

永遠はあるのか、ないのか。

そして愛は…。

昔読んだ本に、人生とは自分の片割れを探す愛の旅だと書いてあった。

そしてそれを初めて読んだ時からその文脈は自分の中にどこか残り続けていた。

もしこれらのものが本当に存在しないのなら何故こういった言葉が作られ、文字にされているのか。単に人間が都合の良いように願いと共に作り出した物なのか。

目に見えないものを探すことはとても難しい。だから人はいつまでも探し続けるのかもしれない。

昔はそんなことばかり考えていた。そしてそんなことを思いながら日々生きる人生というのはとてつもなく⾧い。人には決して理解できない苦しみや不安。どうして自分だけがこんなにも辛くて、満たされなくて、とやり場のない空虚感と悲壮感に暮れるような日々。そしてその周りに付帯するこのありあまる憂鬱と混沌。これらが青さ故のものならばいつか超えていくことができるのだろうか。

僕は毎秒のように不安だった。

それでも今の自分ほどの年齢になればその答えにも自然とたどり着くのだと思っていた。だが、実際二七歳になった僕は、慌ただしく仕事をしたり、家族と毎日を過ごしていると自分のことやそういったことについて考えることも今ではほとんどない。

日常というのは平穏な毎日のことでそこに不満や不足を感じることはないからである。でも自分にとってそれは一種の逃避だった。僕は二十代早々にしてこんなにも⾧い人生をとてもではないが自分一人では使い切ることはできないと思ってしまった。

特に行くつもなかった大学では終始虚脱感を拭うことが出来ず、あの時の燃え尽き症候群にも似た症状を女々しくも抱えながら毎日を過ごしていた。

大学を卒業後に就職した会社では仕事自体は嫌いではなかったが、そのうち人間関係が煩わしくなり、数年は耐えたが、有給休暇もろくに消化することができずに結局辞めてしまった。特に仕事が立て込んでいる時に上司や、先輩から理不尽に仕事を押し付けられたりして、それだけならまだ耐えられたが、それが落ち着いた後に決まってある飲み会で全てをご破算にされるこの風習だけはどうしても受け入れ難かった。なぜならそこで繰り広げられる会話の中身はいつも不毛な愚痴と薄っぺらな虚栄心に満ちていて、それはしだいに自分の精神を侵し、僕の心は疲弊していってしまった。

何かが始まっては終わる。いつまでこんな同じようなことが繰り返し続くのだろうと途方に暮れていた時、今の妻に出会った。

妻は自分が持つこんな感情を話しても、何言ってるの?と理解できずにあざけて、自分が昨日見たテレビドラマの話をするような人で、それにはとても救われていた。

出会ってから一年足らずで結婚することになり、周囲からは意外だととても驚かれた。それと同時に知人からの紹介で在宅での翻訳の仕事を始めた。一文字五円からのスタートは金銭的にはなかなか厳しく、生活は前にも増して質素なものになってしまったが、自分にはとても合っている気がした。昔はあんなにもコンプレックスだったものがまさかこれからの自分の生活を支えていくものになるなんてと少し感慨深く思いながらコーヒーの入ったカップを片手に仕事部屋へ向かおうとする僕の足を止めたのは、聞き覚えのある名前がテレビのニュースから流れてきたからだ。横では妻が産まれたばかりの娘を抱きあやしながら「怖いわね」と一言、僕に言うでもなく呟いた。娘にはこれから君の周りで起こるであろう様々な事も大抵のことは取るに足らないことだから大丈夫だと早いうちに伝えてあげたい。

そのニュースはあるレストランのオーナーがその店の元従業員に殺傷されるという事件だった。

若い女性ニュースキャスターは、容疑者である日系ブラジル人の名前とその男が未だ逃走中であることを報道した。それを聞いて高校時代にアルバイトをしていた年上の同僚が何気なく発した言葉が不意に思い出されたが、その同僚の名前をすぐには思い出せなかった。ただニュースを見てとても懐かしい気持ちになり、まさか信じることができずにいた僕は、テレビの画面をぼーっと見つめながら、自分が高校二年生だった時のことを思い出していた。

あんなにも衝撃的で、尊い体験はこれまでもこれからも味わうことはもう決してないだろう。

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