たんたんたぬきの

小日向葵

たんたんたぬきの

 ぴんぽーん、と来客を告げるチャイムが鳴ったので、僕は玄関のドアを開けた。


 「夜分遅く失礼します」


 そこにいたのは、歳の頃なら十歳くらいだろうか?男の子か女の子かはっきりしない、白い無地のTシャツにデニム地の短パン、足より明らかにサイズの大きなつっかけサンダルを履いたおかっぱ頭の子供だった。


 頭の上の方に丸い耳がある。パンダ?クマ?それとも犬だろうか。何にしても得体の知れない子供が、変な時間に訪ねて来たわけだ。


 「……誰?」

 「コヒナタアオイさん、ですよね」

 「……そうだけど。誰?」

 「ああ良かった、実はもう三軒くらい間違えて怒鳴られて、今日はもう帰ろうかと思ってたところなんですよ」

 「だから誰よ」


 子供は僕に全く遠慮することなく、ずかずかと部屋に上がり込む。


 「どこの子だ、親に連絡するから電話番号を」

 「いえ、用が済んだらすぐ帰りますので」


 僕は玄関を閉め、とりあえず施錠はしないでおいた。何かあったら叩き出す、そんなつもりで。


 「ボクはアサヒと言います。よろしく」


 ぺこり、とアサヒは頭を下げた。甲高い声、やはり男女の区別がつかない。


 「ところでですね、今日は抗議に来たんです」

 「抗議?」

 「ええ抗議です、抗議ですとも。もうプンプンです」


 頭を上げたアサヒは突然怒り出す。なんなんだこれ?



 「どうして皆さん狐ばかりに肩入れして、良い役をやらせるんですか?」



 えっ?


 「いやちょっと待って」

 「待ちません。狐はいつも美人で有能で、お嫁さんになって喜ばれてるじゃないですか。一方ボクたち狸の扱いといったらひどいものです!むじなと混同するまではいいとしても、アライグマと間違えるなんて失敬にも程があるじゃないですか!普通、大判焼きと回転焼きを間違えますか!?」

 「えっそれどこが違うんだっけ?」

 「全然違いますってば!」


 今一つ判らないけれど、どうもアサヒは狸らしい。ボクたち狸、なんて言っていたし。しかし口角泡を飛ばすとはまさにこのことで、興奮してどんどん早口になっている。


 「コヒナタさんだってそうじゃないですか!狐はカッコいい役で出して、狸はそうでもない!」

 「ああ、そう言われればそうかも」

 「狸だって頑張ってるんだよぉ」

 「ごめんその映画観てない」

 「なんで観てないんですか!あの有名なパヤオ監督が」

 「高畑さんでしょ、監督は」


 アサヒは黙った。じっ、と恨みがましい目で僕を睨む。



 「どうしてですか」



 アサヒの口調が変わった。まるで僕を詰問しているかのようだ。


 「なぜヒロインは狸耳をした美少女で、タヌキ座から来た宇宙人じゃないんですか?」

 「いや、そもそも狸耳っていうのがイメージしにくいかなって」

 「そこがチャンスじゃないですか。今までにないビジュアルを実現するチャンスなのに、どうして過去からのイメージを引きずるんですか」


 なにこれ。担当編集者か何か?


 「コヒナタさんには、新しいエンターテイメントの地平を切り開こうと言う気概はないんですか?」

 「その地平に、狸美少女がいるの?」

 「当然です」


 アサヒは胸を張った。男の子と言えば男の子だし、女の子と言われればそうも見える。中性的なんじゃなくて、まだ未分化といった感じか。喋り方や身振りのオーバー差からすると女の子っぽく感じるけど、どうせ見た目と中身の年齢は一致してないオチなんだろうな。


 「そうは言うけど、一般人の中にはあんまり狸と美少女って結びつくイメージがないんだよ。狐はほら、稲荷神社とかで巫女さんのイメージがあったり、古くは玉藻の前とか葛の葉とかもいるし」

 「そうやって人間全体に責任を押し付けないで下さい。ボクはコヒナタさんの意見を聞きたいのです」


 そんなこと言われてもなぁ。


 「いいじゃないですか、丸い耳とちょい垂れ目で可愛らしいヒロイン!狸系美少女がこれからのトレンド間違いなしなんですって!愛情深くてちょっとドジっ娘だったりすると最高です」

 「それは君の好みだろう?」

 「いいえ違います。我々狸の総意です」

 「やっぱり君の好みじゃん」



 頭が痛くなってくる。とにかくアサヒは狸の化身であって、創作界における狸の地位向上のためにここに来たことは判った。僕のとこになんか来ても、何が変わるわけでもないのに。判ってんのかな、僕はただのシロウト物書きなんだ。


 「だいたい、狐女房なんて民話ありませんよね?適当に作るんだったら、狸女房でもいいじゃないですか」

 「三狐神さぐじは農耕の神として信仰されてたし、狐は狸より扱いやすいんだよ。狸信仰はだいたい家庭円満とか子宝じゃん」

 「ヒロインには最適じゃないですか」

 「いきなり子供作ってもなぁ」


 大家族ものになっちゃう。昔再放送で見た、てんとう虫の歌を思い出すなぁ。


 「あのさ、狐ってなんていうか、『女狐』みたいに女のイメージがあるんだよ。でも狸って聞くと、普通はだいたい信楽焼の狸を思い出すんだ」

 「ああ、あれは有名な焼き物ですね」

 「そうそう、酒徳利と大黒帳ぶらさげて、傘を背負ったあれ」

 「実に可愛らしいですよね」


 アサヒは満足げにうんうんと頷く。


 「でもあの狸ってさ、すごくあれが目立つじゃん」

 「あれ?」

 「そう、あれ。つまりその、きゃんたま袋」

 「うっ」

 「力いっぱい男アピールしてるわけで、そこから美少女イメージってのは難しいかなーと」


 千畳敷でしたっけ?話半分にしても広すぎる。宴会場かよ。


 「歌もあるよね、〽たんたんたぬきのなんとやらー、かーぜもないのにぶーらぶら」

 「ううっ」

 「なんていうかもう、男性的イメージしかないんだよ」

 「判りました」


 アサヒはキッと僕を睨む。


 「つまり、ボクがここでコヒナタさんとねんごろになれば解決ということですね!?」

 「いやいやいやいや、子供を相手にする趣味はないから」

 「ほほう、するともっと大人がいいわけですね?」

 「そりゃそうだ、僕は健全なんだぞ、もっとムチムチというか」

 「ふむふむ、もっとガチムチの方がいいんですか」

 「えっ」


 なんか不穏なことを口にしたぞこいつ。


 「でも、ボクはタチもネコも行けますから、大丈夫です」

 「お前ひょっとしてオスか!?」

 「ぴんぽーん、正解!」

 「さんざんヒロインがどうのって言っておいてそれか!ひどいオチだ!」


 僕はアサヒを部屋からつまみ出し、ドアに鍵をかけてチェーンロックまでした。アサヒはしばらくはチャイムを鳴らしたりドアを叩いたりしていたけれど、放置していたらそのうちいなくなった。正義は勝ったのだ。


 あの狸が最後の一匹だとは思えない。もし狐偏重が続けて行われるとしたら、あの狸の同類が、また世界のどこかへ現れてくるかも知れない。




 いやもう来ないでいいから。どうせ来るなら可愛い狐娘の方がいいし。なんて書くから、狸が来るんだろうか?


 まあ機会があれば狸系美少女も考えてやるよ。僕はなげやりにそう考えて、ベッドに向かった。





 ※BLに挑戦したはずが、何故かこうなりました。




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たんたんたぬきの 小日向葵 @tsubasa-485

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