第17話

 俺はエルフィと別れ、ギルドに一人で来ていた。


 エルフィは荷物を置くために宿を取りに行っている。

 俺は朝に起こるクエストの奪い合いを制するため、先に来ていたのだった。


(本当に混むんだな)


 朝、始業したばかりのギルドは多くの冒険者でごった返していた。


 ゲームではこういった描写は無い。

 いつもスムーズにクエストが受けられる。


 しかしこの世界ではしっかりと人混みが形成されていた。

 この分では昼にはほとんどのクエストが受けられてしまっているだろう。


 これからはそういう事にも気をつけなければ。


 そんなことを考えながら俺はクエストボードの人混みに辿り着いた。


 周りと同じように俺は人混みの中に入り込み、目当てのクエストの張り紙を取る。


 このクエストはそこまで人気では無かったようで、簡単に取ることが出来た。


(後は受付だな)


 受付の方向に視線を移す。

 するとその先には見るだけで気が滅入るような長蛇の列があった。


(……座って待ってるか)


 別に急いでいるわけでもない。

 あの列に並んで立ったまま待っているよりは。何処かで時間を潰して人の少なくなった後に来たほうがいい。


 俺は端にあるベンチに腰掛け、列が処理されるまでの時間を待つことにした。


(ま、このクエストは残ってるよな)


 俺は手に取ったクエストを眺めて思う。


 低ランク、採取のクエスト。

 ローリスクローリターンで基本、安全志向なやつしか取らないようなクエストだ。

 冒険を好む冒険者は取るはずもない。


 だがこのクエストには隠し要素がある。


 その要素を持ち帰れば一攫千金。

 全て捨ててここに来た今の状況も少しは楽なものになるはずだ。


 やっとまともにプレイヤー知識が活かせる。

 ここから俺の知識無双の開幕だ。


 と、俺がそう浮かれていた時だった。


「あんちゃん、見ねぇ顔だな。新人か?」


 禿げ頭の男が二人の取り巻きを連れて俺の前にやってきた。


 怪しい奴らだ。


 俺は少し警戒しつつ返事をする。


「ああ、今日来たんだ」


「そうか、じゃあこの人混みも初めてだろ。これが毎朝だぜ? 大変だよな」


 禿げ頭の男は肩を竦めながら言い、取り巻きの二人は俺の両脇に座ってきた。


 妙に馴れ馴れしい。


「これも何かの縁だ。あの列を無視できる裏技があるんだけどよ、乗らないか?」


 口の端を歪めながら禿げ頭の男は顔を近付けてくる。


「いや、良いよ。別に急いでいるわけじゃない」


「……ははっ怪しいと思っただろ。まぁ気持ちは分かる。でもそんなんじゃねぇよ。なぁ?」


 禿げ頭の男は俺の両脇に座る二人に同意を求めた。


「あぁそうだ」

「怪しくなんてねぇ」


 怪しすぎるだろ。


「俺達こう見えてギルマスとツテがあるんだ。新人に親切するくらいどうってことねぇんだよ」


 禿げ頭の男は言いながら俺の肩を掴んできた。


「だから、な。乗っとけって」


 圧をかけてくる。


 新人に対する詐欺だろうか。


 ここでついて行ってしまえば最後。

 アングラ組織の下っ端として一生こき使われる……みたいな。


 冒険者みたいな荒くれ者が集まる場所にはこういう奴も沢山居るか。


 騙されてはいけない。

 こういう輩はきっぱりと断るべきだ。

 もし本当に親切な奴だったら後で謝ればいい。

 本当に親切だったら許してくれるはずだ。


「俺は待つのも好きなんだ。ゆっくり待つよ」


「……はぁ、あのなぁ。お前」


 俺の言葉を聞いた瞬間、禿げ頭の男の雰囲気が変わった。


「今の状況、分かって無いだろ」


 両脇に居た奴らが腕を固めてくる。


 職員は見て見ぬふり。

 買収か、力で脅されているか。

 何かしらの理由でここで悪事をする事が許されているらしい。


「いいか? 目上の親切は受け取っておくものだ。それを拒否するってのは相手を侮辱するのと同じなんだぜ?」


 言いながら禿げ頭の男の目が剣呑になっていく。


 そして俺は殴られた。


「分かったか?」


 脅しの一発。

 そこまでのダメージではないが、喧嘩を売られたのは間違いない。


「いや、お前の言い分は分からないな」


「そうかよ。じゃあしょうがねぇ」


 禿げ頭の男は上着を脱ぎ捨て、言葉を放つ。


「ここからは力尽くだ」


 俺は両脇の男に腕を掴まれ、身動きする事が出来ない。

 禿げ頭の男は腕を振り上げる。

 

 俺は呟いた。


「『威圧ドーンティング』」


 戦意の無くなった両脇の男の力が緩む。

 だが禿げ頭の男には効かないようだ。


 俺は咄嗟に自由になった両手で禿げ頭の男の拳をガードした。


「チッ。ただの新人じゃねぇな」


 禿げ頭の男は後ろに跳んで距離を取り、スキルを詠唱する。


「『剛腕強化ストレングス』」


 ここから相手は本気で来るようだ。


 さてどうするか。

 この状況、結構面倒くさい。


 本気でやれば敵は大怪我を負う。

 余り大事にはしたくない。


 とはいえ完全な格下ではない。


 それなりの力で当たらなければ。


「行くぞオラ――!」


「『身体強化チャージ』」


「――ぐぁ!!」


 禿げ頭の男が踏み込もうとしたその時。

 男の背後から来たエルフィがその首筋を蹴り飛ばした。


 強化された身体能力から繰り出される蹴りは的確に急所へ当てられ。


 男は気絶した。


 他の二人も男が倒れたのを見て逃げ出してしまう。


「手を出さないほうが良かったですか?」


「いや助かった。ありがとう」


「あ……!」


 はっと、数秒遅れてエルフィはアレンが加害者であった可能性に思い至る。

 そして冷や汗を浮かべつつ質問してきた。


「……これはアレンが襲われてたって事で良いんですよね?」


「信頼ねぇな!」


 いや当たり前だ。


「……大丈夫。ちゃんと襲われてたんだよ」


 アレンに信頼なんてあるわけがない。

 エルフィを安心させるため俺は言い直した。


「良かったです。犯罪に加担したんじゃないかって冷や冷やしました」


 それを聞いてエルフィは胸を撫で下ろした。


 そうしていると、いつの間にか人が集まって来ていた。


『あいつやられたぞ』

『いつかはこうなると思ってたがな』

『……いいのか?』


 人だかりができてしまった。


 これは……まずい。


 中心には倒れる男。

 その前にそれをやった張本人である二人。


 ここだけを見たら完全に俺達が加害者側だ。


 何か弁明しなければ。


 そう思って俺が言葉を考えていると。


「皆散れ。これはこの者の自業自得だ」


 そこに白い髭を蓄えたお爺さんが来た。

 お爺さんは手に持つ杖で倒れた男を突付きながら説明をしてくれる。


 助かった。


 このお爺さんは地位を持った人のようで、彼の言葉通り周囲の人はこの場から離れていく。


「この者を連れて行け」


 そしてお爺さんは倒れた男を運ぶよう職員に指示すると、俺達に向き直った。


「済まないな。我々の力が及ばず、かような者の蛮行を止められなかった」


 お爺さんは俺達に深く頭を下げてくる。


「私はこのギルドのギルドマスター。詫びに茶でも出そう。ついてきてくれ」

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