第二章

第15話

「起きろエルフィ。着いたぞ」


 朝焼けの広がる早朝。

 迷宮ダンジョン都市を囲う壁の前で。

 俺は背中で寝ているエルフィを揺らして起こした。


「ん……あ、おはようございます」


「走る人の背中でよく寝れたな」


「アレンの背中、寝心地良かったですよ? 二度寝したいくらいです」


 寝起きの眼をこすりながらエルフィは軽口をたたく。

 俺は寝台列車ではないんだ。

 せめて街の中では自分で歩いてほしい。


「頼むから起きてくれ」


「仕方無いですね」


 やれやれと、わざとらしく首を振りながらエルフィは背中から降りる。


 やっと降りてくれた。


 正直疲れは無い。

 エルフィの支援に感心すると同時。

 これからもエルフィの移動手段になるかもしれない事を考えると背中に少し怖気が走る。


(辛くないだけまだいいか)


 前世の、毎日鞄を持って満員電車に乗る苦行の方が確実に辛い。


 一息付いて切り替える。


 そして街に一歩踏み出したところで気付いた。


「……あ」


 服がボロボロだ。


 そういえば魔人との戦闘で服も破れてしまっていた。

 支援によって寒さなんかも感じなくなっていたため気にせずここまで来てしまった。

 流石にここからは人目もある。

 せめて変質者に見られないようにしなければ。


「エルフィ、何か羽織るものとかあるか?」


 その言葉を聞いてエルフィはまじまじと俺の身体に視線を滑らせ、首を傾げる。


「別にそのままでもいいと思いますよ?」


「こんななりで歩いたら不審者だろ!? この街では目立ちたくないんだよ!」


 元の街では悪い方向でかなりの有名人だった。

 ここではただの冒険者でありたい。


「冗談です。ちょっと待って下さい、ローブがあったと思います」


 少し笑いながら鞄の中を漁るエルフィ。

 冗談で良かった。


 少しするとエルフィはボロボロのローブを取り出した。


「はいどうぞ」


 かなり年季の入ったローブだ。

 所々ほつれ、それを修復した跡もある。

 大きく破れた後もあり少し目立つが俺の今の格好よりは良いだろう。


 俺はありがたく受け取りローブを羽織る。

 幾分かましな見た目になった。


「これ、あの時からずっと使ってるんですよ」


「あの時?」


 どの時だ?


 このゲームをやり込んだ俺だが。

 アレンとエルフィの関係はゲーム内で詳しく描写されていない。

 おそらくアレンが何かやらかしたのだろうが、それが何か全く分からない。


 しかしこの場合覚えていないとかなりまずい気がする。


「覚えてないんですか? 全く……」


 溜め息をつきながらエルフィは語り始めた。


「報酬の分け方がおかしくて、生活できなくなるくらい貰えて無かった時があったんです。確か5人で3、3、2、2、端数、みたいな割合で」


 うわぁ……。


「それでもう少しだけ報酬を貰えないか話しに行った時、殴られた挙げ句このローブも破かれたんです。アレンに」


 何やってるんだアレンは。

 話を聞いていると俺じゃないのに罪悪感が襲ってくる。


「忘れっぽいアレンなので何度も言いますけど『ごめんね良いよ』はまだ済んでないんですよ?」


 子供に諭すようにエルフィは俺の目を見て続けた。

 何故か少し上機嫌だ。


「ちゃんと私が許すまで一緒に居なきゃ駄目ですからね♪」


「分かってるよ……」


「分かってるなら良いんです」


 聞けば聞くだけアレンの胸糞エピソードが溢れ出てくる。

 本当にクソ野郎だ。

 エルフィは良くこんな奴と一緒にいられるものだ。

 今は俺がそのクソ野郎なのだが。


 そうやって俺が俯き、肩を落としているとエルフィが不思議そうに下から覗き込んできた。


「……本当に気にしてるんですね。違和感が凄いです」


「心を入れ替えたんだって」


「ふふ、そうですか」


 エルフィは優しく微笑んで言葉を続ける。


「気にしないでください、とは言いませんけど」


 言いながらエルフィは俺の頬を両手で包んだ。


「大丈夫です。いつかは許してあげますから」


「やめろ惨めになる……」


「わかりました。じゃ、行きましょうか」


 俺がそういうとエルフィは手を離し、壁の門へと歩いていった。

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