第9話

 俺はヒロインを抱え、森の木々を飛び移っていた。


 できれば一刻も早くこの場を去りたい。


 あの魔人はさっきの男と違って小手先でどうにかなる相手ではない。

 俺一人では勝ち目はないだろう。


 出来て時間稼ぎだ。


 やっとヒロインと話せてフラグを折れるんだ。

 あと少しで自由が待ってるのに『俺の事は良いから先に行け!』みたいな死亡フラグは立てたくない。


 だから俺は全力で山を降りていた。


「……あの、アレン」

 

 ヒロインは俺の服を小さく掴み、恐る恐る名を呼んだ。

 

「なんだ?」


「……ごめんなさい」


「どうした急に」

 

 先程からずっと、ヒロインは今までのように逃げる素振りがない。

 大人しく俺に抱き上げられていた。


「アレンの事を信じてたらこんなことにはなりませんでした」


「良いよ、そもそも俺が悪いんだ。謝るのは俺の方だよ」


 確かに山道の入口で街に戻っていれば捕まる事も無かった。


 だが、元々は逃げられるような事をしていたアレンが悪い。

 ヒロインが謝るような事じゃない。


 謝るべきは俺だ。


 ただどうやって謝る……?

 アレンが具体的にどういう悪事を働いていたかを俺は知らない。

 とりあえず当たり障り無くいくか?


「ずっと酷い仕打ちをしてきて悪かった」


 まずい。

 かなり棒読みになってしまった。

 それに続く言葉が出ない。


「……」


 演技掛かった謝罪にヒロインは冷ややかに目を細めている。

 かなりまずい。気持ちが込もっていない事がヒロインにはバレているようだ。


 だが気持ちの込めようがない。


 やったのはアレンで俺ではないし。

 だが今の俺はアレンだからアレンとして謝らなければならない。


 ややこしいな。


「あー……えーっと」


 とにかくなんでもいいから続く言葉を並べるべきだ。

 俺はそう思い、冷や汗を流しながら必死に言葉を選んでいると。


 急にヒロインが抱きついてきた。


「もう言葉はいいです。謝り慣れていないアレンがちゃんと『ごめんなさい』出来ただけで偉いですから」


「……!?」


 耳元でヒロインの綺麗な声が響く。

 その声音は優しく柔らかい。


 ゲームでゴーグル越しに何度も見た顔、聞いた声だ。


 しかし身体が触れて伝わる体温と耳にかかる温かい吐息、背中に回された細い腕から伝わる力。

 そのどれも感じたことが無い。


 今まで俺はどこかNPCに対して接しているような感覚だった。


 しかし『エルフィ』は確かにここに居て、確かに俺に話しかけている。

 今感じているのは明確な意思と命のある『エルフィ』の感覚だ。


 こんなに温かい奴だとは思っていなかった。

 

「ありがとう」


 エルフィの寛大な許しに俺は礼を言う。

 まさか簡単に許して貰えるとは思っていなかった。

 ヤンキーが子猫を助けると好感度が急上昇する効果だろうか。

 

 俺がここまでの目的達成に少し安堵すると、俺の肩に顔を埋めていたエルフィが顔を上げた。


 そして触れる身体を少し離して微笑み、言った。

 

「でも許してあげません」


 あれ?


「アレンは私の人生を何年も奪ったんです。『ごめんね』の一つで済むものじゃないですから」


 エルフィは俺の瞳を見つめて、言葉を続ける。


「だから――」



 ――それは突然の出来事だった。


 遥か後方から空気が弾けるような、雷鳴のような轟音が鳴り響いた。


 俺は反射的に振り向く。


 だがその時には跳んで来ていた魔人が既に拳を振り上げており。


 俺はエルフィごと地面へ叩きつけられた。

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