第7話

「さて……そろそろヒロインが来る時間か?」


 日が落ちてしばらく経った。

 もうヒロインがいつ来てもおかしくない。


 そう思って俺が山道を注視した時だった。


「何だ?」


 巨木を倒したかのような音が連続して聞こえてきた。


 巨大な足音……なのか?


 鳥の大群が飛び去る。

 そういえば動物の気配がしなくなった。


 静かだ。あの足音以外。

 

 どうなってるんだ?

 何が起きているのかは分からない。

 しかしただならない雰囲気が山に漂っているのは分かった。


………


「やっと来たな!」


 山道の入口にとうとうヒロインがやってきたのが見えた。


 一安心だ。

 俺の行動でストーリーが変わってもうここには来ない世界線になったんじゃないかと不安になってきていた所だった。


 俺は木から飛び降りるとヒロインの前に着地した。


 えーっと名前はエルフィだったか。

 

「エルフィ良かった。もう会えないかと思ってた」


「アレン……!? もう会わないって言ったはずです!」


 ヒロインは旅に出るのか大きな荷物を背負っていた。

 しかし俺を見た瞬間、ヒロインは荷物を置いて一気に警戒の色を強める。


「全財産は置いていきますからもう来ないで下さい!! 『妨害の霧オブストラクション』!」

 

 ヒロインは荷物を投げつけると同時に煙幕を張った。


 視界が覆われる。


 詫びの一つでも持ってくるべきだったか。

 ヒロインのアレンに対する好感度は最低方向にカンストしているようだ。

  

「だから話をしに来ただけなんだって!」


「今までそれで本当に話だけだったことないじゃないですか!」


 遠くからヒロインの叫び声が聞こえた。


 まじか。こいつ既に同じ事やって裏切ってるのかよ。


 何度目か分からないアレンへの失望が過るが、それどころではない。

 また逃げられてしまう。


 もうここは奴隷商達の巣窟だ。

 ここで逃がしたらヒロインは捕まり、俺のざまぁルートは確定してしまう。


 とにかく言うだけ言わなければ。


「奴隷商がここで張ってる! 奥には行くな!」


「絶対嘘です!!!」


 瞬間の否定。欠片も信じてもらえないようだ。


 アレン、本当にゴミだったんだな……。


 霧が晴れて来た。

 当然ヒロインは姿をくらました後だ。


 見失った。


「まじでどうする……?」

 

 とりあえず高い木の上に登りながら俺は考える。


 ヒロインが捕まったとして。

 奴隷商達だけなら倒して逃げ切れそうだ。


 だが、嫌な予感がする。


 先程の足音や重く異様な静寂。

 ここに居るのはかなりまずい。


 早いところヒロインを見つけて、とりあえず拐ってでもここから遠ざけないといけない。


 焦りながら木の頂点にたどり着いた俺はすぐにヒロインを探した。


「――!?」


 しかし遠くから聞こえた落雷のような破壊音に俺は意識を向けさせられた。


 遠くに巨大な影が見える。

 月明かりに照らされたその姿を見て俺は絶句した。


「何だあいつ……!?」


 森に生える高い木の倍はある体躯と、赤黒く爛れているかのような分厚い皮膚。

 人とはかけ離れたその巨体の頭部には角が生えていた。


 魔人だ。


 ゲーム中では終盤に出てくるような敵だ。

 レベルがかなり高い。

 今の俺のレベルではどうやっても勝てないレベル差だ。


 そんな奴が森の木々を草を払うように薙ぎ倒しながら歩いていた。

  

 ヒロインのスキルがあれば倒せるだろうが……つけてくれるか?


 いや今はどうでもいい。

 今はヒロインの場所だ。


 俺は山を見渡しヒロインを探す。

 嫌な予感がして一番目立つ魔人の足元を見た。


 すると簡単に見つかった。


「捕まってる!?」


 最悪だ。

 見つけたのは魔人の足元。

 奴隷商達に囲まれて逃げ場を失っていた。


 いわんこっちゃない。


「間に合うか……!?」


 俺は木から降り、全速力で走りだした。

 ヒロインが捕まっていた場所は俺の居る位置からはかなり遠い場所だ。

 死に物狂いの全力で俺から逃げたのだろう。

 結構時間がかかってしまう。


 ここでヒロインが拐われれば俺は終わりだ。

 ヒロインは正主人公に助けられ、そしてそいつと共に俺を一生追いかけ回してくる事になる。

 チート爆盛の正主人公と、とんでも支援スキルを持ったヒロインから逃げ続けるなんて不可能だ。

 

 今ヒロインを助けるしかない。


 俺の明るい未来のために。

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