白の巌流島
烏目 ヒツキ
パンツレスリング
地獄の学校生活
この世には、打撃や足技、関節技などを使わない格闘技がある。
それが、パンツレスリング。
ルールは至って、シンプル。
先に脱がした方が勝ち、という子供でも覚えられるルールが特徴の格闘技。
正装は、色や細かいデザインを問わず、ブリーフのみ。
さらに打撃などを伴わない事から、格闘技の中で最も健全であり、雌雄を決するには一番とまで言われている。
世界でも注目の的となる格闘技は、絶大な人気を誇る事から、アンチの数もうなぎ上り。
今や、老若男女問わず、健康法の一つとしても広く知られていた。
さらに特徴的なのは、そのシンプルな攻撃方法から、プロが素人に手を出す事態にまで発展している。だが、怪我は一切しないので、運営側は対処に困っていた。
プロだけではなく、イジメの方法としても活用され、良い意味でも悪い意味でも周知されている。
パンツレスリングは偉大だ。
しかし、まあまあ迷惑だ。
そして、今もこの瞬間、世界のどこかでは、互いのブリーフを狙っているに違いなかった。
*
ボク――佐藤タマオは、イジメられっ子だ。
眼鏡を掛けた脂ギッシュのデブというだけで、クラスの不良に目を付けられ、強制的に
「っはぁ! はぁ!」
「オラ! どうしたぁ? もうヘバったかぁ?」
相手はボクよりも身長の高い大男。
大体、180cmくらいか。
ボクは160cmジャスト。
しかも、いじめっ子の牛島はボク以上の力士体型だ。
「……ぐあぁ……っ! はぁ……はぁ……」
教室のど真ん中で、ボクと牛島はブリーフ一丁になっていた。
周りの連中は、喧嘩を面白半分に見て、嘲笑っている。
いや、喧嘩ではないか。
一方的な暴力を目の当たりにして、彼らは娯楽としているのだ。
夏の蒸し暑い教室で取っ組み合いをしたので、教室内は汗と制汗剤のニオイが充満。
自分の汗でぬるぬるになった床にへばりつき、ボクは牛島の足を見つめる。
「クソザコは一生這い蹲ってりゃいいんだよ!」
床の冷たさが股間に伝わってくる。
パンツはとっくに脱がされ、残ったのは失意のみ。
結局、イジメなんてなくならない。
やめてくれ、と言えばパンツを脱がされる。
必死に抵抗したけど、無理だった。
ボクが動けないでいると、教室の中には耳障りな女の声が響いた。
「あのぉ! 教室で脱がし合うのやめてくれます!? 迷惑なんですけど!」
「うるせぇんだよ! クソフェミが! 黙ってろ!」
「はぁ!? さっきから教室が臭くて敵わないんだってば!」
声で分かる。
耳とか神経に障る最悪の金切り声。
フェミ思想の強いヒス子の声だ。
首を回転させると、列の前にいるショートボブの子が見えた。
眼鏡を掛けたインテリ風の女子で、いかにもうるさいって感じ。
彼女の事は大っ嫌いだけど、この時ばかりは「すげぇな」と感心した。
「あんま騒ぐと、……脱がすぞ。こら」
「それ犯罪って知ってます?」
「犯罪じゃねえ。タイマンだ」
「や、だから、何で女の下着を×××××(よく聞き取れない)」
ヒステリックな叫びが教室内に響く。
注意がヒス子に向いている間、ボクは力の入らない腕を無理やり動かし、脱がされた白のブリーフを履いた。
正直、クラスの連中には尻の穴まで見られた。
もう見られ過ぎて、大した感動もない。
羞恥心すら失ってしまった。
「あー、うるっせ。な~にが女、女だ。馬鹿くせぇ。ブリーフも履けねえ女なんてなぁ。女じゃねえんだよ」
「おっかしいでしょ! ねえ。みんな、こればかりはアタシの方が正しいでしょ⁉ 何で無反応なの⁉」
ヒス子は害悪だ。
それは分かってる。
でも、言いたい事を言えるのは、本当に羨ましい。
着替え終わったボクは、自分の席に戻った。
一番後ろの真ん中に座り、すぐに鞄を抱く。
チャックだけ開けて、鞄の中に手を突っ込むと、人生のヒロインに指先を触れて、ボクは心の安寧を手に入れた。
「ち……くしょぉ……」
どうして、ボクがこんな目に遭わないといけないんだ。
ただ、学校にきてフィギュアとお話をして、真面目に勉強をして、大好きな変身ヒロインの動画を眺めて、ぼっち生活を満喫していたのに。
――どうして。
気が付けば、拳を硬く握りしめていた。
悔しい。
悔しくて堪らない。
でも、我慢しなきゃ。
我慢すれば、いつか終わるんだ。
「くそ……」
ボクの学校生活は――地獄だった。
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