勇者召喚されたので、とりあえず逃げます。

久遠 れんり

それは、突然の理不尽

第1話 召喚されたようだ

 僕たちは、理不尽な仕打ちを受けていた。

 体には、ダメージが蓄積し、目眩まで遣ってくる。


 路面は日の光に焼かれ、この体感。気温は四十度を超えているだろう。多分……

 それでも、僕らは、ただ待ち続ける。


 夏場の信号待ち……

 ―― それは、かくも辛いものである。


 そして俺は…… いや俺達は、その時確かに、何かの音を聞いて、ふと振り返った。



 暗転。

 そして世界が変わった。

「―― ようこそ、勇者様方」

 見えていた世界が、いきなり代わり、同時に周りの気温が一気に変わった。

「うわ…… 寒う」

 誰かが言った。


 汗をかいていた体が、急激に冷やされる。

 周りは、石造りで円形の部屋。

 妙に声が響き、単なるオッサンの声が幻想的に聞こえる。


 広さは、ざっと二十畳ほど。

 壁にある突起は空間の音響緩衝を意識したものか、単なる柱か。

 話を振ったが…… それはどうでも良い。とにかく寒い。


 古めかしい鎧を着込んだ兵達が、剣を携えてざっと十人ほど周りを囲み、その他に変な格好をした者達が三人。

 二人は、中世貴族のような服でレースが、袖口や首筋から出ている。


 もう一人は、まるで神官のような出で立ち。


 俺はそれを見て、思わず小声で「ステータスオープン」と唱えるが、何も起こらず。

 だが、つい言ってしまったことで、さっきまでの暑さで、ダメージを負っていた心に、さらにダメージが加わる事になる。


 そう…… 気を付けてこそっと言ったのに、言った瞬間、周りの目。いくつかがこちらを向いたのだ。


 それは、近くにいた三人ほどだったが、その目は何かを伝えてきた。そして、すっと逸らされ離れていく。


「言葉は分かるかね。先ほど宰相様が、君達に対してお言葉をかけられたのだが」

 いきなり変わった光景に皆が驚き、『ようこそ、勇者様方』なんていう、訳の分からない問いかけを皆が無視をした。


 この状況で反応できるのは、一部の人間だけだろう。

 普通は、そう……


 現状が把握できず、状況を理解するため、冷静に見るか、驚き、あわてるか、パニックを起こす。

「いやぁ。何これ。ココ何処よ」

「何だよ一体」

 交差点での記憶にはなかったが、高校生三人くらいが騒ぎ出した。


「静まれ」

 さっきのオッサンが言った瞬間、兵達が剣を抜く。


 シャランと、金属がこすれる音がする。

 意外と刃厚が薄いのか? そんなことを考える。

「ひぃぃ」

 高校生の一人が、昔懐かしい悪の組織員のような声を出す。


 これを知っているのは、家の親父よりも上の世代だろう。

 主人公は、バッタの能力を加えられた人造人間だったな。


 高校生は、男二人と女の子一人。

 距離感がおかしい。どちらかと付き合っているのか、それとも二人と……

 そんな下種な妄想をしてしまう。


「よろしいかな。―― 君達は、勇者として召喚をした。我がソドムート王国がな」

 あっ、やっぱりそうなんだ。


 おれ、長尾正和ながお まさかず二八歳。

 ラノベ、アニメ好き。電気の設備屋。独身よろしく。

 無論口には出さない。これは、自己紹介の練習。

 この後にきっと、必要になるだろう。

 ふと思い出した俺は、着ているファン付き作業服のスイッチをそっと切る。

 


 周りでぽかんとしているのは、多分普通の人達。

 見た感じ、格好も年も、そして反応もバラバラ。

 高校生? が、さっきの三人かなぁ。

 夏期講習なのか、私服でよくわからん。

 ただ若い。


 あとは、主婦?と、制服を着たどこかの事務員さん。

 男は、営業さんとか、普通の良くある異世界転移と違って一般人がいっぱい。

 まあ俺も、作業服だし。

 そう言えば、中にはまだペルチェを使った、冷却ベストまで着ている。

 寒い…… スイッチを切り替えれば、冷暖反転が出来たはずだが、バッテーが勿体ない切ろう。


 工具入れが、握られているのは、運がよかったのか?


 そこからは、まあ定番。

 ただし、能力を見る石板とか、水晶はなく。促されるまま部屋を移動する。


 今はやはり冬のようだ。

 ここは、尖塔のようで、渡り廊下の外は雪景色。


 眼下には、城壁とその向こうに立ち並ぶ、おもちゃのような家。

 瓦ではなく、木の板で屋根を葺いているようだ。


「中世以前かな」

 ぼそっと言うと、横からも声が聞こえる。

「そんな感じですね」

 横に来たのは、Yシャツを着た人。

 

「同業ですね。私は小売ですけれど」

「電設屋です。長尾正和といいます」

 電設屋とは、電気の設備屋。なんでもの配線屋。ただし俺は屋内側のみ。


「私は、山口義文やまぐち よしふみ。まあ町の電気屋さんです」

「こりゃどうも」

 探ると、持ち物はあったので、名刺交換を行う。


「どういう事なんでしょうね?」

 周りの景色を見れば、日本じゃないことは理解できる。


「荒唐無稽な話しですが、勇者召喚。ここはたぶん、異世界です」

「勇者召喚? 異世界?」

「ええ。さっき宰相という人が、説明をしていたでしょう。ラノベとかで定番な奴ですね」

 周りを囲み、ガシャガシャと歩く兵団。


 異世界じゃなければ、どんだけ質の悪いいたずらだよ。


「立ち止まるな。王がお待ちなのだ。急げ」

 偉そうな兵が、剣を突きつけながら命令をしてくる。

 態度が悪い。


 その思いは、ことのほか当たっていたようだ。


 この後王と、謁見の間であったが、ふーんきたのかという感じ。

「勇者となったのだから、我が王国のために死ぬ気で頑張れ」

 そう言い残すと、いなくなってしまった。


 そう、見知っているラノベとかの召喚と扱いが違いすぎる。

 その思いは、勘違いではなく現実の物となる。


 翌朝、強引に夜明けと共に起こされて特訓。


 昨日は、あの後部屋に通され、なんか根菜を煮ただけのモノを食わせてくれた。

 塩味さえなく、言わば土の味がした。

 そして着替えとされたのが、ごつい生地の服。

 なんかの繊維。

 ウールとかじゃなく、植物系。

 

 今朝着替えていなかったら、棒で殴られた。

 このごつい服は、防具の役目もあるらしい。

 それなら言えよと言いたい。


 そして、重い剣を持って素振り。

 重いが…… あれ? 振るごとに軽くなっていく。


 謎素材? そんな馬鹿な。

 女の人達も、軽く振り始めた。

 勇者特典、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

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