第6話 魔王の想い


「オリビアが可愛すぎる」


 レオニダは執務室でそう呟いた。

 オリビアがシュタイナー魔王国にやってきてから、数日が過ぎた。


 彼女はまだ体調が治っておらず、まだ魔王国の城下町などを案内できていない。


 もともと身体に栄養が足りておらず、風邪が長引いている感じだ。


「またそれですか、陛下」


 魔王レオニダの側近で書類仕事などを手伝ってくれる男、レイスがそう言った。

 レイスは髪が茶髪で、側頭部に白色の角が二本生えている。


 魔人族は人族とほぼ容姿は変わらないが、角と尻尾が生えていることが多い。


 角は大きさで強さがだいたいわかるが、レイスはまあまあ大きいほうだ。


 レオニダだけは例外で、角も尻尾も生えていない。


 魔王はなぜか角と尻尾が生えずに生まれてくるのだ。


「ああ。何度も言うが、オリビアは可愛い」

「はいはい、そうですね」

「あっ? お前も可愛いと思っているのか? 狙っているのか? そうなのか?」

「そんなわけないじゃないですか。落ち着いてください」


 レイスがオリビアを狙っていると思ったが、どうやら違うようだ。


 あんな可愛くて愛らしい存在を、レオニダは知らない。

 漆黒の髪はとても美しく、顔立ちも童顔でとても可愛らしい。


 十八歳ということなので、結婚も問題なくできるだろう。


 問題なのは、彼女が隣国の人族の出身ということだが……。


 彼女はおそらく――虐待を受けて育っている。


 会った時もそうだったし、その後にビッセリンク辺境伯家に向かった時もそうだ。

 あんな夜遅くに魔の森に放置されていた。


 しかも全身が濡れていて、もう少しレオニダが助けに来るのが遅れていたら、手遅れだったかもしれない。


 そう考えるととても恐ろしいし、彼女にそんなことをした者、おそらく妹のイオラが腹立たしい。


「魔王様。魔力が漏れています」

「むっ……すまない。オリビアのことを考えていたからな」

「それだとオリビア様を見て興奮してそうなった、みたいに解釈できますよ」

「ふむ、あながち間違いじゃない」

「キモイですよ」

「仕方ない。俺も運命の寵姫に出会ったのは初めてなのだから」


 レオニダが魔王国の魔王として即位してから百年ほど。


 魔王国の魔王に即位する者は、ある言い伝えがあった。


 曰く――魔王には寵姫が現れる、と。


 寵姫以外は愛せず、例え愛したとしても寵姫と出会った瞬間に、今までの愛が全て子供のお遊びにしか感じないほどだと。


 今までの歴代魔王達も、寵姫と出会えた者と出会えない者がいた。


 出会うのは運、偶然。

 だからこそ、運命の寵姫。


 レオニダも数百年生きてきて、もう会えないものだと思っていた。


 魔王が長寿なのは、寵姫と会うためだと思うほどに――レオニダはオリビアを見た瞬間、運命を感じた。


 執務室の窓から庭を見下ろすと、オリビアが散歩をしていた。


 彼女の後ろにはメイドが数人と、狼の魔獣が歩いている。


「しかし、寵姫はあそこまで魔獣に好かれるのだな」

「そうですね。私、ホワイトウルフがあんなに人に懐いているところを初めて見ましたよ」

「俺も意思疎通を取れるが、好かれてはいないしな。それに一番は妖狐だ、あの魔獣はここ百年で二度くらいしか見たことなかったんだがな」


 オリビアが今胸に抱いている妖狐はとても珍しい魔獣で、レオニダですらあまり見たことがない。

 妖狐は人に懐かず、魔の森の奥深くで暮らしているという魔獣だったのだが。


「魔の印は相当の効果を持っているな」

「魔獣だけじゃなくて魔王にも効果はあるようですが」

「効果があるのかは知らないが、この上なく魅力的には見えるな」

「オリビア様に『世界を滅ぼしてほしい』って言われたら、どうしますか?」

「ふむ、理由を聞いて納得できたら全力で応える」

「うわぁ……ヤバいですね」

「ああ、俺も自分で言っておいて本気でやりそうだから、寵姫とは恐ろしいものだ」

「しかも魔王様、なんだか魔力量が上がってないですか?」

「寵姫と出会うと魔王は強くなるという言い伝えもあったが、本当だったようだ」


 魔王レオニダはもともと強い。その気になれば一人で大国を滅ぼせるほどに。


 そんなレオニダが寵姫のオリビアと出会ってから、さらに強さが増した。


 魔力量の絶対量が増えていることが、側近のレイスにもわかる。


「一緒にいる時間が多いほど魔力が増えるから、おそらくまだ増えていく。一回どこかで自分の力を試したいな」

「壊しすぎないようにしてくださいよ」

「わかっている」


 そんな話しながら、庭にいるオリビアの様子を見ている二人。

 すると彼女の後ろにいるメイドのエリセがこちらに気づいて、オリビアに耳打ちをしているのが見えた。


 オリビアが見上げてきて、レオニダと視線が合うと少し困ったように笑った。


「可愛いな」

「陛下、心の声が漏れています」

「これは漏れたんじゃない、愛おしさが溢れ出たんだ」

「同じようなものでは?」


 オリビアを正面や横から見ることが多いが、上から見ても愛らしい。

 おそらく下から見ても愛らしいのだろう。


「そろそろ書類仕事は終わっただろう? オリビアのもとへと行ってもいいか?」

「止めても行くのでしょう?」

「まあそうだな」


 レオニダは窓を開けて足をかけ、そのまま飛び降りた。

 城の執務室から庭の地面まで、高さは十数メートルあるが全く問題ない。


 彼は軽く着地をして、少し驚いている様子のオリビアに近づく。


「オリビア、体調は問題ないか?」

「は、はい、風邪は治ってきましたが……レオニダ様こそ、大丈夫ですか? すごい高さから落ちてきましたが」

「俺はこれくらいで怪我一つしないぞ。オリビアはやめておいたほうがいいだろうが」

「ふふっ、もちろんやりませんよ」


 レオニダの冗談に笑ったオリビア。

 最近は笑みを見せるくらいには心を開いてくれているようだ。


 それも胸に抱えている妖狐などの魔獣のお陰で余裕が出ているのだろう。


 彼女は魔獣が好きなようだから。

 オリビアの笑みがレオニダは好きだから、魔獣達には感謝している。


「魔王城で不自由はないか? 何かあったらすぐにメイドや使用人に言うがいい」

「いえ、不自由など全くなく、とても良くしてもらっています。私にはもったいない対応で恐縮です」

「いずれ王妃になるのだから、当然のことだろう」

「っ、それは、その……」


 顔を赤くして逸らすオリビア。


 この数日間、レオニダはオリビアと話す時はずっと口説いてきた。


 空気を吐くように「可愛い」と言うし、何度も結婚をほのめかすような言葉を言ってきた。


 その度に顔を赤らめるオリビアに、さらに惚れこんでいたレオニダだった。


「その返事はまだ、待ってもらっていいですか?」

「ああ、もちろんだ。俺はいつまでも待つぞ」


 レオニダはオリビアの手を取り、手の甲に唇を落とす。


「すみません」


 彼女は困ったように笑ってそう言った。

 その愛らしい笑顔を、自分の横でずっと見せてほしい。


 レオニダは心の底からそう思った。


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