金髪女子高生とギターと最低の新学年

綿串天兵

同じクラスにバンド仲間

 ガタン――大きく電車が揺れた。


「あっ」


 すかさずポールをつかむ。さらに小さくゴトン、ゴトンと電車が揺れる。ついでに頭の上の吊り輪も揺れる。


 立ったまま少し眠っていたみたい。嫌な夢を見たな、少し手のひらが汗ばんでいて、ポールを握る感触がちょっと変な感じ。


 時々、思い出すかのように現れる墨汁の夢。


「ふう」


 軽く深呼吸をしてみた。ロングシートだけのシンプルな車両。あたしと同じ制服を着た高校生、それにサラリーマン、大学生っぽい人たち、色々な人が乗っている。


 あたしは二番目の車両に乗り、ドア近くのポールにつかまっていた。最後尾の車両の方が駅の出入り口に近いけど、けっこう混むから好きになれない。


 混むと視界が悪いし、背の低いあたしにとっては地獄になる。息が詰まるし他人のにおいが気になって、いつも二番目の車両に乗っている。


 駅を降りて徒歩五分、横断歩道を渡るとあたしの通う三浦高校の正門がある。他の生徒たちは、高校までもっとも近い横断歩道を使うけど、あたしは正門をちょっと超えた横断歩道を使っている。


 どちらかと言えば陰キャ、ボッチ系だから、他の生徒たちが楽しく会話をしながら歩いているのを見ると、ちょっと気が重くなる。

 

 正門を抜け、校舎を目指した。そして人だかりのできている場所で足を止めた。


 クラス割りが書かれた大きな紙が貼られている。あたしは迷わず三年生の紙を見た。


 ――朱巳あけみ楼珠ろうず


 あった。「朱巳あけみ」は最初の方に書いてあるから、自分の名前を探すのは簡単だ。


 友だちはいるかな……何人か知っている名前はあったけど、友だちの名前は見当たらない。そもそも、友だちと呼べる生徒は三人しかいない。


 全部で八クラス、友だちと一緒のクラスになれる確率は低い。それより最悪なのは、あたしにこくったことのある男子生徒の名前が数名あったこと。嫌な予感しかしない。


楼珠ろうず、おはよ! やっと同じクラスになれたね!」


 後ろからいきなり両肩をつかまれた。聞きなれた声、葉寧はねいだ。


葉寧はねい、おはよ、びっくりしたよ」

楼珠ろうずはちっこくても、髪の毛の色ですぐにわかっちゃうもん」


 あたしの髪の毛は金髪。瞳は青色。でも美人ではない。強いて言えばカワイイ系ということにしよう。ちょっと丸顔だから。


 こののせいで、あまりいい思いをしたことがない。チャラチャラした男に声かけられたり付きまとわれたり、知らない男子生徒からいきなりこくられたり。


 告白する方も勇気いると思うけど、断る方も心が痛いんだよ。肩を落として、うつむいている姿を見ると、情が移っちゃいそうになる。


 ひどい人になると、暴言を吐いて立ち去っていく。ひどい気分になる。


「そだね。あれ? 同じクラス?」

「ほら、よく見て」


 あたしは、改めて大きな紙を見た。「吉崎よしざき」は後ろの方にあったので、見つける前に葉寧はねいに肩をつかまれただけだった。


「あ、ほんとだ」

「そういえば、お母さん、フランスに帰っているんだって?」

「うん、今週末、戻ってくるよ」

「お土産、楽しみ~」


 お母さんが買ってくるお土産は、いつもおいしい。観光客と違ってスーパーで買ってくるから。お父さんは、お土産よりも財布の方が心配みたいだけど。


 葉寧はねいはスマホを取り出した。


「ね、同じクラスになった記念に写真撮ろうよ」

「いつも写真、一緒に撮ってるじゃん」

「いいのいいの、今日、撮るから意味があるの」


――カシャ


 どうして日本のスマホはシャッター音がするんだろう?お母さんの実家に行ったとき、あたしたちのスマホだけカシャカシャ言うから恥ずかしかった。


「じゃあ、教室に行こうか」

「うん」


 葉寧はねいはいつも元気。一緒にバンドを始めて一年半ぐらい経つけど、友だちも多いし、何かにつけて元気づけてくれる。


 教室は、ドアも窓も開いていた。春休み明けだから換気のためかもしれない。なんとなく木のにおいがする。窓にかかった水色のカーテンがふわふわと揺れていた。


 ちょっと古びた机にバッグを置いて、中から筆記用具だけ取り出すと、机の横にかけた。


 それからしばらくして生徒全員がそろったころ、チャイムが鳴った。ほぼ同時に先生が教室に入ってきた。


 先生は教壇に立つと、ゆっくりとあたしたちを見渡した。四十代ぐらいかな、ぴったりとしたスカートをはいている。


「今日から担任になる南島なしまつつじです。担当は英語です。趣味は乗馬です。後は合気道、それに若いころは新体操をしていました」


 何人かの生徒から「えー」という歓声が上がった。確かに乗馬が趣味というのはめずらしいな。それに素敵なプロポーション、確かに新体操をしていたって感じ。あたしも南島なしま先生みたいに歳を取りたいな。


「みなさん、知らないかもしれないですけど、松木々まつきぎ公園の奥に乗馬場があるんですよ」


 松木々まつきぎ公園は、ここから歩いて……二十分ぐらいかな。けっこう近い。


 昔、何度も家族で行ったことがある。その名の通り、松の木がたくさんあって、グランドや乗馬場がある。


「それでは、せっかくなので自己紹介は英語でしたいと思います。みなさんも楽しく、英語で自己紹介してくださいね」


 う、ダメかも……英語、実は苦手なんだよ……。日常会話ならフランス語の方が得意。このだから、よく、英語が得意と勘違いされるけど、普通なんだよ。


「メイ・アイ・イントロデュース・マイセルフ……」


 南島なしま先生の自己紹介が始まった。なかなか流ちょうな英語で、発音もきれい。南島なしま先生は、自己紹介をさらっと終えた。


 その後、何人かの生徒が自己紹介し、だんだんとあたしの順番が近づいてくる。どうしよう、何を話そう。発音はそこそこ自信あるけど……。


 目の前の生徒が着席したのを確認し、意を決して立ち上がった。他の生徒の視線が集まる。どうせ、みんなはあたしの名前を知っているんだろうけど、あたしは知らない。


「マ、マイ・ネーム・イズ・ロウズ・アケミ」


 うう、肺と肺の間が熱い。心拍数が上がっている気がする。手は軽く握っているだけなのに、手のひらに湿り気を感じる。きっと、スマートウォッチを付けていたら、凄い数字を示すに違いない。


 人と話すのも苦手なのに、それを英語でって、なんの苦行なの?


「ナイス・トゥ・ミー・チュー」


 終わった。もう、この二行だけでいいや。あたしは音をたてないよう、ゆっくりと椅子に座った。げんなりする。


 全員の自己紹介が終わると、続いて、委員決めの時間になった。隣の女子生徒があたしの方を見た。


 日焼けしたショートカットの女子生徒。


朱巳あけみさんも何かやったら?」

「えっと、あの……」

寺沢てらさわ穂美ほのみよ、よろしくね」

「あ、はい、よろしく」


 不思議だ。委員は全員やらなくてもいい。なのにどうして、あたしを指名してくるんだろう?


朱巳あけみさん、一年、二年とも、なにも委員やっていなかったよね。一度ぐらい、やったほうがいいと思うの」

「え?そ、そうね」


 寺沢さん、なんでそんなこと知っているの?寺沢さんとは、一度も同じクラスになったことがないのに。


「じゃあ、どれか立候補したら?」

「なん、なんでもいいかな」


「風紀委員とか」

「えっと、あたし、こんな髪の毛だから……」

「じゃあ、文化委員とか」

「あの、文化祭、演奏するほうだから……」


「さっき、『なんでもいいかな』って言ったよね?」


 寺沢さんは、少し強めの口調で話した。しかし、そういう性格なのだろうか、特に悪意は感じない。でも怖いことに変わりはない。


 教室内を見渡すと、何人かの男子と女子は、寺沢さんと違って、わずかに上向きにした顔と、目つきが何やらあたしを見下しているように感じる。男子はあたしにこくった生徒だ。痛い。


 やっぱり、今年もダメかも。どうもクラスになじめないというか、なじませてくれないというか。


楼珠ろうず、図書委員とかどう?」


 数秒の静粛を、葉寧はねいの声が動かした。そうだ、葉寧はねいは去年、図書委員をやっていた。葉寧はねいが言うのだから大丈夫かも。


「う、うん、じゃあ、図書委員に立候補する」

「決まりね」


 寺沢さんは、自分の席に座っているという立場にも関わらず、しかも他の立候補者を待つことなく、勝手にあたしを図書委員にしてしまった。


朱巳あけみさん、図書は私も関わっていますから、大丈夫ですよ」


 南島なしま先生の声が聞こえたが、何が大丈夫なのかよくわからず、とりあえずうなずいた。


 初日のお昼休み、寺沢さんはお弁当を食べ終わると、あたしの顔をじっと見た。やだな……。


「あ、ごめん、つい見とれちゃって」

「ううん」

「うん、瞳の色も素敵。でも、フランス人形とは違うかな。あ、かわいいってことだよ」

「ありがと」


 別に、あたしは慣れているから。みんな、物めずらしそうにみる。フランス人だからと言って、みんながみんな美男美女じゃないし。


 それに、お兄ちゃんたちと違って、あたしの顔は如何にも日本人って感じだし。


「ほんとにかわいいから」

「そんなことないよ」


 その後、あたしたちは順番に保健室へ行き、あたしにとっては一番きらいなイベント、身体測定をした。


楼珠ろうず、身長伸びてた?私、一六三センチになったよ」

葉寧はねい、うらやましい。あたし、一四九センチ。あ、でも四捨五入すると一五〇センチだから」

「一年生の時からまったく変わっていないよね」


 葉寧はねいは、しまったと思ったのか、ちょっと複雑な笑顔で遠慮がちな表情をした。


「うーん、実は、小六からほとんど伸びてない」

「そっか、ということは、また成長期が来るかもしれないね」

「うん、来るといいけど」

「大丈夫、大丈夫。だって、お兄さんたち、背、高いじゃん」

「でも、お父さんもお母さんも、背、低いんだよね」


 身長には遺伝性があると思っていたけど、うちに関して言えば当てはまらない。



  ♪  ♪  ♪



 新学年が始まってから数日、なんとなくクラスの中に、寺沢さんを含めていくつかのグループができてきた気がする。お弁当を食べるとき、下校するとき、遊びに行く予定の話をするとき。


 あたしは蚊帳の外という感じで、今は必要なことしか話さない。慣れてはいるけど、ちょっときつい。


楼珠ろうず、おはよ!」

「おはよ」


 葉寧はねいがあたしの席に向かって歩いてきた。


「テスト、どうだった?」

「まあまあ。葉寧はねいは?」

「むふふ、良好なのです」

「そっか、良かったね」


 四月は何かと学校行事が多い。一年生の入学式、始業式、そして、すぐに春期学力テストがあってバタバタだ。


 テストが終わってからは、より顕著にグループが見えるようになってきた。


 できあがったグループは、男子女子関係なく、大きく分けて寺沢さんと寺沢さんの友だち、あたしに告ったことがある男子とその友だちのグループ。もうひとつはその他って感じ。


 葉寧はねいは、そんなこと気にせず誰にでも楽しそうに話しかけているけど、あたしは臆病だから、そういうところには敏感。


 そして、どちらのグループも、あたしには話しかけてこない。必要なことは連絡してくれるから、シカトされているというほどじゃない。


 でも、腫れものには触らないって感じがする。気まずいことに変わりはない。


 まあ、この孤独感は慣れている。今、始まったことじゃない。一年生から、いや、中学生の時からこんな感じで、いじめられないだけいいや……と思うことにしよう。でも、やっぱりきつい。


 そんな状況でも、葉寧はねいはあたしによく話しかけてくれ、お弁当は葉寧はねいと二人で食べている。そのせいか、他のクラスメイトが葉寧はねいに話しかける回数が、だんだんと減っている気もする。


 隣の席に座っていた寺沢さんも立ち上がり、こちらをチラっと見た。あ、目が合った。あたしは、反射的に軽く会釈をした。すると、意外なことに、寺沢さんも会釈をしてくれた。


 これはちょっとうれしかった。敵か味方かわからないけど、あからさまに露骨な視線を向けてくる一部の男子とは違う。あたしが悪いわけじゃないのに。理不尽。


楼珠ろうず、行こうか」

「あ、うん」


 あたしと葉寧はねいはバッグを背負うと、ロッカーの横にたてかけてあるギターケース、葉寧はねいはドラムスティックケースを持った。


 さて、お楽しみの時間が始まる。




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


先生の自己紹介の英語フレーズ、ちょっと覚えておくと役に立ちますので、機会があれば、ぜひぜひお役立て下さい。


ワタクシ、中一の時、リアルにいじめにあっていまして、なんとなくその雰囲気が伝わるように書いてみました。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

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それではまた!

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