金髪女子高生とギターと①最低の新学年
綿串天兵
同じクラスにバンド仲間
ガタン――大きく電車が揺れた。
「あっ」
すかさずポールをつかむ。さらに小さくゴトン、ゴトンと電車が揺れる。ついでに頭の上の吊り輪も揺れる。
立ったまま少し眠っていたみたい。嫌な夢を見たな、少し手のひらが汗ばんでいて、ポールを握る感触がちょっと変な感じ。
時々、思い出すかのように現れる墨汁の夢。
「ふう」
軽く深呼吸をしてみた。ロングシートだけのシンプルな車両。あたしと同じ制服を着た高校生、それにサラリーマン、大学生っぽい人たち、色々な人が乗っている。
あたしは二番目の車両に乗り、ドア近くのポールにつかまっていた。最後尾の車両の方が駅の出入り口に近いけど、けっこう混むから好きになれない。
混むと視界が悪いし、背の低いあたしにとっては地獄になる。息が詰まるし他人のにおいが気になって、いつも二番目の車両に乗っている。
駅を降りて徒歩五分、横断歩道を渡るとあたしの通う三浦高校の正門がある。他の生徒たちは、高校までもっとも近い横断歩道を使うけど、あたしは正門をちょっと超えた横断歩道を使っている。
どちらかと言えば陰キャ、ボッチ系だから、他の生徒たちが楽しく会話をしながら歩いているのを見ると、ちょっと気が重くなる。
正門を抜け、校舎を目指した。そして人だかりのできている場所で足を止めた。
クラス割りが書かれた大きな紙が貼られている。あたしは迷わず三年生の紙を見た。
――
あった。「
友だちはいるかな……何人か知っている名前はあったけど、友だちの名前は見当たらない。そもそも、友だちと呼べる生徒は三人しかいない。
全部で八クラス、友だちと一緒のクラスになれる確率は低い。それより最悪なのは、あたしに
「
後ろからいきなり両肩をつかまれた。聞きなれた声、
「
「
あたしの髪の毛は金髪。瞳は青色。でも美人ではない。強いて言えばカワイイ系ということにしよう。ちょっと丸顔だから。
この
告白する方も勇気いると思うけど、断る方も心が痛いんだよ。肩を落として、うつむいている姿を見ると、情が移っちゃいそうになる。
ひどい人になると、暴言を吐いて立ち去っていく。ひどい気分になる。
「そだね。あれ? 同じクラス?」
「ほら、よく見て」
あたしは、改めて大きな紙を見た。「
「あ、ほんとだ」
「そういえば、お母さん、フランスに帰っているんだって?」
「うん、今週末、戻ってくるよ」
「お土産、楽しみ~」
お母さんが買ってくるお土産は、いつもおいしい。観光客と違ってスーパーで買ってくるから。お父さんは、お土産よりも財布の方が心配みたいだけど。
「ね、同じクラスになった記念に写真撮ろうよ」
「いつも写真、一緒に撮ってるじゃん」
「いいのいいの、今日、撮るから意味があるの」
――カシャ
どうして日本のスマホはシャッター音がするんだろう? お母さんの実家に行ったとき、あたしたちのスマホだけカシャカシャ言うから恥ずかしかった。
「じゃあ、教室に行こうか」
「うん」
教室は、ドアも窓も開いていた。春休み明けだから換気のためかもしれない。なんとなく木のにおいがする。窓にかかった水色のカーテンがふわふわと揺れていた。
ちょっと古びた机にバッグを置いて、中から筆記用具だけ取り出すと、机の横にかけた。
それからしばらくして生徒全員がそろったころ、チャイムが鳴った。ほぼ同時に先生が教室に入ってきた。
先生は教壇に立つと、ゆっくりとあたしたちを見渡した。四十代ぐらいかな、ぴったりとしたスカートをはいている。
「今日から担任になる
何人かの生徒から「えー」という歓声が上がった。確かに乗馬が趣味というのはめずらしいな。それに素敵なプロポーション、確かに新体操をしていたって感じ。あたしも
「みなさん、知らないかもしれないですけど、
昔、何度も家族で行ったことがある。その名の通り、松の木がたくさんあって、グランドや乗馬場がある。
「それでは、せっかくなので自己紹介は英語でしたいと思います。みなさんも楽しく、英語で自己紹介してくださいね」
う、ダメかも……英語、実は苦手なんだよ……。日常会話ならフランス語の方が得意。この
「メイ・アイ・イントロデュース・マイセルフ……」
その後、何人かの生徒が自己紹介し、だんだんとあたしの順番が近づいてくる。どうしよう、何を話そう。発音はそこそこ自信あるけど……。
目の前の生徒が着席したのを確認し、意を決して立ち上がった。他の生徒の視線が集まる。どうせ、みんなはあたしの名前を知っているんだろうけど、あたしは知らない。
「マ、マイ・ネーム・イズ・ロウズ・アケミ」
うう、肺と肺の間が熱い。心拍数が上がっている気がする。手は軽く握っているだけなのに、手のひらに湿り気を感じる。きっと、スマートウォッチを付けていたら、凄い数字を示すに違いない。
人と話すのも苦手なのに、それを英語でって、なんの苦行なの?
「ナイス・トゥ・ミー・チュー」
終わった。もう、この二行だけでいいや。あたしは音をたてないよう、ゆっくりと椅子に座った。げんなりする。
全員の自己紹介が終わると、続いて、委員決めの時間になった。隣の女子生徒があたしの方を見た。
日焼けしたショートカットの女子生徒。
「
「えっと、あの……」
「
「あ、はい、よろしく」
不思議だ。委員は全員やらなくてもいい。なのにどうして、あたしを指名してくるんだろう?
「
「え? そ、そうね」
寺沢さん、なんでそんなこと知っているの? 寺沢さんとは、一度も同じクラスになったことがないのに。
「じゃあ、どれか立候補したら?」
「なん、なんでもいいかな」
「風紀委員とか」
「えっと、あたし、こんな髪の毛だから……」
「じゃあ、文化委員とか」
「あの、文化祭、演奏するほうだから……」
「さっき、『なんでもいいかな』って言ったよね?」
寺沢さんは、少し強めの口調で話した。しかし、そういう性格なのだろうか、特に悪意は感じない。でも怖いことに変わりはない。
教室内を見渡すと、何人かの男子と女子は、寺沢さんと違って、わずかに上向きにした顔と、目つきが何やらあたしを見下しているように感じる。男子はあたしに
やっぱり、今年もダメかも。どうもクラスになじめないというか、なじませてくれないというか。
「
数秒の静粛を、
「う、うん、じゃあ、図書委員に立候補する」
「決まりね」
寺沢さんは、自分の席に座っているという立場にも関わらず、しかも他の立候補者を待つことなく、勝手にあたしを図書委員にしてしまった。
「
初日のお昼休み、寺沢さんはお弁当を食べ終わると、あたしの顔をじっと見た。やだな……。
「あ、ごめん、つい見とれちゃって」
「ううん」
「うん、瞳の色も素敵。でも、フランス人形とは違うかな。あ、かわいいってことだよ」
「ありがと」
別に、あたしは慣れているから。みんな、物めずらしそうにみる。フランス人だからと言って、みんながみんな美男美女じゃないし。
それに、お兄ちゃんたちと違って、あたしの顔は如何にも日本人って感じだし。
「ほんとにかわいいから」
「そんなことないよ」
その後、あたしたちは順番に保健室へ行き、あたしにとっては一番きらいなイベント、身体測定をした。
「
「
「一年生の時からまったく変わっていないよね」
「うーん、実は、小六からほとんど伸びてない」
「そっか、ということは、また成長期が来るかもしれないね」
「うん、来るといいけど」
「大丈夫、大丈夫。だって、お兄さんたち、背、高いじゃん」
「でも、お父さんもお母さんも、背、低いんだよね」
身長には遺伝性があると思っていたけど、うちに関して言えば当てはまらない。
♪ ♪ ♪
新学年が始まってから数日、なんとなくクラスの中に、寺沢さんを含めていくつかのグループができてきた気がする。お弁当を食べるとき、下校するとき、遊びに行く予定の話をするとき。
あたしは蚊帳の外という感じで、今は必要なことしか話さない。慣れてはいるけど、ちょっときつい。
「
「おはよ」
「テスト、どうだった?」
「まあまあ。
「むふふ、良好なのです」
「そっか、良かったね」
四月は何かと学校行事が多い。一年生の入学式、始業式、そして、すぐに春期学力テストがあってバタバタだ。
テストが終わってからは、より顕著にグループが見えるようになってきた。
できあがったグループは、男子女子関係なく、大きく分けて寺沢さんと寺沢さんの友だち、あたしに告ったことがある男子とその友だちのグループ。もうひとつはその他って感じ。
そして、どちらのグループも、あたしには話しかけてこない。必要なことは連絡してくれるから、シカトされているというほどじゃない。
でも、腫れものには触らないって感じがする。気まずいことに変わりはない。
まあ、この孤独感は慣れている。今、始まったことじゃない。一年生から、いや、中学生の時からこんな感じで、いじめられないだけいいや……と思うことにしよう。でも、やっぱりきつい。
そんな状況でも、
隣の席に座っていた寺沢さんも立ち上がり、こちらをチラっと見た。あ、目が合った。あたしは、反射的に軽く会釈をした。すると、意外なことに、寺沢さんも会釈をしてくれた。
これはちょっとうれしかった。敵か味方かわからないけど、あからさまに露骨な視線を向けてくる一部の男子とは違う。あたしが悪いわけじゃないのに。理不尽。
「
「あ、うん」
あたしと
さて、お楽しみの時間が始まる。
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
先生の自己紹介の英語フレーズ、ちょっと覚えておくと役に立ちますので、機会があれば、ぜひぜひお役立て下さい。
ワタクシ、中一の時、リアルにいじめにあっていまして、なんとなくその雰囲気が伝わるように書いてみました。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
さらに、フォロー、ブックマークに加えていただけたら、スクワットして喜びます。
それではまた!
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