第9話 掛川由布子5「筋肉」
笑顔の行方
「あった、あった」と母が言う。
「何が」
「おばあちゃんの笑った顔」
「写真見つかったの?」
「そう」
「見せて、見せて」そこには、分からないくらい古い、忘れかけていた祖母の笑顔があった。
亡くなる前、随分長いこと祖母の記憶はあらぬ方向に飛んでいた。
私と母の記憶すらなく、いつしか笑顔と言う物の存在すら忘れてしまうほどの月日が経っていた。
そこで困ったのが、遺影だった。
とにかく笑った写真がない。
私は祖母の事が大好きで、いつも笑っている祖母の顔が大好きだった。
だからどうしても遺影は、あの大好きだった祖母の笑顔でお葬式がしたかった。
無論母も同じで、散々家の中を探した。
とは言え、初めから諦めモードに入っていた。
そもそも祖母は写真が苦手で、カメラを向けられると、目をつぶってしまったり、表情がなくなったりとろくな写真がない。
その上、亡くなる前の病気の悪化だ。
「人の顔というのは、三十以上の筋肉で構成されておりまして、それらが複雑に絡み合い、骨と皮に張り付き、引っ張られ、表情と言うのは作られます」
「そうなんですか」と私は言う。
その時私は(笑顔ファクトリー)という自称、研究施設に来ていた。
「画像技術で笑顔を作ることは簡単です。ですが今申し上げたように、本当のご本人の笑顔は、それらの筋肉を加味しないといけませんので」
「はあ」と私は言ったが、結局そこで遺影を作って貰った。
母は最後まで、なんか違うのよねと言っていたが、仕方なくその写真を使った。
その写真は今も仏壇に飾られている。
四十九日も終わった今頃になって、出てきた写真。
母と私は、その写真を二人で見つめた。
「おばあちゃんってこんな感じで笑うんだっけ」
「ママはどっちかというと、ママが子供の時の方が印象に残っているな」
「そうだ、この笑顔で、由布ちゃん、由布ちゃんて呼ばれていた」
そして私はその古びた写真を、仏壇に置いた。
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