由布子と圭

帆尊歩

第1話 掛川由布子1「本屋」

幾時代かがありまして


(今月末をもって、閉店させていただきます)

その張り紙に引き寄せられるように、あたしはその本屋に入った。

半額の物が多いわりに、お客さんがほとんどいない、と言うのが閉店の大きな理由と思った。

「おじさん、辞めちゃうの」

「おお、由布子ちゃんか、大きくなったな、いくつになった」

「二十六」

「そうか、長くご贔屓ありがとうございます。ほとんど買って貰ったことはないけれど」

「ひどい」とあたしは言うと一つの詩集を手に取った。

思い出の本だ。

あたしはここで一人の男の子と出会った。

あたしはまだ高校生の時だ。

あたしは良く制服のままこの本屋で、この詩集を立ち読みしていた。

「暗記でもするのかい」とおじさんには良く言われたけれど、その時のあたしは本気で暗記しようとしていた。

その日も、ちょうどこの詩集を手に取ろうとして、手が触れあった。

「アッごめんなさい」二人の声がハモって、同時に手を引っ込めた。

そして映画や、ドラマのような展開がおかしくて、二人して見つめ合い笑った。

思えばそんなあたしたちは、今思い出しても可愛かった。

「おじさん、その節はありがとうございました」

「なんかした?」

「出会いの場を提供してくれて」

「ああ、あの男の子ね」

「うん。あれから、幾時代かがありまして」

「詩を真似てる」

「うん」

「この本屋さんには感謝しています。でも同時に手を出したのは、彼の策略だったけどね」

「そうなんだ」

「うん、あたしに一目惚れしたらしくて、タイミングを見計らっていたらしい。まんまとそれに乗せられたって事。でもここがなかったら、それもなかった」

「その策士の彼は?」

「ぐうたら親父で、何にもしてくれない。だから今の彼氏は息子。あの子が全て」

「まあ、そうなるよね」


「あっ、この詩集、買います」

「最後の最後に、やっと買ってくれたか。でも、もっと前から買ってくれていたらな」

とおじさんは言った。

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