第2話 バラの葬送

第1話 バラの葬送


「当方薔薇園における薔薇を奪取したる者は、当然の報いを受けることを覚悟していただくよう申し上げる。また薔薇は命ある物にして、それを折るということは、命その物に対する軽視に他ならなく、猛省を促す物である」




「おいおい、なんだこの張り紙は」僕は剥がしてきた紙を美智の目の前に広げた。


「これくらい、恐そうに書いたら、なんとかならないかな」


「イヤ、ギャグで書いたとしか思えないだろう」妻の美智は花が好きと自分で言う。


自分で言うところがあやしいが。


別に否定する理由もなく好きにさせていたら、玄関先に花壇を作って、薔薇を植えた。


(ROSE GARDEN MiChi)


と言うらしい。


ホームセンターで買って来たブロックを組んで、土を入れただけの花壇。


イヤ、バラ園。


せめてもの救いは、(ROSE GARDEN MiChi)なんてこっぱずかしい、看板を掲げていないことだ。


ところが事件が起こった。


二、三日に一度位の頻度で、一番手前の右端に植えたバラが折られて、無くなるという事件が起こった。


で、とりあえずの注意喚起で張り紙をしようという事になった。


それが今の文面だ。




結局、折って持って行かれることはやまなかった。




(薔薇を気に入ってくれて、ありがとうございます。でも折るのは止めてください。薔薇にも命があります)




と美智が張り紙を変えた。


でも盗られるはやまなかった。


「ねえ、もっと優しく書いた方が良いかな」さすがに美智は僕に相談してくる。


「でも随分前に子猫がバラを持っていたことがあっただろ。動物だったら、字読めないし」


「動物が一番右の端だけ持ってゆく?」


「どうなのかな」




(バラさんも生きています。折ったらイタイイタイするので、やめてね)




美智は三枚目の張り紙をだした。


「逆に犯人の神経逆なでないか、なめてんのかって」


「逆なでして怒鳴り込んできたら、チャンスでしょう。うんととっちめて、今までのバラ代請求してやる」


「逆恨みで、こっちがとっちめられたらどうするんだよ。いま危ないやつだって多いんだから」




ところが、その張り紙を出した途端、折ってもって行かれることがなくなった。


それで僕らはやれやれと、胸をなで下ろした。


なんせバラは高いからね。




何日かあと、ふと美智が玄関先を見ていたら、小さな女の子が(ROSE GARDEN MiChi)の前にしゃがみ込んでバラを見つめていた。


そしてそのバラに手をかけそうになって、でも迷うように、手を引っ込めた。


そして立ち上がって歩き出した。


美智は慌てて後を追った。


すると女の子はなんて事のない道路脇の隅に、しゃがんで手を合わせた。


横は電柱があり、そして、そこには干からびたバラの残骸が落ちていた。


「ねえ、ちょっと」と美智はその女の子に声を掛けた。


すると女の子の子は驚いたように、立ち上がって、慌てて走って逃げて行った。


あっけにとられて、美智が、その女の子が手を合わせていたところを見ると、ちょうど角になっていて、バラの残骸が風に飛ばされずに残っていた。


そして明らかに、うちから、持ちさられたバラだという事が分かった。




帰宅した僕に美智はその話をした。


つまり小さい女の子だったので、あの厳つい文章は理解できず、そのあとも理解出来ず。


最後に人を食ったような文章でやっと何とか理解出来たということらしい。


まあこれで一件落着と思っていた。




一人の女性が子供連れで尋ねて来た。


僕が対応した。


美智が僕に合図する。どうやら、その横にいた女の子は美智が話しかけたときに逃げて行った女の子だった。


女性は深々と頭を下げた。




女性の話はこうだ。


一昨日、女の子、砂羽ちゃんというらしい。


暫く前にうちの庭のバラを一匹の子猫が盗んだ。


それを見た砂羽ちゃんはあの猫ちゃんはバラが好きなんだと思った。


その後砂羽ちゃんが猫に再会したとき、その猫は死にそうだった。


砂羽ちゃんは自分の服が汚れるのもいとわず連れて帰った。


「そこで私があまりに汚い野良猫だったので、戻してらっしゃいと言ってしまったんです。この子は泣く泣く言いつけどうりに。


で次の日、死んでいる子猫を見つけて、自分のせいで死んでしまったと思ったんです。


その時この猫がお宅のバラを盗んだのを思い出し、お宅の花が好きなんだと勘違いして、バラを。本当に申し訳ありませんでした。


バラ代はお返しします。ほら」と女性に促されると砂羽ちゃんは、小さな声で。


「ゴメンナサイ」と言った。




「砂羽ちゃん。バラさんはね、折るとイタイイタイ言うの」


「うん」


「だからおばちゃんが折り紙でバラを作ってあげる。だからこれからは一緒にそのバラを猫ちゃんのところに持って行こう」


砂羽ちゃんの顔は急に明るくなって大きく頷いた。


女性は申し訳なさそうに頭を下げた。




えっ、バラのお金は貰ったのかって。


そんなもの貰えるわけない。


でもそのかわり砂羽ちゃんは頻繁にうちに来ては、美智と折り紙をしている。


これにて本当に一見落着。



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