バラ園殺人事件

帆尊歩

第1話 バラの折り紙

「砂羽先生も良くやるよね」美咲先生が、あきれたように言う。

「何ですか」

「だってバラ園作るんでしょう、この部屋に、と言うか、うちの幼稚園の名前知ってる?」

「知りません」

「じゃあ教えてあげるから、もうギャグでしょ。なんでバラ園幼稚園に、バラ園作るかな。それも模造紙に折り紙のバラを貼り付けるなんて」

「もう幼稚園の名前、忘れました」

「おい」

「あっ、バラ園作る理由ですね。子供たちの夢と、未来と、想像力のためです」

「イヤ、ゴミになるだけだと思うけど」

「三十年後を見据えてください」

「大体この四隅の模造紙に、幾つバラ付ければバラ園になるのよ」

「バラは星の数ほどです」

「まあ、頑張って。エミリーちゃん以外なら、砂羽先生のそんなところも、許してくれるよ」その時二人の先生を見つめる、不適な目があった。

それは悪意と嫌悪感をまとった、かわいらしい目だった。

「あれ、さとしくん。お迎えは?」砂羽先生は全然なっていない、ネコナデ声でいう。

「先生、なんでバラなんて作るの」

「あれ。さとしくん、バラ嫌い?うちはバラ園幼稚園なのに」

「忘れたんじゃなかったのか、砂羽先生」

「バラなんて大嫌いだ」と叫んで、さとしくんは走り去った。

砂羽先生は、美咲先生を見つめた。

「あたしにすがるような目をむけるな、砂羽先生」

「なんか知りませんか、長いんだから」

「人をお局みたく言うな」

「えっ、自覚があるんですか」

「そんなものない」

「だいじょうぶです。美咲先生をお局と呼ぶのは、園長先生だけですから」

「あのくそばば。まあ、さとしくんの家はちょっと複雑だからね」

「そうなんですか」

「複雑とはいって、別に問題があるわけじゃないから」


「おはよう。みんな、今日もみんなでバラを折って、バラ園を作りましょうね。先生が折り紙を配ります」

「せんせい」

「はい、優等生のエミリーちゃん」

「ゆうとうせいって、なに」

「優等生って言うのはね、スパーエクセレントなステューデントだよー」

「先生意味わかんないー」と言って、エミリーちゃんは砂羽先生の相手をするのを止めた。

ませた優等生である。

「バラがありません」

「えっ」砂羽先生がしみじみと見ると、折り紙のバラが剥ぎ取れていた。

砂羽先生は大人のくせに、パニクった。

「バラさんは。今お空に行ったんだよー」何が起こったか分からず、声がうわずる。

「バラさん死んじゃったの」子供たちが声を合わせる。

「違うよ、お空のさらに向こうがわ」

「天国」

「イヤ、銀河系の・・・・」もう、どつぼである。


「絶対、さとしくんだと思うんですよ」

「砂羽先生、根拠もなく決めつけるのはどうかな」

「美咲先生も見たでしょう」

「うん、まあ」

「六限終わったら、体育館裏に呼び出して絞めます」

「いやいや、幼稚園に六限ないし、体育館裏もないから、それに幼稚園児絞めたら」美咲先生の頭に保護者の三文字が浮かんだ。


「さとしくん、バラはどこにやったの」砂羽先生の言葉に、さとしくんは観念した。

隠れて見ていた美咲先生は、砂羽先生の決めつけにハラハラした。

頭には、またしても保護者の三文字。

でもさとしくんは無言で、建物と塀の間に砂羽先生を連れて行く。そこには大量のバラの折り紙が散らばっていた。

「どうしてこんなことをしたの」と砂羽先生。

「パパがバラをママにあげたら。ママがどこかに行っちゃったの」

「それで、バラが嫌いなの」

「うん」

それは大人の事情だよ、さとしくん。

と思った砂羽先生だったけれど、さすがの砂羽先生も口には出さなかった。

ただ危うく、子供には分からない理由。

と口ばしりそうになったのを、大人の精神力でとどめた。


「じゃ、憎くきバラを成敗だ」そう言って砂羽先生はガッツポーズをして、バラの折り紙を踏みつけた。

あっけにとられた、さとしくんだったけれど。

さとしくんの顔にも笑顔が戻った。

そして

「成敗だ」と叫んだ。

そして二人してバラを踏みつけた。

それは大人と子供が、怪しい踊りを踊っているようにしか見えなかった。

「まあ、結果オーライか。でも、だからゴミになるだけだって言ったのに」顔半分隠れて美咲先生はため息をついた。


「はーい、みんなー、おはよー、今日は、バラさんが、アンドロメダに行ってしまったので。もう一度バラさんをつくっていきまーす」

「先生―」

「はい、SESエミリーちゃん」

「SESって、なんですか」

「うーん幼稚園児にはむずかしいかな。スパーエクセレントなステューデントの頭文字だよ」

「先生―、意味分かりませーん。それにバラをもう一度って、無駄じゃないですか」

「違うんだよSESエミリーちゃん。人生に、王道は無いんだよ。急がば回れ。待てば海路の日和ありってね」

「やっぱり、意味わかりませーん。ママに言いつけます」


顔半分で見ていた美咲先生は。

砂羽先生。たとえあっていないし。

幼稚園児に翻弄される二十八才、頑張れ砂羽先生と思うのであった。

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