しおりんの本への感謝

 秋も深まった頃のある日、栞と扇華は図書館で本に囲まれて座っていました。扇華は、隣で熱心に本を読む栞をちらりと見やり、ふと口を開きます。


「しおりん、いつも本を読んでいてえらいね~」


 扇華のその言葉に、栞は顔を上げ、少し照れくさそうに微笑みました。


「そんなことないよ! むしろ本を書いている人が偉いんだよ。本に感謝だよ!」


 栞の言葉に、扇華は少し首をかしげました。栞がいつも本に夢中になっているのは知っていましたが、こんなふうに本に感謝しているとは思ってもみなかったのです。


「なんで?」


 純粋な疑問を口にした扇華に、栞は本を閉じ、その表紙を優しく撫でながら語り始めました。


「だって本って、その著者の人が何十年も考え続けてきたことを1時間ぐらいで読ませてくれるんだよ? こんなありがたいことないじゃないか」


 栞の瞳は本を語る時いつも以上に輝いていました。本への愛情と尊敬の念が、そこにはあふれているのです。


 扇華は、そんな栞の横顔を見つめながら、ゆっくりとうなずきました。確かに、一冊の本には著者の長い時間と深い思索が詰まっています。それを手軽に読めるのは、本当に恵まれていることなのかもしれません。


 二人は静かに目を合わせ、微笑みました。図書館の静寂の中で、ページをめくる音だけが心地よく響いています。本に囲まれたこの空間が、二人にとってかけがえのない大切な場所であることを、改めて感じずにはいられませんでした。


 栞は再び本を開き、ページに目を落とします。一頁一頁に凝縮された知恵と感動を、今日も大切に受け取っているのです。


 扇華もまた、手元の本に視線を戻しました。親友の言葉を通して、本の持つ価値を新たな角度から実感できた気がします。読書の時間はこれからも二人の大切な時間であり続けるでしょう。そして、その一瞬一瞬に、本への感謝の気持ちが寄り添っているはずです。

◆読書の思い出


 図書館を後にした栞と扇華は、読書について語り合いながら帰路を歩いていました。秋風が心地よく頬を撫で、澄み渡った青空が二人の上に広がっています。


「ねえ扇華。扇華が読書の楽しさを知ったのっていつ頃?」


 ふと、栞がそんな質問を投げかけました。扇華は少し考え込むように空を見上げ、やがて懐かしそうな表情を浮かべます。


「そうだなあ……小学生の頃かな。学校の図書室で借りた「ふしぎの国のアリス」にすっかりはまっちゃって」


 扇華の言葉に、栞も子供の頃を思い出したように微笑みました。


「私も似たようなきっかけだったよ。確か、小学1年生の時に読んだ「モモ」って本に感動して、それから本が大好きになったんだ」


 二人はそれぞれの読書体験を語り合います。最初は難しくて読めなかった本が徐々に理解できるようになった喜び、好きな作家や作品を見つけた興奮、感動のあまり涙が止まらなかった経験……。

 読書にまつわる様々な思い出が、二人の歩みを彩ってきたのです。


 しばらく歩いた後、扇華が不意に立ち止まりました。目の前には、小さな公園が広がっています。

 その片隅で、ベンチに座って本を読む親子連れの姿が目に入ります。


 穏やかな風景に、扇華の瞳がほんのり潤みました。幼い頃、母親に絵本を読んでもらったことを思い出したのです。あの温かで優しい声は、今も心の奥にしっかりと刻まれています。


「ねえしおりん……私、本を好きになったのは、もしかしたらお母さんのおかげなのかもしれない」


 そう呟いた扇華に、栞はやさしく頷きかけました。


「そうだね。本との出会いは、誰かに導かれているのかもしれない。私の場合は、きっと幼い頃の自分自身だと思う。好奇心いっぱいだった頃の私が、今の私に本の面白さを教えてくれたんだ」


 二人は公園をぬけ、再び歩き始めます。読書の思い出を語り合ううちに、その経験の一つ一つが今の自分を作り上げてきたのだと実感できました。

 これからも、新しい本との出会いを重ねながら、二人は成長を続けていくのでしょう。本は、そんな彼女たちの人生に寄り添い続ける、かけがえのない存在なのです。


◆本から学ぶ


 週末の午後、栞の家の居間では、いつものように二人の姿があります。栞は真剣な面持ちで分厚い本を読み、扇華は興味深そうにその様子を眺めています。


「しおりん、そんなに難しそうな本によく読めるね~」


 扇華が感心したように言うと、栞は顔を上げ、輝くような笑顔を見せました。


「そんなことないよ。難しいからこそ、面白いんだよ。ここに書かれていることを理解しようと努力する時、新しい世界が見えてくるんだ」


 栞にとって、「難解な本」は避けるべき存在ではありませんでした。むしろ、そこから学ぶことの方が大きいと感じているのです。


「この本の著者は、私には思いもよらない視点から問題を捉えているの。その発想に触れる度に、自分の考え方の狭さに気づかされるんだ」


 栞の言葉は本への敬意に満ちています。一冊の本には、著者の長年の知見と独自の世界観が詰まっています。それは、読者にとって新たな気づきをもたらしてくれる、かけがえのない贈り物なのです。


「本から学ぶのは知識だけじゃないんだね」


 扇華が感慨深げに呟くと、栞は力強く頷きました。


「そうだよ。思想書や科学書は批判的に読むことで思考力が鍛えられるし、小説だったら登場人物の心情を想像することで感受性も豊かになる。何より、自分とは異なる生き方や価値観に触れられるのが大きいと思う」


 多様な考え方を知ることで、自身を相対化し、柔軟性を身につけていく。本は、そのための最良の師であり、友であると栞は考えているのです。


 扇華もまた、栞の言葉の真意を汲み取ろうと、黙って耳を傾けていました。読書を通して人生の指針を得ている親友の姿は、とても頼もしく、そして輝いて見えます。


「私も、しおりんみたいに本から学べるようになりたいな」


 そう言って微笑む扇華に、栞はやさしく語りかけました。


「大丈夫、扇華なら絶対にできるよ。だって、私たちには、尽きることのない好奇心があるから」


 二人の目が合い、清々しい笑顔が交わされます。

 学ぶ意欲を持ち続けること。それこそが、人生をより豊かに彩ってくれる秘訣なのかもしれません。

 本という無限の宝庫を前に、栞と扇華の探究の日々は、まだまだ続いていくのです。

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