しおりんと意外な寝相

 ある週末、扇華は栞の家に泊まることになりました。

 いつものように、二人は夜遅くまで科学の話や将来の夢について語り合います。


「じゃあ、そろそろ寝よっか」


 扇華が言うと、栞もあくびをしながら頷きました。


 真夜中、扇華はふと目を覚まします。隣で寝ているはずの栞の姿が見当たりません。


「しおりん?」


 扇華が小さな声で呼びかけると、突然、足元から声が聞こえました。


「んん……量子もつれ……」


 驚いて覗き込むと、そこには床に落ちた栞の姿がありました。栞は深い眠りの中、まるで実験をしているかのようにぶつぶつと呟いています。


「まさか……」


 扇華は目を丸くしました。

 いつも几帳面で理論的な栞が、こんなに激しい寝相をしているなんて。


 そっと栞を起こさないように布団に戻そうとしますが、栞の体は驚くほど柔軟に動き、まるでゴム人形のように扇華の手をすり抜けていきます。


「う~ん、ブラックホール……」


 栞は今度は仰向けになり、両手両足を大きく広げて星形になりました。その姿は、まるで宇宙空間を漂っているかのようです。


 扇華は思わず笑いそうになるのを必死に堪えながら、栞の寝姿を観察し続けました。


 翌朝、栞は何事もなかったかのように目覚めます。


「おはよう、扇華。よく眠れた?」


 扇華は昨夜の出来事を思い出し、くすくすと笑いながら答えました。


 朝食を済ませた後、栞と扇華は栞の部屋でくつろいでいました。突然、栞が思い出したように言いました。


「そういえば、扇華。昨日、すごく面白い夢を見たんだ」


 扇華は興味深そうに身を乗り出します。


「へえ、どんな夢? 教えて!」


 栞は珍しく目を輝かせながら話し始めました。


「うん。夢の中で私は、量子コンピューターを使って宇宙船を操縦していたんだ」


「わあ、すごい! それで?」


 扇華の反応に、栞はますます熱を込めて語ります。


「それがね、その宇宙船が実は巨大な猫型ロボットだったんだよ。モウモウをモデルにした、銀河系最大のロボット猫!」


 扇華は思わず吹き出しました。


「えっ!? モウモウがそんな大きくなっちゃったの?」


「そう! で、そのモウモウロボットに乗って、私たちは宇宙の謎を解き明かす旅に出たんだ。途中、ブラックホールを通り抜けたり、未知の惑星でエイリアンと交流したり……」


 栞は両手を大きく広げ、宇宙を飛び回る様子を表現します。扇華は楽しそうに聞いています。


「それで最後はどうなったの?」


「最後はね、モウモウロボットが巨大な毛糸玉の惑星を見つけて……」


「毛糸玉の惑星!?」


「うん! そこで私たちは、宇宙の根源的な法則が、実は毛糸のようにもつれた糸から成り立っていることを発見したんだ!」


 扇華は笑いながら言います。


「しおりん、その夢、本当に面白いね! まるでSF映画みたい」


 栞も嬉しそうに笑います。


「でしょ? 夢の中では、科学とファンタジーが混ざり合って、不思議な世界が広がっていたんだ」


 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い続けました。栞の想像力豊かな夢の話は、朝の穏やかな雰囲気を一層明るくしたのでした。


 その日の午後、扇華は昨夜の出来事を栞に話すべきか迷っていました。しかし、栞の真剣な表情を見ると、なかなか切り出せません。


「あの、しおりん……」


 扇華が声をかけると、栞は本から顔を上げました。


「なに? 扇華」


「あのー、実は昨日の夜のことまmだぇdp……」


 扇華が言いよどむと、栞の表情が少し曇りました。


「あ、もしかして私……またやっちゃった?」


 扇華は驚いて目を丸くします。


「え? また? ということは、しおりん知ってたの?」


 栞は少し恥ずかしそうに頬を染めます。


「うん……実は小さい頃から寝相が悪い日はほんとにひどいらしくって。両親にはよく注意されてたんだ」


 扇華は思わず吹き出してしまいました。


「ごめん、笑っちゃって。でも、いつも几帳面なしおりんが寝てる時だけそうなるなんて、意外で」


 栞は照れくさそうに髪をいじります。


「私も自分でも不思議なんだ。昼間は論理的に考えることができるのに、寝てる時は全く制御できなくて……」


 扇華は優しく微笑みます。


「でも、それってすごく可愛いと思うな。しおりんの隠れた一面を見られた気がして」


 栞は驚いた表情を浮かべます。


「え? 可愛い?」


「うん! 寝てる時のしおりんは、まるで宇宙を探検してるみたいだったよ」


 栞の顔が真っ赤になります。


「そ、そうなの? ……ありがとう、扇華」


 二人は顔を見合わせて笑いました。栞の寝相の秘密は、二人の友情をさらに深める小さなエピソードとなったのでした。


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