しおりんの完璧な一日

 ある平凡な月曜日の朝、栞は目覚めるなり、突然のひらめきに襲われました。

 天啓でした。


「そうだ! 人生の完璧な一日は数式化できるはずだ!」


 栞は興奮して跳ね起き、すぐさまホワイトボードに複雑な方程式を書き始めました。

 変数には、睡眠時間、食事の栄養バランス、学習効率、そして何故かモウモウの機嫌まで組み込まれています。


「よし、これで完璧な一日が送れるはず!」


 栞は自信満々で一日をスタートさせました。

 朝食は方程式に従い、精密に計量された食材で作られた完全栄養食。

 しかし、その味は……


「まずっ!」


 思わず声が出てしまいます。


「でも、これが最適な栄養バランスなんだから……」


 栞は涙目になりながらも、無理やり朝食を平らげました。

 食後感、最悪です。


 続いて勉強時間。

 方程式によると、最も効率の良い学習方法は逆立ちしながら本を読むことだそうです。


「科学的根拠があるんだから、間違いない!」


 そう言いながら逆立ちする栞。

 しかし、血が頭に上るせいで、かえって集中できません。

 なんだか段々気持ちが悪くなってきました。


 昼食時、いつも通り扇華が訪ねてきました。


「しおりん、今日はなんだか変わってるね。どうしたの?」


 栞は得意げに説明を始めます。


「ねえ扇華、僕は完璧な一日の方程式を発見したんだ! これに従えば、誰でも最高の一日を過ごせるんだよ」


 扇華は困惑しながらも、興味深そうに聞いています。


「へぇ、それはすごいね。で、その方程式によると、今何をすべきなの?」


 栞は真剣な顔で答えます。


「今は、逆さまで立って片足で跳びながらサンドイッチを食べる時間だよ」


 扇華は思わず吹き出してしまいました。


「ぷっ! しおりん、それって本当に完璧なの?」


 栞は少し困った表情を浮かべます。


「そうなんだ、理論上は完璧なはずなんだけど……なんだか思ったより大変なんだよなぁ……」


 そんな二人を、モウモウがじっと見つめています。

 どうやら、栞の奇妙な行動に困惑しているようです。


 午後になると、方程式は更に奇妙な行動を栞に要求し始めました。後ろ向きに歩いてトイレに行ったり、本を頭の上に乗せてバランスを取りながら数学の問題を解いたり……


 夕方、疲れ果てた栞は、ついに音を上げました。


「もう無理……完璧な一日なんて、こんなに大変なんだ……」


 そんな栞を見かねた扇華が、優しく声をかけます。


「ねえ、しおりん。完璧な一日って、こんなに苦しいものじゃないと思うよ。楽しくて、心地よくて、大切な人と過ごせる日。それが本当の完璧な一日じゃないかな」


 栞は少し考え込み、やがて小さく頷きました。


「そうだね……数式だけじゃ表せない大切なことがあるみたいだね……」


 二人は顔を見合わせ、くすっと笑いました。


「じゃあ、新しい完璧な一日の計画を立てよう。今日の残りの時間で」


 扇華が提案しました。


「うん! 今度は扇華と一緒に考えるよ」


 栞も嬉しそうに答えます。


 そして、二人は夜更けまで、おしゃべりをしたり、一緒におやつを食べたり、時にはモウモウと遊んだりしながら、穏やかで楽しい時間を過ごしました。


 翌朝、栞は昨日の方程式を見て、クスッと笑いました。

 そして、その下に新しい式を書き加えました。


「完璧な一日 = 友達との時間 + 好きなことをする時間 + ちょっとした冒険」


 扇華がそれを見て、「素敵な方程式だね」と言うと、栞も満足げに頷きました。


「うん、これなら毎日が楽しくなりそうだ」


 モウモウも、まるで同意するかのように「にゃー」と鳴きました。


 こうして、栞の新しい「完璧な一日」が始まったのでした。

 時には失敗もあるけれど、それも含めて素晴らしい日々。

 栞は、数式では表せない人生の豊かさを、少しずつ理解していくのでした。

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