第56話 ダンスホールにて

「アンフィスバエナ……か」


 ゼファーが自分の右腕――黄金の痣を眺めながらそう言った。

 刹那、キラリと脈打つように黄金の痣が輝く。まるでゼファーの声に呼応しているかのように見えた。


「んで、解呪の言葉ってヤツもわかったのか?」

「……すみません、わかりませんでした」


 クゥ・シーが首を横に振って否定しつつ、言葉を続ける。


「ただ読み取れないというよりも……該当する情報が存在しない? っていう印象を受けました」


 クゥ・シーの説明を受けて、ユイドラが口を開く。


「なるほど。やはり、所有権の継承が不完全だった……という赤火しゃっかの勇者ロゼルの解釈が正しいのかもしれない」

「マジ? つーことは、あの金仮面デウラトゥスをもう一回ぶっ飛ばせ、ってことか?」

「かもな?」

「うっわ、ダリー……」


 一つ目キュクロプスの仮面をつけた金仮面をまた見つけるには、一体どれだけの苦労をしなければならないのか。広い魔界から黄金の扉を探し、運よく出会える確率は限りなく低いだろう。

 それを想像してか、ゼファーは非常に険しい顔で意気消沈していた。


「まさか黄金にまつわる情報を読み取るとは……金フクロウのお面、まっこと恐るべし」


 ポツリとそう言葉を漏らしたあと、ケロケロが揉み手をしながら尋ねる。


「クゥ・シー殿。もし、その金フクロウのお面を売却する気があるのであれば、小生……是非、買い取るでありますよ?」

「……参考程度に、あくまで参考程度ですよ? 特に売却する気はさらさらないのですが……その、売却額くらいは聞きたいなーって。あの、いくらぐらいで――」


 間髪入れずに即答する。


「――1000億ゴールド。もちろん、全て聖女神金貨でお支払いするであります!」


 クゥ・シーがカエル魔法に投資した十億ゴールドが、一千億ゴールドに化けてしまった。その倍率、なんと百倍。カエル魔法とは万馬券並みの夢のあるギャンブルであった。


「ワフ~ッ!?」


 とんでもない大金を提示されたクゥ・シーは、あまりの衝撃に頭がくらくらとしていた。

 しかしながら、果たしてケロケロがそんな大金を本当に持ち合わせているのだろうか。


 その疑問を確かめるべく、クゥ・シーが訊く。


「あ、あのあのッ! 無礼を承知で訊きますが……そもそも一千億ゴールドって、聖女神金貨ソルテナ換算でも二千五百枚ですよ!? ほ、本当に用意できるのですか……?」

「もちろん、ご用意できるでありますよ。フェアリー」


 そう言って小さなカエルのフェアリーを呼び出し、指示を出す。


「アムール。小生の貯金箱を出して欲しいであります」


 ケロケロの指示を聞き入れた小さなカエルが地面にトプンと消え、波のような波紋が広がる。

 すると次の瞬間、音もなくスゥっと木でできた棺が出現。その飾り気のない棺の上には、唯一の飾り的な木彫りのカエルが乗っかっていた。


 ケロケロが棺の蓋を外すと、眩い黄金の輝きが解き放たれる。

 その中身は溢れんばかりの金貨だった。まるで金貨のお風呂かのようになみなみと金貨で満たされていた。当然、全てが聖女神金貨である。

 ざっと目測で、数万枚はあろうかというほどの金貨がそこにあった。


 考えようによっては、人前でそれほどの金貨を見せびらかすのはとても不用心であろう。

 しかし、相手はカエル族の行商人。カエル化現象という抑止力のおかげで、その心配は杞憂であった。


 とにかく、これでケロケロに支払い能力があるのはわかった。


「どうでありましょうか? 金フクロウのお面を売却してくれるのでありますならば、すぐにでも換金するでありますよ?」


 対してクゥ・シーの答えは――否であった。


「とても魅力的な提案ありがとうございます。ですがそれでも、売るのはやめておこうと思います。この金フクロウのお面は、あたしがお店を開くときにきっと役に立つでしょうから……」

「そうでありますか……非常に残念ではありますが致し方なし。であれば、こちらを渡しておくであります」


 そう言って、手渡したのは緑色の丸石。どこかカエルの大きな目を象徴するみたいな突起が二つ。なんとなく、カエルの頭のような丸石であった。


「なんです、コレ?」

「これはカエル石。簡単に言ってしまえば、小生を召喚できる召喚石であります。使用方法は割るだけ。もしも、金フクロウのお面を売却する気になったら、さくっと割るでありますよ!」

「え、えっと……ありがとうございます?」


 どうやら、行商人としてはどうしても手に入れたい一品だったらしい。

 この縁を決して手放してはならない、いや希少なお宝を所持する顧客を逃がしてなるものかと、クゥ・シーの手をニギニギしながらカエル石を手渡していた。


 もしかすると、カエル行商人にはコレクター気質があるのかもしれない。


「確かに渡したでありますからな」


 それから、ケロケロはフェアリーにテント周辺を指さしながら、何かを指示。

 すると次の瞬間、トプンと地面に波紋が広がってテントや荷物、道具類が地面に飲み込まれるかのように消え去ってしまった。


「では、人様に見つかってしまったでありますからね。かくれんぼはここまで。これにて小生はお家にかえる、であります」


 そう言って、ケロケロはウミウシのような軟体生物――ウニモグの背に乗って、秘密の地下室から立ち去っていった。


 カエル行商人ケロケロが立ち去って、秘密の地下室がしんと静まり返る。

 そんな中、最初に口を開いたのはユイドラであった。


「とりあえず、その金フクロウのお面は妖精の小袋フェアリーズポケットにしまおうか、クゥ・シー」

「……はッ! そ、そうですね! うっかり、一千億ゴールドの価値があるものを失う訳にはいきませんですもんねっ」


 クゥ・シーは即座にフェアリーを呼び出し、金フクロウのお面を手渡す。

 その預かり物と共に、頭にヘンテコな壺を被った羽の生えた小人は消失。精霊界へと帰っていった。


 こうして、ゼファーたちは目的の人物――カエル行商人との邂逅を果たし、秘密の地下室を後にした。




   §    §    §




 ゼファーたちはドラゴンの噴水内の螺旋階段を通って、再び城の庭へと戻って来る。


「んじゃ、次は城の中を探検しよーぜ……って思ったけど、入り口どこ?」


 ぐるりと周囲を見渡すゼファーの目に映るものはどでかい城、それを囲む城壁、あと礼拝堂的な建物だけ。入り口らしき扉はどこにも見あたらなかった。

 じゃあ皆で手分けして探そうか、となりそうになったその時だった。


 いつの間にか遠くに離れていたメルアリアがゼファーたちを呼ぶ。


「皆さ~ん、こちらに上へと登る階段がありますわ~!」


 呑気な声が聞こえてくるのは、とんがり帽子の屋根が特徴的な円柱の塔。

 その背後からにょきっとメルアリアの頭がこんにちはしていた。


 階段があったのはその円柱の塔の中。

 入り口から見て、ちょうど死角にあたる場所に隠されるようにあったのはきっと、敵が城に攻め込んで来た時のための工夫なのだろう。


 盗賊のお面を被ったクゥ・シーを先頭に、塔の中の階段を登る。

 ちょうどワンフロア分上がった辺りで、階段が終わり外に出る。


「当たりだな」


 そう言うゼファーの視線の先にあったのは大きな扉であった。

 待ち構えるのは鋼鉄製の両開き扉。その真上には謎の紋章――逆さまになったハートマーク、その真下にダイヤマークが縦に並ぶ――が刻まれていた。


 仕掛けや罠の類いを確認し終わったクゥ・シーが言う。


「調べましたが罠や仕掛けの類いは、何もありませんでした。開けていいですよ」


 最初に前へと一歩足を踏み出したのはゼファーだった。

 扉に手をかけながら、仲間たちの方を振り返る。


「じゃあ、開けるぜ?」


 ゼファーの合図を待つ仲間たちは、既に武器を手にして準備万端であった。


 それを目で確認したゼファーは勢いよく扉を押し開く。


「うおッ!??」


 ゼファーだけでなくその背後の仲間たちも含め、皆一様にギョッとしていた。


 扉を押し開いて入った先は大広間だった。

 いや、ダンスホールと言った方が正しいかもしれない。

 しかし何故、ダンスホールなのか。


 それはギョッとした原因が――狂ったように踊る大勢のミイラだったからである。


 全身に白い包帯を巻いたミイラたちが、バレエのような踊りを披露していた。

 集団でピルエット――軸足となる片足のつま先に立って回る踊りのこと――のような動きでクルクルと旋回。ゼファーたちを一切気にすることなく、一心不乱に踊り続ける。


 またそれらの集団の中心に、包帯を全身に巻いた女が一人立っていた。

 緩めに巻かれた包帯の隙間からチラリと覗くのは美しい褐色肌。当然、顔にも包帯が巻かれ目元が隠れて見えないものの、綺麗な鼻筋に色っぽい唇、ロングストレートの黒髪からして美人であるのは間違いない。


「エ~? アレ、な~んか……ダークエルフっぽくな~い? どういうことォ?」


 イルヴィがミイラの中心に立つ一風変わった女ミイラを見ながら、そう言った。

 確かに女ミイラの耳はエルフのように長い。だが、イルヴィの疑問はそこじゃない。


 どうして人が魔物の様な姿で待ち構えていたのか、が気になっていたのだ。


 その疑問に、ブロッソニアが答える。


「恐らくは命を落とした冒険者がアンデッド化してしまったのでしょう。ダンジョン内で命を落とした者がダンジョンに取り込まれて、魔物化することは珍しいことではありません」

「じゃー、あの人ってもう……」

「えぇ、既に手遅れでしょう」


 救うことが出来ないという事実を聞いて、イルヴィやガルカは暗い表情で悲しみを露にしていた。


 しかし一方で、ゼファーは意気揚々とこう言い放った。


「ってことはよお……気兼ねなくぶっ殺してもいいってことだよなあ!?」


 そう言って、武器を構えた瞬間――ガゴンと音を立てて床が抜け落ちる。


「――はあ?」


 間抜けな顔を晒したゼファーが宙に浮いていた。

 もちろん、他の仲間たちも宙に浮いているがそれぞれ混乱、驚愕、恐怖などの様々な感情が滲み出た顔をしていた。ちなみに、ブロッソニアだけは余裕の表情であったが。


 そんな訳で突然、落とし穴が作動しゼファーたちの足元が消失。漏れなく全員が、真っ暗な闇が支配する大穴に飲み込まれてしまったのだった。

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