第54話 黄金と見紛うほどの輝きを放つもの
「……すまない、もう一度言ってくれるか?」
ユイドラがブロッソニアに聞き返す。
「ユイドラ様の――下の毛を恵んでいただけないでしょうか?」
ブロッソニアの爆弾発言が聞き間違いであって欲しいという願いを込めて再確認したユイドラであったが、その願いは叶わなかった。
人間、急に度肝を抜かれるようなお願いをされると疑問が先行して、意外と怒れないものである。
それに、現在進行形で「ワ゛オ゛ン゛ッワ゛オ゛ン゛ッ」と負け犬の遠吠えを上げながら精神崩壊しているクゥ・シーがいる手前、これ以上騒ぎを複雑にしたくはない、という気持ちもあったのかもしれない。
至って冷静に努めようとするユイドラは、己の下の毛を欲しがる理由を尋ねる。
「何故、その結論に至ったのか。理由を言え」
「簡潔に申し上げますと……カエル魔法を行使する際、黄金と見紛うほどの輝きを放つものを混ぜれば、必ず黄金の奇跡が起こせるのです」
ブロッソニアの話はにわかに信じられないものだったが、それが本当ならばクゥ・シーが心を取り戻すための起死回生の一手になるのは間違いない。
「髪の毛ではダメなのか?」
「我としても非常に心苦しいのですが、より濃密なマナを宿している体毛でなければ奇跡は起こせません。それに淡い金色よりも濃い金色が望ましいのです」
「……」
沈黙するユイドラを見てまだ理解できてないと思ったのか、ブロッソニアが懇切丁寧に説明する。
「マナの大半が生殖器で生成されるのはご存じだと思いますが、そこに一番近い体毛にはマナが蓄積されやすいのです。また女性の場合、乳房でもマナが生成されるため、腋の体毛にもマナは蓄積されていますのでそちらでも代用が可能ですが……ないものは請求のしようがありませんからね。あと、衣服を洗濯する際に拝見したのですが、ユイドラ様のし――」
そう言いながら、ブロッソニアがチラリと視線を下に落とす。
その不躾な視線から色々と察したのか、ユイドラはそれ以上言わせないように声を被せる。
「――金貨じゃダメなのかッ? 黄金に近い紛い物じゃなく、黄金そのものを使えばいいじゃないか」
ユイドラのもっともらしい疑問に答えたのは、カエル行商人ケロケロであった。
「カエル魔法に金貨を用いるのは禁忌なのであります。なんでも、
「なるほど、大体の事情は理解した。だが、何故このタイミングなんだ? もっと早ければ――」
「――言えないでありますよ! 例え口が裂けようとも、初対面の淑女に下の毛をくださいなどとはとてもとても……」
「た、確かに……」
「小生、死んでも変態カエルとは罵られたくはないであります」
ユイドラは思い悩んでいた。本当に下の毛を提供するのかと。
クゥ・シーが心を取り戻すためとはいえ、あまりにも内容が馬鹿げている。
何とか他にも適したものがあるのではないかと、必死で考えを巡らせるが体にドンという衝撃が加わったことで中断されてしまう。
「クゥ~ンッ、クゥ~~ンッ、クゥ~~~ンッ……」
なんとユイドラの腰に、クゥ・シーがしがみついていた。
すがるような目つきでユイドラを見つめる瞳は、完全に保護を求める子犬の眼差しであった。先ほどの絶望から一転、希望の光が差し込んだことでわずかにクゥ・シーの目には光が戻って来ていた。
そんな哀れな存在を見捨ててしまうなど、ユイドラには出来なかった。
もし見捨ててしまえば、良心が痛むどころか一生悪夢にうなされるレベルで後悔することであろう。
「正直なところ、ふざけるなと断固拒否したい……」
そう言いながら、チラリとクゥ・シーを見やる。
「バゥッ! バゥワゥッ!! グルルルルルッ!!!」
拒否というワードに反応したのか、クゥ・シーは野生化した獣のような眼光で唸り声を上げていた。
「はぁ……クゥ・シーに毛をむしられてもかなわんからな。仕方ない……少し待ってろ」
「ワン! ワンワン! ワォ~ン!」
まるで飼い主にじゃれつく犬のように、尻尾を振って大喜びするクゥ・シー。
そんな忠犬に見送られながら、ユイドラはケロケロのテントへと向かう。
「テントを借りるぞ?」
「どうぞどうぞ。あ、そうそう……こちらを渡しておくであります」
そう言って、手渡したのはハンカチとカミソリ。
ハンカチは剃り落とした体毛を包むためのもの。
カミソリは体毛を剃るためのものだが、これは特別製。なんと肌を保護する薬剤要らずなのだ。とても便利だが、一番のメリットは余分な不純物が混ざらないことである。
それから、ユイドラを待つこと数分。
黄金と見紛うほどの輝きを放つもの、を採取し終えたユイドラがテントから出てくる。何故かその顔は青ざめており、右手にはハンカチを、左手には虹色に光る謎の小石を手にしていた。
「……すまない、足の踏み場がなくてな。ついうっかり転んで、この美しい小石を尻で踏んづけてしまったのだが……どうすればいい?」
その小石は踏んづけたであろう場所から、バキバキにひびが入っており、今にも砕け散ってしまいそうな危うい状態であった。
「あちゃー、これはもうダメでありますなぁ……」
「も、もしかして……売り物だったりするか?」
ケロケロはこくりと頷いて、商品について説明する。
「それはフェアリーストーンと言って、妖精を呼び出すことが出来る召喚石であります。使用方法は石を割ること。その状態はもういつ妖精が召喚されてもおかしくない状態でありますな。しかも、最上級の激レアものでありますから……」
「いッ、いくらするんだ?」
出来る限り安くあってくれ、との願いを込めてユイドラがそう言った。
「聖女神金貨ソルテナ五十枚分。つまり、二十億ゴールドであります」
「にッ……二十億、だとッ」
当然、そんな大金を持ち合わせているはずがなく。
ただ払わないとなると、カエル族から不当に搾取したとの判定になり、カエル化現象は避けられないだろう。
「ヒッ……ヒッ……」
声を引きつらせるユイドラは美しいローズグレイの褐色肌が真っ白になるほど、顔面蒼白になってしまっていた。
しかし、ケロケロとしてはユイドラの過失を追求する気はなかったようだ。
「悪いのはそんな大事なものを床に放っておいた小生でありますから、これは不運な事故だった。ということで、料金の請求は不問にするであります」
「いッ、いいのか? だが、その場合……カエル化現象の判定はどうなる?」
「安心するであります。小生が全面的に許しているので、カエルにはならないでありますよ」
「そうかッ……はぁ~。ケロケロ殿の寛大な処遇、心より感謝申し上げる」
丁寧すぎるほどに最大限の感謝を捧げるユイドラ。
カエル化の心配がないとわかり、心の底から安堵していた。
そんなユイドラに、ノンデリ大精霊フリーゼがノンデリ発言を言い放つ。
「な~んだ残念。カエルになっちゃったユイドラ、見たかったなあ~」
「お前ッ……お前がくだらないイタズラするからああなったんだぞッ」
なんとユイドラが高価な品を尻で踏んづけた原因はフリーゼであった。
口喧嘩に発展しそうになる二人を落ち着かせるため、ケロケロがユイドラに言う。
「とりあえず、そのフェアリーストーン。使ってみたらどうでありますか?」
「え? しかし、売り物ではなくなったとはいえケロケロ殿の所有物だろう?」
「小生は既に妖精がいるでありますから」
「そうは言っても、二十億の価値があるものをタダで貰う訳には……」
楽観主義なゼファーが無責任に言う。
「いいじゃん、いいじゃん。タダならありがたく貰っとけよ」
「おい、タダほど怖いものはないんだぞ?」
「そうなの?」
「そうだ」
中々受け取ろうとしないユイドラに、ケロケロが言い方を変えて伝える。
「実のところ……対価としては黄金と見紛うほどの輝きを放つもの、の提供で間に合って――」
言い方に問題があったのか、ユイドラがエッチな方に勘違いしてゾッとしていた。
「――誤解であります! そもそも、小生たちカエル族がカエル魔法を行使する目的とは、その位階と魂の格を高め、最高峰へと至るため。特に、黄金の奇跡を起こすことは最高峰へ至るための近道でありますから、対価としては十分に釣り合っていると言いたかったのでありますよ!」
ケロケロとしては変態扱いされるのが相当に嫌だったのか、肩で息をするほどに大慌てで弁明した。
「なるほど、そういうことであれば……」
「あ、ハンカチの方はこちらで預かるであります」
「あ、あぁ」
そう言って、ケロケロに折り畳まれたハンカチを手渡した。
そして、ユイドラはようやくフェアリーストーンを使用する。
過去に経験済みなのか特に躊躇することはなく、あっさりと両手で焼き芋を割るようにパカッと真っ二つにしてしまう。
すると小石の割れた断面より、虹色の美しい光が溢れ出す。
その光の中から、手のひらサイズの妖精がたゆたうように姿を現す。
妖精の姿はとてもシンプルなものだった。言葉を選ばずに言うなら、真っ白な布を頭から被った小人。ちょうど、頭の部分に落書きのような二つの目があるくらいで、本当に何の飾り気もなかった。
まさに究極のシンプルと言うべき姿は、限りなくデフォルメされているため――とても可愛らしい印象を抱くものであった。
「なッ、なんという可愛さなんだッ……」
妖精のビジュアルがお気に召したのか、ユイドラはうっとりと感動していた。
そんなユイドラから見えない位置で、ケロケロが折り畳まれたハンカチの中身を検分する。
「おぉ、大漁大漁~」
何ともデリカシーに欠けた独り言は、小声だったため誰にも聞かれることはなく。
「よしよし……この量ならば、黄金の奇跡を起こすに申し分ないでありますな――お?」
ここでユイドラが呼び出した妖精に気づく。
その妖精はユイドラの頭に乗っかって、脚をプラプラと揺らしていた。
「流石は最上級のフェアリーストーン。まさかメジェドールを召喚するとは……」
「この妖精について何か知っているのか?」
ユイドラの問いに、ケロケロが答える。
「えぇ、メジェドールとは元々とある王国で信仰されていた神の
「ということは、妖精としての能力は……」
「もちろん、元神様に相応しく規格外でありますよ」
そもそも、妖精とは何か?
生まれと生息地は妖精郷イルドラジアで、エルフと共存共栄する人に有益な種族である。
どちらかと言うと精霊に近い存在で、普段は物質界ではなく精霊界にいることが多い。しかし、人が好きなため度々物質界に遊びにくるため、エルフとの交流が盛んになった。
また一部例外として、人からの信仰を集めた神様がその信仰を失うことで、妖精に転じることがある。
それがメジェドールであり、このパターンの妖精に限り、極めて優れた能力を備えている。
そんな妖精は人と契約することで人に三つの益をもたらす。
ちなみに、契約方法は食べ物をあげるだけで済む。
本当にそれだけ簡単に契約が済んでしまうため、うっかりその気もないのに契約してしまうことに注意しなければならない。
また一人の人間が妖精と契約できる数は原則一つまで。
金等級冒険者であるユイドラが妖精と契約していないのは、例の貴族とのトラブルで所有権を売却してしまったからである。
早速、ユイドラがメジェドールにお菓子をあげていた。
しかし、メジェドールに腕はない。あるのは脚だけなため、なんとユイドラから貰ったクッキーを布の下――股から一口で一飲みにしていた。なんとも奇妙な食べ方であった。
とまあ以上の事から、妖精とは空間や次元を超越する高次元の存在と言って過言ではないだろう。
「それでは、黄金と見紛うほどの輝きを放つもの、も手に入ったでありますからカエル魔法をといきたいところなのでありますが……」
ケロケロが行使するカエル魔法は最低、聖女神金貨ノルトゥーンが一枚必要である。
しかし既に、クゥ・シーは一文無しのすってんてん。つまりは、ケロケロの申し訳なさそうな態度は料金不足を懸念していたのだ。
「仕方ありません。ここは我が出すとしましょう。あぁ、譲渡ではなく借金扱いなのでちゃんと返済してくださいね?」
そう言って、ブロッソニアがクゥ・シーに聖女神金貨ノルトゥーンを一枚手渡した。
「ワオン!」
とよい返事をしながら、クゥ・シーはそれを受け取る。
こうして、起死回生の一手――黄金の奇跡を起こすための諸々の準備は整ったのだった。
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