第35話 出会いから5日

~灰谷ヤミの死刑まで残り21日~



一昨日から1日三回の自由時間が与えられた僕ら。


刑務所フロア内一部エリアの自由行動が許可され、火置さんは昨日もほぼ1日中刑務所内の探索をしていた。


朝は心配で彼女の探索についていったけど、その日も変わらず他の人の気配はなかった。


僕は彼女に何か手伝えることがないか尋ね、『それじゃあ、独房のチェックを手伝って』と言われて、ひとつひとつの独房をつぶさに確認していった。


しかし、僕も彼女も何も見つけられずに、朝の自由時間はタイムオーバーを迎える。




「やはりこの刑務所には、僕達以外誰もいない」




二人でそう結論づけ、『今後はお互いを気にせずに各々好きなことをして自由時間を過ごそう』と決めた。……これは主に、火置さんの意見だが。



もしかしたら、僕があまりにも心配して彼女についていこうとするから、ちょっと鬱陶しくなってこんな事を言ったのかもしれない。




というわけで、僕は昼にはランニングマシンを使い、夜は図書室で本を読んだり、ふと心配になって彼女の様子を確認しに行ったり、そのついでに声をかけて手伝えることは手伝ったり、ラウンジでお茶を飲んだりして過ごすことにする。


彼女は飽きずに、朝昼晩欠かさず刑務所探索を続けていた。たまに疲れては図書室で本を読んだり、ラウンジにやってきて僕と話をしたりした。



僕は、彼女が僕のいる図書室やラウンジに来てくれるととても嬉しい気持ちになった。でも、僕と大して話さずにいなくなってしまうと、がっかりして寂しい気分になった。



その日の夜の自由時間、僕は本を読む気にもなれなくて、ラウンジでボーっと時間を過ごしていた。




……火置さん、そろそろ来ないかな。話し相手になって欲しい。


そんな事を思っていたら、ラウンジの扉が開き、火置さんが現れた。




「あら、休憩中?おつかれ」


「君も精が出るね。お疲れ様」


「そうね、できるだけ早い所カミサマに会いたくて。一度、看守の言ってたルールを破ってみようかしら。自由時間の終了までに部屋に戻らないで、あえて看守に捕まってみるとか。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』」




はあ……何を言っているんだこの人は……。やっぱり僕が見張ってないと危険だ。


「……『命の保証はない』って言われただろ……絶対にやめてくれよ。今後君がそんなことしようとしている所を目撃したら、僕は意地でも時間内に君を部屋に連れて行くよ」


「ちょっと!協力してくれるって言ったじゃん!『全面的にサポートする』とまで言ってたじゃない!!」


「……僕がサポートするのは、君が『カミサマと対決し、ひずみを調査する』ためだよ。無駄死にさせるためじゃない。ルールを破ったその瞬間に銃殺っていう可能性もあるかもよ?……もうちょっと慎重に行動してくれ……」


「……やってみないとわからないじゃない……」


彼女はご不満な様子で頬を膨らませ、背中の方で腕をくんでいる。


なんか火置さんって、ちょっと無鉄砲っていうか、出たとこ勝負っていうか、今までよく生き残ってこれたなぁって思ってしまうような綱渡り感がある。

ちゃんと考えてるわりには、リスクを取りすぎているっていうか。それだけ『ピンチを切り抜ける力』に自信があるということなのかもしれないけど。


……確かにこんな調子じゃあ、人と合わせて行動するのは難しいかもしれないな。彼女が個人主義者であることに、妙に納得してしまう。




「……………………。……あの、さ」


「ん?」



さっきまでプクプクしていた彼女だったけど、今は普通の表情に戻っている。僕は彼女の様子に安心する。



「……これからちょっと話さない?というか……一緒に話をしてくれないか?」


「え…………いいよ、話そうか?……。……急にどうしたの?」


一瞬驚いた顔をした火置さん。でもすぐ優しい微笑みに変わる。彼女は僕の向かいのソファにふわりと座った。僕は、久しぶりに火置さんと腰を据えて話せることに嬉しくなる。


「僕、ずっと君に聞きたいことがあったんだ」


「何?」


「君の、子供の頃のこと。僕の3歳の時の話みたいに、君の子供の頃の話を教えてほしい」


僕の言葉を聞いた火置さんは、困った顔で眉をハの字にした。


「私の子供の頃の話なんて……何も特別なことはないし面白くないよ?」


「でも、子供の魔法使いだったってことでしょ?」


「……あ、そうか。それを話してなかったね!じゃあ、私が魔法使いになった時の話をするよ」


「……『なった』?最初から魔法使いとして生まれたわけじゃないの?」


彼女は僕を見て頷く。


「そう、私が魔法使いになったのは11歳の時。それまでは、この世界に生きる、ごくごく普通の女の子だった。普通の……気弱で感受性の高い女の子だった。

少なくとも、ものすごい才能に恵まれているとか、未来予知できるとか、そういうのはなかった」



そう言うと彼女は、顎に拳を置いて視線を少し上げ、無言で数秒考え事をしていた。視線の先の虚空の中から、埃に埋もれた自分の記憶を引っ張り出そうと頑張っているようにも見えた。



僕に話すべき記憶を見つけ出したのか、彼女はゆっくりと視線を僕の方へと戻す。僕は彼女に、彼女の過去について質問を始める。

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